8.あの狐野郎は仕事熱心すぎる
「うっへへ」
連行された八七分署の正面玄関の植え込みに腰掛けて、籐子は足をぶらぶらさせていた。
長い耳をひこひこと動かして、警備している制服警官に笑顔を向ける。
「ねー、民警のお巡りさん。鈴花ってまだ釈放されない?」
彼女は弁護士と接見し、すぐに釈放されていた。
「ほら、あたしと一緒に連れてこられた、ハーフエルフの女の子だよ。ちょっと愛想ないけど、超可愛いんだ」
サブマシンガンとボティアーマーで武装した制服警官は、ちらりとこちらを見たが無言だった。話しかけられて困惑しているようにも見える。
「榎本もさー、仕事熱心だよね。あんなチンピラみたいな見た目のくせに。もっとサボれよー」
籐子の眼前で微動だにしない制服警官は、実際には復興省警察局から業務委託を受けた民間企業の社員だった。
復興東京では殺人事件の捜査だろうが多くの警察業務は民営化されている。
なにせ警視庁は吹き飛んだし、全国の都道府県警を所管する警察庁はサジを投げた。榎本のような復興省警察局の警察官は特に重大な事案を取り扱う、言ってしまえばエリートだった。
「暇だから話し相手になってよー。それともエルフとは話せないとか? ねーねー」
根気よく話しかける籐子は、だが正面玄関に丁寧な運転で滑り込んできたフォードのエクスプローラーに気づいた。
「お、支配人のお出迎えかよー」
ベンツやBMWではないところがなんとも彼女らしいな、と籐子は思った。
後部座席の窓が降りてノエル・エーデルワイスが顔を出す。
女優のような美貌はそれだけで絵になり、まるでハリウッド映画だった。
「トーコ、民警をあまりからかうな」
「ういうい」
籐子は制服警官に手を合わせて「ごめんね」をすると、ノエルのもとに駆け寄った。
「帰るぞ」
「鈴花がまだ釈放されてないんだけど?」
「お前は副支配人で、彼女はそうではない」
「なにそれ」
「警察局の連中だって、釈放するにしても儀式的な取り調べは必要だ。逮捕したんだからな。スズカはなにも話さないが、数日間は拘留されて少し痛い目をみる。そういう役割だ」
「むー」
「いつだって泥を被るのは現場さ。乗れ」
「鈴花が釈放されるときはあたしが迎えにいくから」
籐子は唇を尖らせて抗議の意思を示すと、反対側に回って後部座席に乗り込んだ。
「どうせならキャデラックとかにすればいいじゃん」
「ふふ、私は合衆国の大統領ではないからな。身の程を知っている」
エクスプローラーが静かに走り出す。
しばらくの間、二人は無言だった。
ノエルが煙草を咥え、使い込んだジッポーライターで火を点けた。
吐き出した紫煙が車内に広がり、籐子はわずかに窓を降ろした。
「警察局のエノモトは仕事熱心だな、トーコ。ここ最近は特にな」
「そうかな? うーん、そうかも。でもさー、結局はいつだって面倒だよ、榎本は」
榎本にティンク・パウダーの取引を邪魔されたのは今回だけではなかった。
「そうだ。いつだって連中は面倒だ。だが、今回のロシア人との商談はまったくのド新規。それに規模も小さい。ルートを太らせていくにしても、その判断はまだ先だった」
大きなため息に合わせて、ノエルは紫煙を吐いた。
「そんな商談を、的確に掴んでいる。あの狐野郎は仕事熱心すぎる」
「警察犬よりも鼻が効くってさ」
「いや。鼻が効く警察犬を飼っている」
ノエルの言葉が意味するところを、籐子はすぐに理解した。
「組織に――犬がいるってこと?」
エルヴン・マフィアである〈ビスカム・デパート〉の構成員は、魔王因子中毒者の中でも数が少ないエルフかハーフエルフしかいない。その純血主義的な結束は強く、潜入するには当然ながらエルフかハーフエルフである必要がある。
エルフの潜入捜査官など、あまりにも希少だ。
「トーコ、お前を通常勤務から外すことにした。近々、大きな商談がある。それまでに犬を探して始末しろ」
「今度はそういう仕事かよー」
籐子は腕を組んで小首をかしげた。
「一人だと大変そうだし、鈴花はあたしが使っていい?」
「お前が見つけてきたハーフエルフだ。好きにしたらいいさ」
「ういうい」
ノエルが短くなった煙草を窓の外に投げ捨てた。
アスファルトにぶつかった吸い殻が、小さな火の粉を散らす。
会話はそれで終わりだった。




