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5.おっかなびっくりやるものさ

 エルヴン・マフィアはその名のとおり、エルフとハーフエルフで構成されている犯罪組織の総称で、なかでもニューヨークが起源である〈ビスカム・デパート〉は武闘派として世界中で知られている。ニューヨーク本店では他の組織との抗争で一万発を一日で撃ったし、香港支店では九龍寨城公園で数十人の警察官を皆殺しにした。そんな逸話が山程ある。


「楽な仕事がいいけど、なんだろーね」

「さあ。支配人が戦争担当副支配人のあなたを呼ぶわけだし、物騒な仕事だとは思うけれど」

「やだなー。復興東京は治安悪すぎだよ」

「わたしたちがそれを言うって感じね」


 支給されたばかりのチェロキーの運転席で、鈴花は嘆息した。


 RCTの企業城下町として復興した秋葉原一帯は、いまやカリフォルニアのシリコンバレーと並ぶテック系企業の聖地で、世界中から起業家と投資家が集まってはスタートアップ企業が創業と廃業を繰り返していた。


 洗練された高層ビルとテックベンチャーが集まる小さなビルが混ざり合い、昔ながらのジャンクパーツ屋が通りの裏側に軒を連ねる。


 このエリアで実験的に導入されている立体ホログラムの看板が様々な言語で広告を流し、スマホをとおして街を見れば拡張現実広告がいたるところに表示されていた。

 頭上ではデリバリーサービスのドローンがピザだかなんだかを配達している。


 街を歩く人々は少しばかりエルフが多いように見え、


「エルフが森に住む自然と平和を愛する人々っていう設定、そりゃあ誰も信じなくなるよ」


 助手席の籐子はそう言って笑った。


「いまはアニメにもマンガにもゲームにも、そんなエルフは出てきやしないわ。大抵は電子機器とネットに強いギーク」

「秋葉原を根城にしてれば、それはオタクにされちゃうよ」

「それかすごく好戦的な性格」


 空中に浮かぶのは〈ワルハラ・キリングフィールド〉という人気MMORPGのホログラム広告だった。「魔王との戦いで死んだ勇者はどうなるの?」をテーマに、さまざまな世界の有名・無名の勇敢な戦死者たちが、死後に「戦死者の館」と呼ばれる謎の館に召喚され、神々を楽しませるために殺し合いを続けながら、神を殺して館を脱出する方法をさがすゲームだ。


 広告は大型アップデートで実装された新キャラクターの宣伝をしていた。エルフのヒーラーだったが、籐子のほうが何倍も美人だな、と鈴花は思った。


「おっ、あのキャラけっこういいんだよね。支援職なんだけどさ、その気になれば自分にバフかけて殴り合えるんだよ」

「知ってる。自分の打撃に魔法属性を付与してタコ殴りにしてくるから、支援職詐欺って呼ばれているわ」

「詐欺ってことはないじゃんかよー。ちゃんと仲間にもバフかけられるんだぞ」

「でも自分にかけたほうが効果高いじゃない。隠しパラメータでそういう設定になってる」


 しばらくそのゲームの話をしていると、チェロキーはすぐに目的地に着いた。

 六〇階の異様を誇る、RCT日本本社ビル。


 鈴花は運転席の窓を開けて、警備員に金枝工業の身分証を提示した。

 確認はあっさりしたもので、そのまま地下駐車場へのスロープにチェロキーを滑り込ませる。


 このビルの低層階はオフィスとして貸し出されており、金枝工業の営業事務所が入っていた。ちなみに本社と工場は復興東京の外側である八王子市にある、ということになっている。


 RCTの経営ボードはもちろん正体を知っている。エルヴン・マフィアとエルフ系企業は深いつながりがある。復興東京では特にそうだ。お互いが利用し、利用されている。


 空いた駐車スペースにチェロキーを停め、二人は金枝工業が入居している二階にエレベーターで上がった。


 受付カウンターにいるハーフエルフの受付嬢――ご丁寧に会社の制服姿だ――が、こちらに気づくなり立ち上がり、独特の訛りがある英語で言ってくる。


『おまちしておりました、ミズ』

『新しく採用された人?』


 見ない顔だったので、籐子が受付のカウンターに手をついて話しかける。


『いえ、香港支店からの異動です。あっちでは戦争担当社員でした』


 受付嬢が右手を顔の付近まで上げた。


『抗争で撃たれて、右手の握力がもうダメで。クビかと思ったら、支配人がこっちの総務担当社員に引っ張ってくれたんです。下っ端のわたしを覚えていてくれたみたいで』

『あー、支配人はこっちにくる前は香港で戦争担当副支配人だったからね。よかったじゃん』

『はい。ミズ・カミムラは香港でも有名ですよ。ノエル・エーデルワイスの秘蔵っ子だって』

『おっと、マジかよー。サインあげようか?』

「はあ、もう、調子にのらない」


 鈴花は眉間に皺を寄せると、籐子の首根っこを掴んだ。


「ちょっと鈴花、あたしは猫かよー」

「猫のほうが可愛げがあるわ」


 そのままオフィスへと引きずっていくが、ぴたりと足をとめて受付嬢に言ってやる。


『すぐに調子にのるから、あまり褒めないようにね』


 完璧な英語の発音に驚いて、受付嬢はこくこくと頷いた。

 それから思い出したように言ってくる。


『あ、支配人は喫煙ルームでおまちです』

『どうもありがとう』


 案内のとおり、ノエル・エーデルワイスはオフィスの隅っこに配置されている喫煙ルームにいた。どれだけ空調と脱臭設備を整えても、狭苦しい空間には煙草の臭いが染みついている。


「新しいクルマはどうだ?」


 二人の姿を認めると、ノエルは気さくな調子でそう言った。

 短くなった煙草の火を消し、備えつけの灰皿に投げ捨てる。


 鮮やかな金髪と澄んだ碧眼、尖った耳と白い肌。

 彼女は絵に描いたような典型的なエルフだった。女優顔負けの整った眉目は落ち着いた大人の女性の魅力があり、抜群のスタイルの長身にブランドもののスーツを嫌味なく着こなす姿は、仕事ができるビジネスパーソンのそれだった。


「可愛いクルマがいいって言ったじゃんかよー」


 籐子はまるで友達と接するかのように言った。

 電話でもそうだったが、この二人の関係は組織の序列とは別のところにある。


「む。私が思うに、可愛いクルマだぞ」

「可愛いのセンス!」

「それに身分証の肩書きをキャンプギア開発チームにしてやっただろう? アウトドアにはぴったりのクルマなんだ」

「それはそうかもだけどさー。釣りでも始めたほうがいい?」


 籐子がちらりとこちらを見てくるので、鈴花は肩をすくめるしかなかった。

 彼女はインドア派で、休日は部屋でゲームをするか、映画かアニメでも観ていたいのだ。ポテトチップスとコーラを片手に。


「支配人、なにか仕事の話があるのでは」


 鈴花は硬い声で言った。本来は組織の下っ端が、気安く会話できる相手ではない。


「ああ、そうだった」


 ノエルは新しい煙草を咥えると、使い込んだジッポーライターで火を点けた。


「ティンク・パウダーの商談がある。営業担当に同行してくれないか」

「えー、それ戦争担当の仕事じゃなくない?」


〈ビスカム・デパート〉は各店の支配人と呼ばれる責任者のもとに副支配人が置かれ、割り振られた業務を取り仕切っている。

 抗争の最前線に立つ戦争担当、競合や取引先の情報を収集している情報担当、必要な物資を用意する調達担当、書類仕事や事務仕事を担っている総務担当といった具合だ。


 なかでも営業担当は銃器や薬物の売買、売春、密輸、あるいは金融取引など、なんであれ組織のために金をつくってくることが仕事だった。そこにはある程度のトラブルは織り込み済みで、自分たちのラインだけで解決できる能力を持っている。


「新規開拓してきた取引先でな。万が一ということもある。もめて荒事になると面倒だ」

「あたしらは用心棒かよー」

「ふふ。まあそんなところだ。睨みを利かせてくれるだけでいい。楽な仕事だろう」

「地上げ屋を締め上げる仕事もそう言われた気がする」


 ちっとも楽じゃなかったけど、と籐子は続けた。


「あれは桐島建設がすんなり商談に応じなかったからだ。最初から素直に土地の権利書を買い取っていれば、お互いに火遊びせずにすんだ」


 ノエルは煙草の灰を灰皿に落とした。


 鈴花はワーウルフにやられた身体の痛みを思い出したが、それを無視した。


「支配人、相手の情報はありますか?」

「ああ。〈ロマノフ〉は知っているな?」

「ロシア系マフィアのですか?」

「そうだ。取引相手はその系列組織だ」


 ノエルが手元に置いていたクリップボードを手渡してくる。

 それは東京支店の情報担当からの取引相手に関する報告書のようだった。


〈カスカード〉という〈ロマノフ〉系列の組織の情報がまとめられており、主な活動地域はロシア極東や中国北部、朝鮮半島となっており、復興東京での活動は認められていない。


「ロシア系の組織が復興東京で商売しようなんて珍しいですね」

「連中にとっては乗り遅れた船なんだよ、スズカ。かつての東京が魔王チタニアもろとも核ミサイルで吹き飛んだあとの復興需要に、連中はソ連崩壊から続く混乱と経済危機のせいでまともに食い込めなかった。復興省の音頭で世界中からメガコーポが誘致されたが、ロシア系の企業は一社もない。〈カスカード〉は尖兵だ。手っ取り早くティンク・パウダーで荒稼ぎして、〈ロマノフ〉が進出する橋頭堡を復興東京につくるつもりなのさ」

「安易だなー」


 籐子が呆れた声をもらす。


「客は客だ。しばらくは大人しいだろうがな。あまり調子に乗らないようにコントロールする必要がある。そのためのお前たちだ。営業担当には値切り交渉には一切応じるなと言ってある。たとえ銃口を向けられてもな」

「ういうい」


 二人は初見で舐められないための暴力装置というわけだ。


 ティンク・パウダーは〈ビスカム・デパート〉が世界中に売り捌いている麻薬で、その製造方法はニューヨーク本店しか把握していない企業秘密中の企業秘密だった。


 地球上のどんな薬物とも異なり、魔王チタニアの事件以降に突然に出現したことから、異世界産ではないかと噂されている。高揚感・開放感・多幸感を得られ、高い中毒性があり、そのくせ肉体や精神に深刻なダメージを負わないカジュアルな薬物として爆発的に広まった。


 もっとも――それはウソだ。


 ティンク・パウダーには、深刻な有害反応があると言われている。


「取引の場所と時間は決まっていますか?」

「瀬取りで行うが、時間は営業担当から追って知らせる」

「ずいぶんと慎重なのですね」

「初見の取引で失敗すると面子にかかわる」


 香港支店で黒社会の洗礼を受けてきたノエルらしい言葉だな、と鈴花は思った。


「それに私は臆病だし、ロシア人に舐められるのは癪だからな。おっかなびっくりやるものさ」


 二人に新江東区のマリーナにいくように指示があったのは、日付が変わる直前のことだった。

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