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3.あなたは魔王の声を聞いたことある?

 鈴花は自動拳銃を引き抜くなり、躊躇なく引き金を絞った。

 眼前のワーウルフに、ありったけの弾丸を撃ち込む。

 小気味いい銃声と銃火の連続に、酔ってしまいそうだった。


「――ッ!」


 ワーウルフは顔を覆うようにして、両腕で弾丸をブロックした。

 その太い腕やがら空きの腹に弾丸が次々に命中しても、血の一滴も出ない。


「ちっ」


 どこの仕立て屋の仕事だ。スーツの裏地に特殊な素材を仕込んでいる。九ミリでは貫通できない。それでも普通の人間なら骨折くらいはするものだが、ワーウルフは頑強だ。


 弾倉が空になり、スライドが開き切る。


「ワーウルフを殺りたけりゃあな、機関銃でも持ってこいよ、ハーフエルフ」


 黒スーツのワーウルフはそう言って笑った。

 大振りのナイフを抜き放つなり、一瞬で距離を詰めてくる。


「ご忠告どうも」


 鈴花が弾倉を交換するのと、ワーウルフがナイフを一閃するのとはほとんど同時だった。

 刃を水平に寝かせ、踏み込みに合わせて刺突を繰り出してくる。

 チンピラのそれではなく、肋骨の間に刃を滑り込ませる確実に敵を殺す技術。


 鈴花は左足を引いて半身になるなり、左腕を外側に払ってナイフを持つワーウルフの右腕をいなした。力任せではなく、水が流れるような動きだった。


 バランスを崩し、ワーウルフがぎょっとした顔になる。


 初弾を薬室に送り込むなり、鈴花は二発撃った。


 左足の甲を撃ち抜かれ、ワーウルフが小さな悲鳴をもらす。


 続けざま、至近距離から腹に数発の弾丸を叩き込む。


 銃声が連続した。


 この距離でもスーツの裏地を抜けないが、さすがのワーウルフも衝撃と痛みで仰け反った。


 鈴花はすかさずワーウルフの両足の間に、右足を滑り込ませた。

 右肩からぶつかるようにして密着し、さらに体勢を崩してやる。

 脇を締めてコンパクトに構え、銃口をワーウルフの顎の下にぴたりとつけ――撃ち込む。


 くぐもった銃声。


 血飛沫。


 後頭部が弾ける。


 絶命したワーウルフが、そのまま汚れたアスファルトに倒れた。


 血溜まりが広がる前に、鈴花は気配を感じて振り返った。


 別のワーウルフが、強烈な前蹴りを放ってきたところだった。

 クルマにぶつけられたのではないかと思えるほどの衝撃だった。


「っ……!」


 両足が宙に浮き、鈴花は数メートルを吹き飛んだ。


 駐車していたタクシーに背中から激突する。


 ドアがひしゃげ、ガラスに蜘蛛の巣状のひびが走る。


「うげっ……げほっ!」


 激突の衝撃と痛みで、息ができない。全身のどこと言わずに痛かった。


 蹴りをくれたワーウルフは、すかさず自動拳銃を抜き放っていた。


 鈴花は激突したクルマのボンネットを転がって車体の陰に身を隠した。


 同時にワーウルフがこれでもかと発砲してくる。


 ひしゃげた車体に弾丸が次々と跳弾しては、空気を切り裂く音と火花を残す。


 弾倉を交換しては、途切れることなく撃ってくる。


 下手に接近させてはまずい相手だと認識したのか。


「はあ、もう、本当に最悪」


 こちらの火力では、接近しなければ仕留められない。そう思ったところで、クルマに激突しながらも自分が自動拳銃を手放していなかったことに、鈴花は我ながら驚いた。


 激しい銃声と跳弾の音に混じって、ワーウルフのがなり声が聞こえる。


「出てこいハーフエルフ! このクソビッチが!」

「誰がビッチだ」


 鈴花は車体の陰で身を低くして、誰に言うともなしにつぶやいた。


 握りしめていた自動拳銃の弾倉を抜き出して残弾を確認する。

 一発だけ残っている。

 薬室の一発と合わせて二発。


 鈴花にしてみれば相手がなんであれ殺るだけだ。

 それが彼女の仕事だったし、彼女にはそれができる。


 こちらの反撃がないと判断したのか、銃撃がやんだ。


 じりじりと近づいてくる気配がする。


 鈴花は姿が見えない相手に言ってみた。


「あなたは魔王の声を聞いたことある?」


 ほとんど聞こえない声で、返答を期待しているわけでもない。


「わたしはある」


 それはなんの変哲もないハーフエルフである一ノ瀬鈴花が、エルヴン・マフィア〈ビスカム・デパート〉において、戦争担当社員という殺し屋をやっていけている理由。


 鈴花は目を閉じて、小さく息を吐いた。


 刹那が過ぎて――彼女はそっと目を開くなり勢いよく立ち上がった。


 そのままタクシーの屋根に飛び乗り、全身の筋肉を爆発させるようにして跳躍する。


 眼下にワーウルフがいた。


 鈴花は空中で自動拳銃を構えた。


 ワーウルフが咄嗟に両腕でブロックする姿勢を見せる。


 この距離で撃っても、こいつに致命傷は与えられない。


 だが――二人の間、ちょうど中間の位置に奇妙な輪が出現していた。

 直径三〇センチほどの、花と植物で編まれた冠にも見える。


 ワーウルフがサングラスをかけていなければ、鈴花の瞳の色が変わったことに気づいたかも知れなかった。濁った碧眼から金色に。魔王チタニアと同じ瞳の色に。


 そして――魔王因子中毒者チタニア・ジャンキーについて基礎的な知識があれば、鈴花がその奇妙な花冠を出現させたのだと理解できたはずだ。


 ワーウルフが明らかに狼狽していた。


 この花冠が、危険なものだと理解したのだ。


 だが、もう遅い。


 鈴花は引き金を絞った。


 一発。


 弾丸が花冠の中心を通過し。

 弾道が虹色の軌跡を描く。

 幻想的で美しい、まるで魔法のような。


 瞬間。


 ワーウルフから派手に血飛沫が上がった。


 黒スーツの裏地の防弾処理などものともしない。脆弱だった九ミリの弾丸は、超加速した絶対必中の魔弾となって、分厚いワーウルフの胸板をあっさりと貫通していた。


 悲鳴を上げることもなく、ワーウルフは膝から崩れ落ちた。


 鈴花がアスファルトに着地する。


「……チタ……ニア……アーツ……!」


 血を派手にぶち撒け、ひゅうひゅうという呼吸とともにワーウルフはうめいた。


 鈴花は無言で近づくと、跪くような格好になっているワーウルフの後頭部に銃口を向けた。


「そう。わたしは魔王の声を聞いたことがある」


 それは魔王チタニアが使う、幾千幾万の魔法の力の一欠片。

 魔王因子中毒者が突然に覚醒する、異世界の力。

 世界にひとつとして同じものはない、魔王から賜る特別な力。


 チタニア・アーツと最初に呼んだのは、アメリカの学者だっただろうか。

 その力に目覚めるとき、魔王因子中毒者は天啓として魔王チタニアの声を聞く。

 心のなかに染み込んでくるような、甘く、優しく、蠱惑的な女の声を。


妖精輪環ピクシー・サークル〉。


 それが、一ノ瀬鈴花が魔王から授けられた力。

 自身と標的とをつなぐ魔法のトンネル。

 花冠を通ったものは超加速し、なんであれ絶対に命中する。


「同じ魔王因子中毒者でもね、あなたとわたしは違うのよ」

「くそ」


 ワーウルフが毒づくのと同時に、鈴花は引き金を絞った。


 至近距離からの一発で、ワーウルフは沈黙した。


「はあ、もう」


 カール・F・ブヘラの腕時計が壊れていないことを確認して、鈴花は嘆息した。


「本当に、最悪だわ」


 籐子のことは心配するまでもない。

 彼女のほうこそ、役者が違う。

 そう思って籐子を探すのと、


 どごんっ!


 という、肉と骨がぶつかり合う生々しい打撃音がしたのはほぼ同時だった。


 見れば、黒スーツのワーウルフが雑居ビルの三階付近まで吹き飛ばされていた。


 どれだけの打撃を喰らわせればそんなことになるのだろう、と鈴花は思った。


 すでに二人のワーウルフはアスファルトに倒れてまったく動かなくなっている。


 吹き飛ばされたワーウルフが、落下してくる。すでに意識はないようで、受け身をとることもなく直撃した屋台をぐちゃぐちゃにしながらアスファルトに激突した。


「素手でワーウルフをぶっ飛ばすエルフなんて、やっぱりおかしいと思う」

「そこはもうちょっと、あたしを褒めてよ」


 軽い足取りでこちらに近づいてきた籐子は、そう言って唇を尖らせた。

 かすり傷ひとつない。

 それに比べて、鈴花は傷だらけで、どこと言わずに痛かった。

 とんでもなく美しいだけではなく、とんでもなく強いのだから、世界は不公平だ。


「鈴花、結構やられたねー」

「わたしは籐子と違ってか弱いの」

「誰がエルフの皮をかぶったメスゴリラだよ!」

「そうは言っていないじゃない。オスゴリラの可能性もある」

「一緒じゃんかよー! っていうか、オスのほうがひどい!」

「別にいいじゃない。些細な違いだし」

「いやいや、自分が言われた身になってみなよ」

「わたしはか弱いハーフエルフだから、ゴリラとは無縁なのよ」

「腹筋バキバキに割れてる女が言うセリフじゃない」

「それはゴリラではないから、鍛えているの。人として」

「ぐぬぬー、ああ言えばこう言う」


 籐子がわざとらしく地団駄を踏んだ。


 こういう子どもっぽいところが、鈴花は嫌いではなかった。


「そんなことより支配人に連絡したら?」

「そんなことってなんだよー、もー」


 渋々といった様子で、籐子はスマホを取り出して電話をかけた。


 支配人と話す彼女を横目に、転がっているワーウルフをぐるりと見やる。


「やれやれだわ」


 鈴花は小さく嘆息すると、死体処理業者を手配するために電話をかけた。


 本日、二度目の連絡だ。


 どうせなら割引でもしてくれないかな、と鈴花は思った。

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