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5.あんたを殺すことにした

 鈴花と榎本の中間に、直径三〇センチほどの花と植物で編まれた冠が現れる。

 二人をつなぐ魔法のトンネル。〈妖精輪環ピクシー・サークル〉。彼女のチタニア・アーツ。


「榎本!」


 鈴花は鋭い声を上げると同時に自動拳銃の引き金を絞った。


 連続する銃声。


 すべての弾丸が〈妖精輪環〉に吸い込まれるようにして花冠を通過する。


 虹色の軌跡を描いて、防げない、感知できない、魔法の弾丸になる。


「一ノ瀬!」


 榎本は短くなった煙草を吐き捨てた。


 続け様に〈妖精輪環〉を通過した弾丸が何発も命中する。


 頭を殴られたかのように大きく仰け反り、さらに胸、腹に命中した衝撃でたたらを踏む。


 鈴花は違和感を覚えながら、すかさず弾倉を交換した。


〈妖精輪環〉を通過した弾丸なら、分厚い鉄板だろうと貫通するはずなのに。


 なぜ平然と立っている?


 榎本の輪郭が滲み、ぶれているように見えた。


「それがあなたのチタニア・アーツというわけ」

「地図にも載ってへん村の連中に言わせれば、僕は狐憑きなんよ」


 榎本はおかしそうに笑った。


 その姿に重なるようにして、もうひとつの影がある。


 いまははっきりと見える。


 狐だ。

 白無垢を着た狐。

 人間の身体、狐の顔。

 狐の嫁入りの絵図にでもありそうな姿。


 こいつを憑依させて攻撃への緩衝材にしていたのか。

 チェロキーの突撃を防いだのもこいつか。


 かなり珍しいチタニア・アーツだ。


「異世界からの召喚系? それとも創作系?」

「さあな。僕にもようわからん」


 榎本は新しい煙草を咥えた。


 白無垢を着た狐が榎本からずるりと抜け出し、彼を守るようにして前に出る。


「ビックリドッキリのマジックショーでも見てくか、一ノ瀬」


 白無垢の狐がすっと宙に浮き、右腕を一振りすると大振りのナイフがその手に現れた。

 艶消しされたような赤黒い刀身で、どこかマチェーテに似ている。


 さらに白無垢の狐の周囲に、拳大の炎がいくつも出現してゆらゆらと漂う。

 文字どおりの狐火だった。


「〈狐女房白ファイヤフォックス無垢鉄火・タスクフォース〉。とくと御覧じろ」


 まずいな、と鈴花は思った。


 見れば榎本の右手にも白無垢の狐と同じマチェーテがある。

 分離させたものとは別に、もう一体を憑依させている。


 なんの前触れもなく、狐火が鈴花に殺到した。


「!」


 本能的に足を動かす。


 狐火が次々に着弾した。


 爆発。爆発。爆発。


 石畳が爆砕され、抉り飛ばされた破片と土が爆風で巻き上がる。


 狐火に追い立てられ、爆風に背中を殴られるようにして、鈴花は前につんのめった。


 熱風に乗った破片と土が、容赦なく肌を傷つける。


 痛みを無視して、鈴花は前に転がった。


 彼女の瞳は金色から濁った碧眼に戻っていた。


 チタニア・アーツは魔王因子を一時的に活性化して使用する魔法の力。籐子のように常に活性状態にある例外を除けば、一度使えば再活性までのインターバルが必要だった。


 起き上がると同時に自動拳銃の引き金を絞る。


 銃声が連続する。


 瞬く間に弾倉が空になり、スライドが開き切る。


 榎本に殺到した弾丸は、だがすべて白無垢の狐に防がれた。チタニア・アーツで強化した弾丸であれ通らないのだ。当然の結果だった。


 チタニア・アーツの使い手同士の戦闘は、相性と対策。

 どれだけ強力なチタニア・アーツでも万能ではないし、手の内がわかっていればやりようがある。だから榎本はチタニア・アーツに頼りすぎるなと言ったし、見せびらかすなとも言った。その教えはまったく正しい。


「はあ、もう、最悪だわ」


 鈴花は手にしていた自動拳銃を投げ捨てると、つまらない結末を思って苦笑した。


 マチェーテを手にした白無垢の狐が、左から迫ってきていた。


 右からは榎本。


 時間差で攻撃がくる。


 振り下ろされる白無垢の狐のマチェーテを、鈴花は刃の腹に左の裏拳を当てて叩き落とした。


 肌が焼ける感覚。燃える刀身。炎の魔法攻撃が付与された武器。


「しっ!」


 痛みを無視して鋭く息を吐く。


 強く握った右拳を、白無垢の狐の腹に突き刺した。


 ずどん、という鈍い音。


 分厚いゴムかなにかを殴っているような奇妙な手応えだった。


 続け様、膝で蹴り上げる。


 鈴花はそこから、舞踏のように美しく、流れるように拳を三発打ち込んだ。


 見惚れる動きとは裏腹に、生々しい打撃音が連続する。


 白無垢の狐が猛烈な勢いで吹き飛ぶ。


「はい、ご苦労さん」


 榎本の声。


 反射的に、鈴花は上半身をわずかに反らした。


 鼻先をマチェーテが掠めていく。


 刀身がまとっている熱が肌を焦がす。


 切れた前髪がはらりと舞って、焼けて縮れた。


 同時に榎本が左足を滑らせるようにして踏み込み、外側に払った。


 右足を持っていかれて、鈴花がバランスを崩す。


 榎本がマチェーテを逆手に持ち替えるのが見えた。


「ちっ」


 鈴花は予想したとおりのつまらない結末に舌打ちした。


 マチェーテの幅広の刃が、彼女の身体にすっと入る。


 左脇腹。

 左太もも。


 瞬きする間に、二連撃。


 単純な痛みよりも、炎に炙られる激痛と自分の肉が焼ける臭いにぞっとした。


 マチェーテを抜くなり、榎本は強烈な回し蹴りを放った。


 側頭部に直撃し、鈴花は首から上がなくなったような錯覚を抱いた。


 そのまま石畳を転がり、身体中の激痛に背中を丸くする。


「あっ……かはっ……」


 声が出ない。

 喉からひゅうひゅうという掠れた音がもれるだけだ。


 思ったよりも血が広がらない。

 マチェーテで斬られる側から傷口が焼けている。


「復興省の目の前でこの騒ぎ。お咎めなしとはいかんやろなあ」


 新しい煙草を咥えた榎本は、余裕たっぷりに肩をすくめた。


 だが、油断はしていない。


 戻ってきた白無垢の狐が哨戒するようにして彼の周囲を漂っている。


「一ノ瀬、僕はお前のこと割と好きやったんやぞ? 正義の名のもとに、暴力を使うことを躊躇せん。殺し殺されることを躊躇せん。普通はどんな大義があれ、どんな力があれ、少しは躊躇うもんや。頭のネジが外れとる」


 あなたも同類でしょう、と鈴花は思った。


「そんな目で僕を見るな。そのとおり、僕も同類や。魔王因子中毒者以前に人外なんよ」


 榎本は咥えていた煙草を吐き捨て、踵で踏み躙った。


 鈴花はなぜかショッピングモールを思い出した。


 散乱する死体。迫るゴブリン。あれほどに死を実感したことはなかった。


 ああ、だからか。


 わたしはこれから死ぬ。


 だが、ただでは死んでやらない。


 自分がこうすることは、映像に記録して籐子に渡すようにカトレア・ロウに依頼してある。榎本のチタニア・アーツの対策を、籐子なら立てられる。


 一ノ瀬鈴花が榎本を殺せなくても、神村籐子が榎本を殺すことはできる。


 あのとき一人だけ生き残った意味は――

 一ノ瀬鈴花が生きた意味は――


「――きっとあった」


 鈴花は消え入りそうな声でつぶやいた。


 瞬間、空気を切り裂く音がする。


 榎本に向かって、なにかが猛烈な勢いで飛来した。


 周囲を哨戒していた白無垢の狐が間に割って入り、その直撃を受ける。


 爆発にも似た音を残して、中身をぶち撒けて破裂する。


 カトレア・ロウがよく飲んでいた缶チューハイだった。


 まるでミサイルのように、缶チューハイは次々と飛来した。


 狙いは榎本ではなく白無垢の狐に変わっており、砲撃のような衝撃を続け様に喰らって榎本から離れていく。


「榎本――――っっっっ!」


 どこか遠くで彼女の声がする。


 榎本は缶チューハイが飛んできたほうへと視線を向けて笑った。


「なんちゅう肩や。イチローもおったまげやで、神村」


 鈴花は見た。


 広場から少し離れたところに停車している車の屋根に、籐子が仁王立ちしていた。


 彼女は屋根から飛び降りるなり、猛烈な勢いでこちらとの距離を詰めた。


 その姿がどんどんと大きくなる。


 ずだん、という爆発音のような踏み込みの音を残して彼女は跳んだ。


 榎本に向かって、一〇メートル近く離れているところから弾丸のように襲いかかる。


 空中で身体を捻り、全力疾走の勢いを乗せた電光石火の後ろ回し蹴りが榎本を直撃した。


 身体をくの字に曲げて、榎本が壊れた玩具みたいに吹っ飛んだ。


 石畳に強かに身体を打ちつけ、ゴムボールみたいにバウンドする。


 それでも勢いは弱まらず、植え込みを薙ぎ倒し、復興省庁舎の一階に入っているファミレスの店舗に飛び込んだ。


 重い衝撃。なにかが割れる音。普通の人間ならミンチになっている。


「籐子……どうして」


 そう言った鈴花は、自分でも驚くほどにか細い声だった。


「どうしてってさ」


 少しだけ呆れたようにして嘆息すると、籐子がそっと抱き起こしてくれる。


 半分だけになった耳が痛々しい。


 彼女の手が腹の傷口に優しく触れた。


「友達だし、相棒じゃんかよー」

「だから、籐子の役に立とうと思ったの。あなたなら、わたしを見て、上手くやれる。それなのに、どうして」


 鈴花は同じ問いをした。


 意識が朦朧として、彼女自身はそのことに気づかなかった。


 どうして直接見にきたのだ。

 どうして出てきてしまったのだ。

 神村籐子は出てくるべきではなかった。

 榎本を確実に始末できる対策がないうちは。


「あたしはさ、そんなに我慢強いほうじゃないんだ。これでも我慢したほうだよ」


 こちらの顔を覗き込んでくる彼女は、眉を八の字にしていた。

 困っているような、悲しんでいるような、そんな顔。


「どうせズタボロになるなら、二人でなろうぜー」

「なにそれ……バカみたい」

「なんだよー!」


 鈴花は思わず苦笑して、籐子はわざとらしく唇を尖らせた。


 話しているうちに少しだけ身体が楽になった気がして、鈴花は何度か瞬きした。痛みがましになっている。いや、最早痛みも感じなくなっているだけか? 傷は致命傷だった。


「もう大丈夫だよ、鈴花」


 籐子の笑顔に目眩がした。

 カラコンをしていない金色の瞳に、吸い込まれてしまいそう。


 ああ。


 やっぱりわたしは。


 参ってたってことだ。


 鈴花はそれを自覚して、頬が熱くなるのを感じた。


 だからもう、ウソは吐けない。


 籐子、と名前を呼ぼうとして。


 だが、庁舎から平然とした様子で歩いてくる榎本にぎょっとする。


 周囲には相変わらず、浮遊する白無垢の狐。


「なかなかオモロい成りになったもんやな、神村。ハーフエルフの真似事か?」


 咥え煙草を吐き捨てると、榎本は声を押し殺して笑った。


「卒に相与に驩びて刎頸の交はりを為す――っちゅうところか?」

「へー、史記なんて案外と学があるじゃんかよ、榎本」

「そらこっちのセリフや。しかし当てが外れたわ。ノエル・エーデルワイスはきっちりお前を処分して消すと思とったけどなあ。結局は僕が殺らなあかん。難儀やわ」

「それは奇遇だねー。あたしもさ――」


 抱いていた鈴花をそっと寝かせると、籐子は榎本を睨み据えた。


「あんたを殺すことにした」


 鋼鉄の刃物のような、鋭く硬質な声。


 そんな彼女の声を、鈴花はいままで一度だって聞いたことがなかった。

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