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1.いき着くとこは暴力やな

 数日前から降り始めた雨は梅雨前線の停滞によって、もうしばらく続くということだった。


「これは本命ドンズバを引いたかもわからんなあ」


 スーツの上から羽織ったポンチョを打つ雨粒にうんざりしながら、榎本は言った。


 彼はうず高く積み上げられた廃車の山の上で腹ばいになって双眼鏡を覗いていた。


 見えるのはスクラップ工場の敷地の様子で、あらゆる車種、あらゆるメーカーのクルマが無惨な姿を晒していた。使えるパーツは取り外されて、鉄屑になる一歩手前だ。


 そんなスクラップ工場のゲートを、コンテナを積んだトレーラーが通過していく。これで三台目。いずれもサンパギータ貿易のコンテナ船で復興東京に運び込まれたものだ。


 一ノ瀬鈴花から仕入れたこの取引場所の情報は、神村籐子が渡されたもの。一番人気のド本命。コンテナひとつの積載量はおよそ二・五トン。中身がティンク・パウダーだとすれば、七・五トンの麻薬がこのスクラップ工場に運び込まれていることになる。


 廃車とスクラップの山々の向こうには、ひどくおんぼろな倉庫がある。


 コンテナを牽引しているトレーラーは、次々にその前に整列した。


『警部、突入しますか?』


 耳にセットしているイヤホン型の無線機から、部下の声がした。


「アホ。耳長とカンパニーの代理人を確認してからや」


 雨が降っていなければ監視用の小型ドローンで探りを入れられるのだが。

 この天気ではこうしてアナログな監視方法で目を光らせるしかない。


 錆びついた倉庫から、作業服姿のエルフどもが姿を現した。トレーラーのドライバーと会話すると、コンテナが搭載されているトレーラーのシャーシとヘッドの切り離し作業を始める。


 続けて倉庫の奥から別のヘッドが姿を現した。コンテナを牽引するトレーラーのヘッドを、ここで交換するつもりなのだ。ナンバープレートがちらりと見える。


「ちっ。Yナンバーや」


 ここは取引場所ではない。経由地だ。Yナンバーは米軍の関係車両に割り当てられるもので、復興東京でもその威光は健在だ。おそらく横田基地あたりに運び入れて、カンパニーの代理人と接触する算段だろう。その後は輸送機に乗せられて米国にとんぼ返りだ。


 用済みになったトレーラーのヘッドは、この工場でスクラップというわけだ。


 このまま様子を見ているだけでは連中はまんまと出ていって、後の祭りになる。


 榎本は無線機に向かって怒鳴った。


「全員ユニット突入や。ブツを押さえろ。いけ、いけ、いけ!」


 廃車置き場に隠れていた警察車両が、次々とサイレンを鳴らしておんぼろ倉庫に殺到した。


 榎本は立ち上がるなり、廃車の山を滑り降りた。


 すでに無数の銃撃音と、跳弾の金切り声が響いていた。


 ロシア人との取引を潰したときとは事情が違う。この取引は失敗できない重要なものだ。邪魔が入れば徹底的に抵抗することはわかっていた。


 雨でぬかるんだ地面に足を取られながら、自動拳銃を抜き放つ。


 おんぼろ倉庫の周辺はすでに鉄火場だった。警官隊が装備しているサブマシンガンが咆哮し、作業着姿のハーフエルフを撫で斬りにした。


 パトカーのドアを盾にして、榎本の部下がショットガンをぶっ放している。


 ダブルオーバックを腹に喰らったエルフが、もんどり打って倒れ込んだ。


 雨。


 銃声。


 血と泥。


「はっ、まったくもって」


 自動拳銃を闇雲に撃ちながらセダンの陰に身を隠す。狐の尻尾がひどく邪魔だった。


「正義の味方も悪役も、いき着くとこは暴力やな」


 ポンチョのフードを取り、雨に濡れた灰色混じりの黒髪をかき上げる。


 榎本は笑った。野生の獣のような、粗野な笑みだった。


 弾倉を交換して、銃声が絶え間なく響く周囲の様子を見やる。


 作業着のエルフが数人、泥に塗れて倒れている。


 生ぬるい雨が血を洗い流していた。


「……!」


 それはほとんど野生の勘だったが、榎本はぞっとして雨が落ちてくる天を仰いだ。


 倉庫の屋根の上を猛烈な勢いで走る人影がある。


「神村!」


 榎本は思わず叫んだ。


 その人影――神村籐子――は、躊躇することなく屋根から勢いよく跳んだ。


 軽く十数メートルを飛翔して、そのままパトカーの屋根に着地する。


 ぐしゃりという金属がひしゃげる耳障りな音が響き、パトカーが一瞬で廃車になった。


 神村はそれが殺し屋の正装だとでも言うように、黒のパンツスーツだった。


 雨に濡れる白金の髪。尖ったエルフの耳。両手には自動拳銃。


 パトカーの影には二人の警官が身を隠していたが、神村は着地すると同時に警官の一人に弾丸を撃ち込んだ。頭に二発、続け様に胴に二発。


 死体に蹴りを入れてパトカーから飛び降り、もう一人の警官も同じように始末する。


 まるで機械のような正確さに、榎本は舌を巻いた。


 続け様に別のパトカーが爆発して吹き飛んだ。


 黒焦げになって、そこいらにある廃車より酷い有様だ。身を隠していた警官はバラバラだろう。どこかから対戦車ロケットでも撃ち込まれたに違いなかった。


 倉庫から神村と同じような格好をした連中が沸いて出てくる。


「耳長百貨店ご自慢の、戦争担当社員のお出ましかい」


 先ほどよりも凄まじい銃撃戦になり、雨の音は銃声で聞こえなくなりそうだった。


「榎本!」


 こちらに気づいた神村が、両手の自動拳銃をしこたま撃ち込んでくる。


 榎本が身を隠しているセダンに、吐き出された弾丸が跳弾しては嫌な音を立てた。


「神村! 警官殺しの罪は重いで!」

「とはいえ仕事だしねー」


 弾倉が空になった自動拳銃を投げ捨てて、神村が言った。


「それを言うなら、僕もやわ」


 榎本はセダンの陰から転がり出て自動拳銃の引き金を絞った。


 銃声。銃声。銃声。


 弾倉が空になるまで撃ち続け、一発が神村の頭をかすめた。


 ハンマーで殴られたようにして仰け反り、だが彼女の反応はそれだけだった。


 ゆっくりと元の体勢に戻り、金色の瞳でこちらを睨んでくる。


 額にはべっとりと血が付着しているが、傷はとっくに治っていた。


「お前のチタニア・アーツ、相変わらずのくそチートやな。どうやったら死ぬんや」

「知らないよ。でも、すげー痛いんだからな」


 雨で流される血を拭い、神村はわずかに顔をしかめた。


 彼女が右手を握り締め、拳に力を込める。


 瞬きしたあとには、もう目の前に神村籐子がいた。


 拳が顔面に迫り、刹那もなく炸裂する。


 走馬灯が見えへんのなら死なんやろ、と榎本は思った。


 首から上がなくなったのではないかと思うほどの衝撃。


 榎本は軽々と吹き飛んで、数十メートルは離れている廃車の山に激突した。


 奇跡的なバランスで積み上げられていた廃車が雪崩のように崩れる轟音と、金属がぶつかり合う甲高い悲鳴が一帯に響いた。


「むちゃしよるな、ダボが。僕やなかったら死んどるで、ホンマに」


 ぐちゃぐちゃに散乱した廃車の隙間から這い出し、榎本は首の骨をごきごきと鳴らした。


 崩れた廃車の山が倉庫までの道を潰して、迷路のようになっている。


 色つきの眼鏡はどこかにいってしまったようで、榎本の瞳が露になっていた。


 フォクシー独特の縦長の瞳孔。いまは金色に輝いている。


「榎本警部……」

「おー、一ノ瀬か」


 眼鏡を探しながら、榎本は声のしたほうに身体を向けた。


「うまいこと鉄火場から抜け出したようやな」


 神村と同じような格好をした一ノ瀬鈴花が、自動拳銃を片手に近づいてくる。


 顔色はあまりよくない。雨に打たれたせいというわけでもないだろう。


「この戦力の厚さ、間違いなくド本命。お前がすり替えた神村籐子の手紙でドンピシャやな」

「コンテナの中身までは、現場には知らされていません」

「それはこれから確かめる」

「これからと言っても……」


 一ノ瀬の声は、うるさい雨音と少し遠くなった銃声にかき消されてしまいそうだった。彼女がなにを言いたいのか、榎本はよくわかる。よくわかるから、代わりに言った。


「お前は警官や。さすがに警官殺しをしろとは、僕もよう言わん」

「はい。ですが、榎本警部……」


 一ノ瀬はちらりと銃声が聞こえる方向を一瞥した。突入した警官隊は全滅だろう。


「ド本命を引けばこうなるとは思とったわ。しかしまあ――」


 榎本は雨に濡れる髪を両手でかき上げオールバックにした。

 剣呑な光を金色から灰色に戻った瞳に灯し、粗野な笑みを浮かべる。


「警官を何十人も殺したら、よっぽどの菓子折りなしに手打ちになんぞならん」


 こちらの言葉の意味を理解したのか、一ノ瀬の顔はますます蒼白だった。


 端っから警官隊は捨て駒だ。警察官というのは不思議な生き物で、同じ警察官の死に対して恐ろしいほどに敏感だ。同じ釜の飯を食ったという奇妙な連帯感や仲間意識というものは確かに存在するし、心底では市民の命よりも警察官の命のほうが重いと思っている。


 榎本が思うに、それは軍隊なんかよりも強固だ。だから、名の知れた犯罪組織であろうと簡単には警察官を殺さない。徹底してやられるからだ。国家権力と正面から戦争して勝てると思っているやつは心底のアホか、闘争狂いか、本物の化け物だけだ。あるいは、その全部か。


「耳長がどんな菓子折りを持ってくるか楽しみやな」


 どう転んでも悪いようにはならない。


 一ノ瀬がすり替えた手紙の情報が本命ではなかったとしても、神村籐子に潜入の疑いをかけることができる。本命だったなら、それにプラスして大きな取引を潰すことができる。やむを得ず警察官に犠牲者が出てしまったなら、相応の代償をエルフどもに払わせることができる。


「米軍か大使館絡みの物流ルートのひとつでも差し出してくりゃあ万々歳やけどな」


 一ノ瀬はなにも言わなかった。怒りとも、怯えとも、戸惑いともわからない、複雑な感情を濁った碧眼に灯していた。


「そんな目で僕を見るな、一ノ瀬」


 もう少し穏便にできたのではないか、だとか。警察官とマフィアの銃撃戦を焚きつけておいて、仲間の死をダシに取引するなんてどうかしている、だとか。


 目の前の無愛想な女は胸中でなにを思っていようが、反吐が出るそんな抗議を口にしない。正義は完璧ではないし、常に犠牲が必要になることをよくよく理解している。あのショッピングモールで血塗れになったときから。


「警官が何十人か死んで耳長の力を大きく削れりゃ上出来や。僕はそういう正義の味方やし」


 泥を踏み締めて一ノ瀬に近づくと、榎本はそっと囁いた。


「お前もその一員や。忘れるな」


 そして、彼女が持っている自動拳銃を取り上げると、自分の左肩に当てて躊躇なく発砲した。


 銃声は、どこか滑稽な響きがした。


「おー、くそ痛いな! ボケが」


 みるみるうちに左肩から血が流れ出し、指先から滴り落ちる。


「そろそろ鉄火場もしまいやろ」


 榎本は銃撃戦が続いているおんぼろ倉庫の方向に視線をやった。


 雨音に混じって聞こえる銃声は、散発的なものになっている。


「僕を撃ったことにして連れていけ。場を収める舌先三寸はお手のものや」


 榎本は舌を出して笑うと、自動拳銃をそっと一ノ瀬に返した。

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