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3.じゃあレスカ

 榎本はパチンコ屋にいた。禁煙にはお構いなしで煙草を咥えて、最新の機種を打っている。出玉は好調でドル箱が後ろに積み上がっていた。


 鈴花と籐子は遠目に榎本を確認しながら店内を回り、向かいにある喫茶店に入った。喫煙OKの純喫茶で、煙草の臭いが壁に染みついている。


「マジで不良警官の鏡みたいなやつだなー」


 パチンコ屋の入り口を監視できる窓際のボックス席に陣取ると、籐子は呆れた声をもらした。


「榎本は風紀取締特別行動係だし、捜査の一環かも」


 テーブルを挟んで座った鈴花は、申しわけ程度に言ってみた。


「確かにパチンコも風特の対象だろうけどさー、本気で言ってる?」

「まさか」

「だよねー」


 二人は顔を見合わせてどちらともなしに笑った。


 よかった。うまくできている。一ノ瀬鈴花は、普段と変わらない。


「榎本のやつが出てくるまで、時間をつぶしますかー。鈴花はなに頼む?」

「コーラ」

「せっかくだから純喫茶っぽいもの頼めよー。ピザトーストとか、ホットケーキとか。あと、メロンクリームソーダとか」

「じゃあレスカ」

「お、妙に渋いチョイス」

「どうして楽しそうなのよ?」

「デートっぽいから?」

「はあ、もう」


 鈴花は眉間に皺を寄せて嘆息すると、頬杖をついて窓の外を見た。


「ウソウソ、そんなに呆れることないじゃん」

「別に呆れてはいないけれど」


 いつか籐子は言っていた。不幸自慢をしても仕方ないから、前向きで明るいことを考えて生きることにしたんだと。彼女を見ていると、それはきっと正しいのだと思える。


 神村籐子はマフィアで、一ノ瀬鈴花は警察官だ。だが、二人を比べたときにどちらの人生に救いがあるのか、鈴花にはわからなかった。


「すいませーん。ホットケーキくださーい。あと、メロンクリームソーダとレスカ」


 店員に注文を終えると、籐子は長い耳をひこひこ動かしてこちらの顔を覗き込んできた。


 もうサングラスはつけていない。コンタクトレンズでエルフの碧眼になっている、本当は金色の瞳。魔王チタニアも、彼女のように無邪気そうに笑うのか。


「籐子の笑顔が眩しくて死ぬ」

「生きろ!」


 即座にそう言った籐子は、頭の後ろで手を組んで笑った。


「あたしは太陽かよー。太陽の小町エンジェルかよー。アイドルデビューとかできそう?」

「全アイドルがひれ伏すと思う」

「お? マジかよー。うっへへ。鈴花はそうやって褒めてくれるから好きぃ〜」

「はいはい」


 本気で嬉しそうな籐子に呆れつつ、ひょっとしたらそんな世界線もあったのかな、と鈴花は思った。神村籐子が復興東京でよくある不幸な話の当事者にならなければ。


 店内の奥からはホットケーキが焼かれている、どこか懐かしい匂いがした。


 鈴花はスマホを取り出すと、インサイト2・0というアプリを立ち上げた。通称I2と呼ばれる、全世界で普及しているSNSだ。動画や画像、ブログ並みの長文が投稿できる。


「榎本はまだかかりそうね」


 鈴花のアカウントはプレイしたゲームの感想や評価などを徒然に語っている、長文テキストのみの凄まじくストイックな投稿が定期的に行われていた。


 最近は大型アップデートされた〈ワルハラ・キリングフィールド〉の新シナリオについての考察記事を全五回にわたって投稿しており、なぜか一部で人気だ。


「また積み上がったドル箱の画像投稿してるじゃんかよー。マジで俗物だな」


 籐子も自分のスマホでI2を立ち上げたようだった。


 榎本と思われる個人のアカウントには、まさに目の前のパンチコ店で積み上げている店名入りのドル箱の画像が「絶好調や」というコメントとともに投稿されていた。


「榎本もI2の画像から居場所が割れるなんて思ってもみなかっただろーね」

「おじさんはSNSリテラシーがないから」

「榎本がおじさんでよかったよー。あ、実はあたし、鈴花のアカウントを前からフォローしてるんだ。フォロバしてよ」

「え、やめてよ、もう」

「なんでだよー。友達じゃんかよー」

「知り合いに読まれるのは恥ずかしいじゃない」

「えー、レビューの投稿いいと思うけどな。ワルストのシナリオ考察とか、新キャラの支援職エルフちゃんの設定考察とかよかったよー。殺し屋引退したら、ゲームライターとかになればいいじゃん。鈴花は文章書く才能あるよー」

「簡単に言わないで」


 鈴花はそっぽを向くようにして、視線を外に向けた。


「なになにー、照れてるの?」


 誰かを殺すこと以外を褒められることには慣れていない。

 バカみたい、と思いながらもどんな顔をすればいいのか鈴花にはわからなかった。


 折よく店員が、注文したものを持ってくる。


 こんがりと焼き目がついた二段重ねのホットケーキ。たっぷりのバターとシロップ。炭酸が弾けるレモンスカッシュ。


「おー、これぞ喫茶店。最高だな」


 籐子の目の前にも同じホットケーキと、メロンクリームソーダが置かれていた。

 ケミカルな緑色の炭酸の上にはバニラアイスが鎮座している。


「わたしはレスカだけでよかったのだけれど」

「平等にカロリー摂取して一緒に太ろうぜー」


 言うが早いか、籐子はフォークをホットケーキに突き立て、ナイフで大きな三角形にカットした。そのまま頬張る。


「うまー。やっぱりこういうシンプルなのは間違いない」

「もう」


 鈴花も観念してホットケーキを口に運んだ。

 バターとシロップが渾然一体となり、程よい焼き加減の生地を引き立てる。


「うま」


 思わず声が出て、鈴花はしまったなあという顔をした。


「ほらー、注文しておいてよかったでしょ?」

「……そうね」


 仕方なくそう言って、鈴花はもう一口食べた。


 窓の外へと視線をやると、パチンコ屋の自動ドアが開いて榎本の姿が見えた。

 思わず目を見張る。


「榎本だ」


 鈴花はレモンスカッシュを胃に流し込むと、そう言って立ち上がった。


 ホットケーキを口に入れる直前の姿勢で、籐子は固まった。


「マジかよー、まだ半分以上残ってるのにー?」

「いいから。追わないと」

「まだメロンクリームソーダ飲んでないのにー?」

「またいつか」

「もー、いつかっていつだよ」


 籐子を引っ張って喫茶店を飛び出すと、鈴花は見知ったフォクシーの背中を確認した。


「榎本のやつ、いやがらせみたいなタイミングで出てくるじゃんかよー、もー」


 籐子はサングラスをかけると、見事なまでに気配を消した。

 雑踏に消える榎本を見失わないように一歩を踏み出す。


 彼女と肩を並べて歩きながら、榎本に接触する機会を探さなければ、と鈴花は思った。

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