1.犬探し
カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光に、鈴花はうんざりしてベッドで丸くなった。
布団を頭から被り、朝を拒絶する。
スマホの目覚ましアラームが、彼女の頭をぶん殴るくらい鳴っていたが無視した。仕事がある日は目覚ましのアラームが鳴る五分前には起きられるのだが、今日は仕事もないから好きなだけ寝かせてほしい。
誰かがカーテンを開けて、スマホのアラームをとめた気配がする。
「鈴花、朝だよー。おーい」
布団の向こう側から、自分を呼ぶ声がした。
よく知っている、超美人なエルフの声だ。
「んー……」
「起きろ!」
無理やりに布団を引っぺがされて、鈴花は丸くなったまま薄く目を開けた。
地味な下着だけの姿で、鍛え上げられた身体のほとんどが顕になっている。
まるで一流のアスリートのようだったが、いたるところに傷跡や青あざが見て取れた。
それは組織において現場の兵隊をこなしてきた、彼女の履歴書のようなものだった。
「またそんな可愛くないパンツだし」
「……どんなパンツをはくのかは、わたしの自由だと思うけれど」
鈴花はゆっくりと起き上がると、ベッドの上であぐらをかいた。
欠伸を噛み殺し、寝癖のついた髪を触る。
「この前、可愛いセットアップ選んであげたじゃんかよー」
「それはこの前はいたわ」
鈴花は部屋の片隅を指差した。
ランドリーバッグから洗濯物が溢れている。
「おいー! 洗濯物は毎日出してよ。ホントにもー、仕事以外はだらしないんだから。大家の命令守らないと追い出すからね」
「はいはい」
「そこは受け流すとこじゃないから」
鈴花は神村カレーの二階、つまりは籐子の実家に住んでいる。〈ビスカム・デパート〉の戦争担当社員になる前に住んでいたアパートは、敵対勢力との抗争の煽りでRPG7をぶち込まれて廃墟になってしまった。神村カレーの二階には部屋が空いていたので、次の部屋が見つかるまで世話になるつもりが、そのまま住み着いている。
「下着は三日間までなら連続ではいて大丈夫だって、有名なゲームクリエイターが言っていたの。三日はいたパンツはミカパンと呼ばれている」
「パンツを女子アナみたいな略し方するなし。それに鈴花はマスターアップ前で修羅場になってるゲームクリエイターじゃないから」
ようやく目が覚めてきて、鈴花は改めて部屋に立っている籐子を見た。
美しい白金の髪、長く尖った耳。頭の先から爪先まで、文句のつけようがないエルフ。
デニムのスカートと丈の短いミニカーディガンを見事に着こなして、まるでファッション雑誌から飛び出してきたよう。朝の太陽に照られさて、文字どおりキラキラと輝いている。
「うっ、陽キャの光で死ぬ」
「死なないから。あと陽キャの光ってなんだよ。必殺技かよ」
「こっち側の人間には効くの。特効がある。わたしは死んだ」
「生きろ!」
籐子は腰に両手を当てて、少し呆れた表情になった。
「それにしてもさー、またレトロゲーム増えてない?」
「そうね。積みゲーが増えるばかりだわ」
鈴花の部屋はおよそ女子の部屋とは思えないほどに雑然としており、可愛げのあるものもなく、色彩もちっとも豊かではなかった。
レトロゲームのカセットが入った箱が中古ゲーム屋みたいにラックに並べられ、あるいは無造作に床に積まれていた。何十年も前の据え置き型ゲーム機も壊れたときの予備として同じものが何台もあり、ブラウン管テレビまである。まるで魔王チタニアが核ミサイルで吹き飛ぶ以前――一九九九年よりも前のようだった。
かと思えば、最新のオンラインゲームをプレイするためのハイスペックのゲーミングPCもある。専らソロでプレイしているが、最近は籐子と二人で楽しむこともあった。
神村籐子は美人で明るく活動的で、さらにゲームもうまいのだ。
ずるい。
あとは人をダメにするビーズクッション。部屋の片隅に追いやられた洗濯物。ローテーブルには食べかけのポテトチップスの袋と、半分残っているコカ・コーラのペットボトル。
「鈴花ってギャップがあり過ぎるから、どんな男もドン引きだよ」
「勝手に幻滅されても、それはわたしの知ったことではないし」
鈴花は大きく伸びをすると、ようやくベッドから降り立ってクローゼットから適当に服を引っ張り出した。謎のパンダのイラストが描かれたTシャツとショートパンツ。
なんの華もない。恐ろしくダサい。
「相変わらずセンスゼロかよー」
「え? パンダ、可愛くない?」
「真顔なのが怖えよ」
籐子は半眼になって嘆息すると、わざとらしく頭を抱えた。
「せめてロング丈のトップスとかでさー、オシャレに、こう、素材が台無しだよ」
「はあ、もう、わたしの素材なんてたかが知れていると思うけれど」
鈴花は軽く肩をすくめ、ローテーブルに置いてあったカール・F・ブヘラの腕時計を手にした。これだけはオシャレだ。本当に。どれだけ経っても似合っていない。
「今日、オフでしょう?」
「飛び込みの仕事だよー。支配人からの直接の依頼」
「それはあまり愉快そうなものではなさそうね」
「まーね。犬探し」
鈴花は眉根をひそめて怪訝な表情になった。
「支配人の? コーギーを飼っているわよね?」
「違う違う」
籐子はパタパタと顔の前で手を振った。
「組対の榎本の飼い犬だよー。うちの組織にいる、潜入を探して始末しろってさ」
内心ぎょっとする。着けようとしていた腕時計が、手からするりと滑り落ちた。
「おっと」
籐子が空中でそれをキャッチして、こちらに渡してくる。
「大事な時計なんでしょ? 気をつけなよー」
「……そうね」
鈴花はそれだけを言った。
慎重に腕時計を着け、顔になにか出ていなかったか不安になる。
言葉を発すると、声が震えてしまいそうでいやだった。
無意識に腕時計に触れる。
お前は警官や、という榎本の声が聞こえた気がした。




