結末はハッピーエンド
「クローディア様。ニコラウス殿下は、光魔法の魅了にかかっています。私の用意した魔法陣で、その状態異常を治せるはずです!」
「さすがベラ。それでは、アビー!」
「はい、かしこまりました。邪魔者はどいて下さいませ。――風よ!」
アビゲイルは、クローディアの指示を受けて呪文を唱えた。
足元から吹き上がった風が、三人とニコラウスだけを内側にした旋風となって壁を作り上げる。
「ベラ!」
「お任せ下さい。さあ、ニコラウス殿下」
魔法陣の書かれた紙を手に、ベラがニコラウスへと詰め寄るが、正気を失っている彼は、ベラの魔法を良しとしなかった。
「王族に魔法を使うつもりか、この無礼者!」
そう言いながら彼は、ベラの広げた紙を躱すと、踏みつけてしまう。
「殿下――殿下がそうなさることは、私は知っていましたよ」
ベラがきっと顔を上げた。
「この魔法陣は、床に書かれた魔法陣を呼び出すためのものです」
ベラは、事前に床に巨大な魔法陣を書いておき、時間を戻してそれを消しておいたのだ。それを、手にした紙の魔法陣でさらに時間を戻し、再び描かれた状態へと変化させたのだ。
「これで殿下は魔法陣の上です。さあ、その魅了を解いて差し上げます。――時よ」
足元から、光る粒子が立ち上ったと思うと、ニコラウスは力なくその場に崩れた。
時が巻き戻り、ニコラウスの状態をエリカの魅了がかかる前へと戻したのだ。
「ニコラ!」
クローディアが慌ててニコラウスのもとへ駆け寄る。
アビゲイルもベラも、それぞれの魔法をかき消すと、その側へと急いだ。
「ニコラ、目を開けて下さい」
「ううっ……」
クローディアに抱き起こされ、ニコラウスがうめき声を上げた。
「ニコラ。わたくしは、あなたのことが好きです。大好きです」
クローディアが、ニコラウスの体を抱きしめて言った。
「今度は、後悔のないように、自分の言葉で伝えますわ。――愛しているのです、ニコラ」
「……ああ。私もだよ、クロエ」
そう応える声があった。
ニコラウスが意識を取り戻したのだ。
そこで、無粋にも衛兵が駆けつけてくる。
「王族に魔法を使うとは、不敬罪だぞ」
手にした槍を、アビゲイルとベラに向ける。
「その二人は良い。私にかけられた魔法を解除してくれたのだ。それよりも、そこにいるエリカ=フランジパンを捕らえよ!」
「はっ!」
ニコラウスの言葉に、慌てて矛先を変える衛兵達。
しかし。
「――光よ」
まばゆい閃光が、あたりを包んだ。
エリカの光魔法が、その場にいる全員の目をくらませたのだ。
「ここまでのようね。まあ良いわ。私、クロエとニコラが本当に愛し合っているところが、このゲームの魅力の一つだと思っているのよね。さて、私は一番推しの隣国のシュナイゼル皇子を落としに行ってくるわね。それじゃあ、お幸せに」
クローディアの耳元で、エリカの声が聞こえた。
そして、閃光から立ち直った頃には、彼女の姿は舞踏会場から消えていた。
「皆、騒がせたな。先程の婚約破棄は、消えたエリカ=フランジパンの魔法によるものだった。改めて、私ニコラウス=マノンと、クローディア=デピスの婚約を確認して欲しい」
そうニコラウスは宣言した。
「ありがとう、クロエ。私も愛しているよ」
「ええ、ニコラ。嬉しいですわ」
そう言い合って、ニコラウスとクローディアは手を取り合った。
「よかったですわぁ。一時はどうなることかと思いましたが」
「はい。これでハッピーエンドです」
アビゲイルとベラも、顔を見合わせて笑顔を交わしたのだった。
「ニコラ。もしもの話、として聞いて欲しいんですけど。この世界が、小さな箱庭のような、起こることも全て決まっている絵本の中のような世界だとしたら、どうします?」
「なんだか難しい質問だね。私とクロエのラブストーリーかい?」
「そういう訳ではない、こともないような。わたくし達のことも全てお芝居のシナリオのように決まってしまっている世界だとしたら――」
「運命論みたいなものかな。……そうだね。成功も失敗も、努力も、得た物も、そうと決まっていたからと言われると全て価値のないもののように思えるかもしれないけど。それでも――」
「はい」
「それでも、私たちのやることは変わらないんじゃないかな。今と変わらず日々を生きていく。それだけだと思うな」
「わたくしも、そう思いますわ」
力強く頷き、クローディアは。
「変わらず、生きていきます。――ただし、悪役令嬢だったことだけは、反省いたしますわ」




