告白
「これで、三つの罪は回避できましたわね」
クローディア=デピスは、静かにそう言った。
「その他の行いも正しましたし、悪役令嬢も返上ですわぁ」
「ニコラウス殿下に嫌われる心配はないでしょう」
アビゲイル=ベグネ、ベラ=クベルドンも同意の言葉を続けた。
そして、いよいよ――。
再び、卒業記念の舞踏会当日――。
しかし。
つないだ腕は、乱暴に振り払われてしまった。
クローディアは、驚きと、冷たく湧き上がる嫌な予感に、その足を止めた。
その反動で、彼女のブロンドの髪と、身にまとった薄青のドレスが不安げに揺れた。表情を隠そうと広げた扇の奥で、碧い瞳が、離れゆく背中を追いかける。
「そんなはず、ありませんわ……」
その呟きは、本当はこれから起こることを予見しているかのように、弱々しく震えていた。
舞踏会の会場へと到着した早々、ニコラウス=マノンの腕は、乱暴にクローディアの腕を振り払ったのだった。
なんの説明もなく。
ニコラウスの背は、婚約者を置いたまま、歩みを進めてしまう。
思えば、クローディアを迎えに来た馬車の中でも、ニコラウスはどこか上の空でおかしな様子ではあったのだが。
「ニコラ――ニコラウス殿下」
耐えきれず、去ってしまう背中へと声をかけようとして、クローディアはその言葉を飲み込んでしまう。
彼女の視界に、鮮烈な赤いドレスが入ったからだ。
「ご機嫌よう、ニコラウス殿下。それに、クローディア様」
ドレスの主は、満面の笑顔で挨拶を口にした。
ピンクブロンドの髪に緑がかった色彩の瞳、真紅のドレスをまとった彼女は、エリカ=フランジパンだった。
「やあ、エリカ。今日のドレスも、そして君自身も素敵だね」
陶然とした声色で投げかけられるニコラウスの言葉が、クローディアの背筋を冷たくする。
「皆、少し聞いて欲しいことがある」
凛としたニコラウスの声が会場に響いた。
音楽は止まり、歓談は少しのざわめきを残して消えた。
ニコラウスの視線は、まっすぐにクローディアを射抜いていた。
そう、今、ニコラウスは、傍らにエリカを従え、クローディアへと向かい立っていた。
「私から、大事な話がある」
ニコラウスはそう声を響かせた。
「私、ニコラウス=マノンは、クローディア=デピスとの婚約を破棄する」
そして、そう宣言した。
その瞬間、エリカは笑みを深めた。
クローディアは絶句する他なかった。
「どうした? そうやって、無言で見つめ返せば事態が好転すると思っているのか?」
冷ややかなニコラウスの声に、しかしクローディアはすぐには言葉など返せないのだった。
婚約、破棄。
またしても。
「なぜですか? どうして婚約破棄など――」
「ここにいるエリカ嬢との関係における、一つの真実が理由だ」
重々しく、ニコラウスは言った。
「一つの真実?」
そのままを聞き返したクローディアに、ニコラウスは頷いた。
「エリカ=フランジパンを愛しているということだ」
ふらり、と。
クローディアは足元が揺らいだ気がして立ち直した。
「三つの罪を回避するために、わたくしは――わたくし達は、必死に一年間をやり直したと言うのに……。エリカ嬢を愛しているという、一つの真実だなんて」
つぶやくクローディア。
そう、呆然と婚約破棄を受け入れた前回とは違う。
この一年をやり直して、必死に身の振り方を見直して。
悪役令嬢だった行いを反省したのだ。
それに。
そう、わたくしは、一人ではありませんわ。
「そうですわぁ、クローディア様。今度こそ、勝手なもの言いを許してはなりませんわぁ。今のあなたは、一人ではありませんもの」
クローディアの左隣へと、アビゲイルが歩み出て言った。
「その通りです、クローディア様。ニコラウス殿下の様子がおかしいのは、光魔法による魅了の影響です。私の時魔法でなんとでもできます」
そして右側へは、ベラが歩み出て言った。
そう。
今回は、クローディアは一人ではないのだ。
「そうですわね。アビーにも、ベラにも、何度も助けていただきました。今度は、わたくしが覚悟を決める番ですわ」
クローディアは、決然と顔を上げると、一歩踏み出した。
「殿下、その婚約破棄、簡単にお受けする訳にはいきませんわ。お断りいたします。――ニコラ、お慕い申し上げておりますわ」




