双子の唄
エース様の様子がおかしい。
そう感じるようになったのは、実はここ最近の話だ。
以前に比べたら、格段によく笑うようになった。
アリス曰く、「まだまだへたくそ」な微笑みだったが、にこりともせず、かと言って怒るわけでもなく、ただ淡々と執務とお茶会を繰り返していた数ヶ月前よりは遥かに人間らしい。
「まぁ、良い傾向じゃない?」
報告書を出しに来たジュノの返答はこうだ。
「前みたいな鉄仮面よりさ、近寄りやすいしお堅いカンジは無いし」
「お堅い……」
若干ジト目になりつつ、ため息を吐く。
最近アリスと色々あったせいか、今日は割りときっちりパンツスーツを着込んでいる。
「ま、アリスのお陰じゃない?」
つい、押し黙った。
それは否定出来ない。
僕だって頭を過ったのだから。
エース様の事を考えると、隣でアリスが貶されながらも笑っている。
エース様もほのかに微笑っている。
アリスを、迎えるべきなのかもしれない。
国家の為に。
国家の未来の為に。
――エース様の為に。
彼女が笑うなら、国が穏やかに治まるなら。
「ま、あたしはどうだって良いけど」
「……お前な……」
「アンタが決める事でも無いでしょうが」
「………」
正論だ。
僕は黙ったまま、手を振った。
今日の城は、久しぶりに静けさの中にある。
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歌が聞こえた。酷く陽気で喧しい。
楽しい楽しい恋の歌。
貴方に出会えて幸せよ
薔薇の植木が咲いた日に私は貴方に恋をした。
「…どうにかならんのか」
「どうって、なんでしょうか」
「ご用は執事様をお通しくださーい」
「…カノンは仕事中だ」
妙に癪に障る奴等だ。
アリスが城に現れた辺りにやって来た宮殿音楽家「ツインクロー」。
世界を又にかけ、宮殿を尋ねては、「天使の歌声」と称される歌声を披露し、旅をする年齢不詳の双子だ。
何故かは知らんがいたくここが気に入ったらしく、長いこと居座っている。
全く、アリスにしろ双子にしろ、どうしてここは変人が居座るのだろうか。
再び歌い出した双子の片割れ。
赤いベレー帽を被ったチズの高音が響く。
青いベレー帽のロイのウ゛ァイオリンが歌声に寄り添う
今度は賛賞歌か。
こいつ等のレパートリーはさぞ膨大な量なのだろう。
その中には、鎮魂歌も入っているのだろうか。
ふと思って、考えを打ち消した。
今となっては居場所も分からない者に捧げる鎮魂歌と言うのも虚しいものだ。
「双子」
「「なんでしょーか?女王様」」
「バラードを、歌って欲しい」
双子は(普段からだが)愉快そうに笑って、顔を見合わせた。
「バラードだって」「バラードだって」
「「リクエストはいかが?」」
「いや、任せる」
近くにあった椅子に腰を下ろして、ついでに双子にも座るよう視線で促したが、二人は曖昧に笑うだけ。
「何にしよう?」「何にしよう?」
「恋の歌?」「栄光の歌?」
「悲しい歌?」「楽しい歌?」
「「さて、どうしようか」」
くすくすと笑い出した双子は、どうやら精神の成長を途中で投げ棄ててきたようだ。
大人びているとしたら社会人一歩手前の成人、童顔だとしても高等教育中の学生にしか見えないのに、笑い声はまるで初等教育中の子供のそれだ。
背もアリスといい勝負だが、態度や振る舞いは下手をすればアリスより幼い。
それでいて、目の奥の光は時々達観にも似た年不相応な色をする。
全く、訳のわからない双子だ。
ただ、何処と無くアリスと似ている気もする。
だからだろうか。
最近アリスが双子を巻き込んでカノンのため息の種を増やしているのは。
「それでは、敬愛なる女王様の為に」
「「『青い月夜の契り』」」
ロイのウ゛ァイオリンが繊細な旋律を奏で始める。
二人が一斉に赤い唇を開けば、高音と低音が絡まり、響き、ゆったりと物語が始まる。
私はそっと目を伏せ、最近聞き慣れた歌声に耳を傾けた。
鎮魂歌は、また今度です。
父上、母上。