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Alice,  作者: 清瀬 柚李
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What is this hart?

穏やかな朝だった。

海こそ無いが天候に恵まれた小高い山の上から(ふもと)までを覆うように存在する国だけに風通しはいい。


故に朝から爽やかな風が窓を抜けて髪を乱す。


小さく二酸化炭素を吐き出しながらちらりと未だに眠りこける旅人を盗み見る。


いっそ無邪気なほど呑気に私のベッドを占領するこいつ。

元はと言えば、ふらりと現れ一方的に世間話をしてきたアリスを無視して仕事を進めていた所、いつの間にか眠りについていたのを

わざわざ叩き起こしてカノンに引き渡すのも面倒だと放って置いた結果だ。

完全に私の誤算だ。

そのまま居座られた。

私は眠れそうに無いから別に良いのだか、カノンが煩く言うのは困る。


普段から割りと裏で糸を引いているのはカノンだ。

国家の軍隊やら警察やらをまとめ、指示するのも

隣国との会議やら立食会やらのスケジュール調整やらもカノンがこなしている。


カノンは私よりずっと優秀な人材だ。

私に何があった時は、カノンに後を頼んである。


少しばかり複雑な――もしかしたら悲しい――顔で、それでも「御意」の一言をくれたカノンを私は誰よりも信頼している。

同時に誰よりも苦労は掛けたくない相手だ。


できればアリスを客間か何かに入れておきたいのだが、カノンに全力で止められた。

私は女王だ。

私は私の意見を通せば逆らえる者はいない。


メイドだろうが、隣国の王だろうが。

しかし、アリスを城に居座らせているのは私の我が儘だ。


そう言う意味ではカノンに一つ借りがある。


だから一つだけ、カノンには逆らえない。


全く。これじゃどちらが主か分からない。


私は、なんと我が儘な奴だろう。


「エース様は我が儘なんかじゃないよ」

「!?」


驚いて振り返れば、アリスが俯せに頬杖をついていた。


「…アリスか」

「おはよ」


ふわぁ、と欠伸を噛み殺す様は平和その物。

しかし猫科の動物にも見える。


「エース様は我が儘なんかじゃないよ。

君が我が儘だと言うなら僕は何?って話になるよ」

「貴様は…傍若無人だ」

「旅人だからね」


優しい人には意地悪したくなるのさ。


くすくすと笑いを溢す。


「それがどうした」

「ありゃ。冷たい」


ぷぅ、と効果音が着きそうな程頬を膨らませる。

実に可愛らしい仕草だ。

年相応の子供時代にやるならば。


「貴様、歳を考えられないのか」

「そんな些細な事に捕らわれてちゃ何も見えないよ」

「人として必要最低限な範囲だと思うが」

「まぁ、そうなっちゃいますか」

「私が正常で貴様が異常だ」

「あらら、手厳しい」

「それは失礼」


最近習慣と化してきた軽口も日に日に時間が延びている。

私はこんなにもお喋りな奴だっただろうか。


今度カノンにでも聞いてみるとする。


「エース様は我が儘なんかじゃないよ」


本日3度目になるフレーズ。

戯言にしても聞き飽きる。


「君が我が儘だと言うなら、カノンだって我が儘だ。

ジュノも、僕も」

「…アリス、しつこいぞ」

「だって、ヒトだろう?」

「…はぁ?」

「ヒトは我が儘だ。

ヒトは勝手だ。

ヒトは自由だ」


私はとうとう押し黙った。

こいつはまだ寝ぼけているのだろうか。


「カノンも然り(しかり)、君も然り、ジュノも僕も。

でもね、それはヒトだからだ。

ヒトは皆同じように我が儘だ。

問題はそれをどう表現するかって事と結果にある。

それに似た結果で満足するか、その通りで満足するか、それ以上で満足するか。

それは願望によって違うかもしれないけど、君とカノンは似てる」


顔は実に真剣だ。

いっそ、恐ろしい程に。

正気らしい。


「…何が言いたい」

「君もカノンも、遠慮しすぎって事ー」

「私は女王だ。

女王が好き勝手してどうする。国を崩壊させる気か。

第一、革命によって終わるようでは先祖に顔向け出来ぬ。

私は誇り高き『王族の継承者(ロイヤル)』だ。

…無様な終わり方は出来ない」

「それが君の持論ね」


何処か憂いを帯びたため息と一つ吐いて、体を起こす。


「さてと。そろそろ執事クンが来るね」

「…もうそんな時間か」


また何時ものように隙の無い着こなしでカノンが朝から盛大にため息を吐くのだろう。

2度、ノックが聞こえた。


―――――――――――

本日も晴れ。

エース様は珍しく仕事を中断してファッション雑誌を読んでいた。

何事にも休憩は必要だ。

エース様は根を詰めすぎていつ体を壊してしまうか心配だった。

不満なんて無い。

実にいい傾向だと思う。


もともとなのか、あまり睡眠時間を必要としない体質をフル活用して一日中仕事を続けてしまうのはあまり変わらないが、稀に休憩を挟むようになったのも影にアリスの存在がある。


「カノン」

「はい、いかが致しましたか?」

「…買い物に付き合え」

「御意。……は?」

「なんだ」


習慣で御意と即答してしまったが。

失礼だが、聞き直す。


「エース様。…お買い物、ですか?」

「買い物だ。何が問題があるか」

「いえ、失礼致しました」


珍しいので、とは言わない。

エース様だって僕の一つ上とはいえ、年若い女性だ。

ファッションや美容に興味を持ってもおかしくない。


「でしたら、ジュノを連れていってはいかがでしょう。

僕よりは何かと詳しいかと」

「そうか。…どちらも付いてこい」

「……」

「いいな」

「…御意」


さて。明日は雨が降るぞ。



昨日仕事から帰ってきたジュノの部屋は静かだった。

寝ているのだろうか。


国家特殊捜査官たる彼女は実に不規則な生活をしている。

それでも崩れる事を知らない美貌とスタイルは「魔女」と呼んでも過言ではないだろう。


「ジュノ、いるか。ジュノー」


ドンドンと遠慮無くドアを叩きながら少し声を張り上げる。


寝起きの悪さは昔からだ。


「ジュノー起きろー。話があるー」

「なんか間抜けだよ、執事サマ」


背後から現れる。

…そりゃ反則だ。ちょっと恥ずかしいぞ。


「…なんだ。風呂上がりか?

部屋にもあるだろうが」

「壊れちゃってー。

前にも言ったのにどっかのケチケチ執事サマのお陰で最近は大浴場よ」

「…今度シャワーが届く、と前に言わなかったか?」

「え、うっそ。ホント?やったー!

あたし純銀がいい」

「赤でも金でもいいが、とりあえず片付けろ。業者も入れない」

「じゃあ、カノン手伝ってよ」

「はぁ?僕だって忙しいんだぞ」

「あたしだって忙しいわよ」

「今日は非番だろうが。さっさと片付けろ、馬鹿猫」

「無理っつってんの。聞こえない?イイコぶりっこ執事サマ」


ため息。

これ以上相手にしても疲れるだけだ。


「…で。用件だが」

「なによ。もうおしまい?」

「お前と言い合いをしてても時間が無駄になるだけだ。

また今度時間さえあれば、やぶさかでも無いが」

「ふぅん?」

「なんだその目は」

「いやぁ?べっつにぃ?」


にやにやと、女としていけない類いの笑みを浮かべる。


「…まぁいい。

エース様が買い物にお出掛けになる。付き添え」

「えー?護衛ぃ?アンタで出来るでしょ?」

「いや、違う。

僕は護衛だとしても最近の若者のセンスは分からない」

「さっすが仕事人間」

「煩い。そこで、だ。エース様に付いて色々と指導して差し上げろ」

「よーするにぃ、エースが色気付いて服やら何やらを仕立て直したいけどアンタじゃ役不足だからあたし直々にアドバイスしろ、って訳ね?」

「なんだその一々突っ掛かる言い種は」

「あら?執事サマは神経質なのね」

「……。とにかく、頼む」

「はいはい。了解よ。ちょっと待ってなさい、着替えてきてやるから」

「はぁ?…ったく」

「レディをエスコートして下さらないの?」

「お待ちしております、マイレディ」


くすりと笑みを溢して消えていくジュノを見送って約10分。

ようやく出てきたジュノは白い細身のワンピースに黒い七分丈のジャケット。

赤い華奢なハイヒールのストラップが絡む足首の細さを強調する。

これなら、エース様を任せても大丈夫だろう。


「お手をどうぞ?レディ」

「よろしい」


少しおどけた様にエスコートを受け入れたジュノの手を引いて、エース様の待つ馬車へ向かった。



「だぁかぁら、アンタじゃそのサイズはお召しになれないってば」

「何故だ。裾くらい、少し引き摺ってもがいいだろう」

「違いまーす。身長の問題じゃあなくて、胸の問題デス、む ね の。お分かり?」

「…胸だと?私は胸が無いとでも言うのか?」

「言いますよ。アンタちゃんと召し上がってる訳?」

「食事はきちんと出してる」

「アンタには聞いてませんよ執事サマ。

「……」


某服屋。もといショップ。


城外と言うことで一応敬語を使うが、ジュノの敬語は微妙だ。

もう一度教育し直されてしまえ。


部下の無礼は王国の信頼に関わる。

マナー、言葉遣い、立ち振舞いから雰囲気まで。

あのマリーでさえ一歩城から出れば世間的には立派な淑女だ。

立派な紳士、淑女が集まって、自らを磨きあげて初めてロイアルに仕える権利を持つ。

ジュノも例に漏れず、上の上以上の訓練を受けてきている。


敬愛なる家庭教師マダム・アングレは、さぞ苦労なさっただろう。

今考えても頭か下がる限りだ。



僕はぼんやりと眺めていた。



薄桃の二段重ねのワンピースに、同系色で低いヒールが柔らかく優しい印象の靴。

頭にやや大きめな白い帽子を被り、三面鏡を覗いている。

少し恥ずかしそうに、でも何処か不満なのか表情は晴れない。

エース様だ。


後ろをジュノが通っても気付かないらしい。


一度素通りした。ちらりとエース様を振り返り、暫し停止。

一度店内を見渡して、側にあった装飾品であろう天井からカーブを描き吊り下げられたレースのリボンに手を掛け、店員が静止をかける前にそれを引き千切った。

ぽかん、とする店員に何か囁いて、品定めをする。

赤面した店員がそそくさとレジへと戻るあたり、何か外道な手口だ。


その不純な経緯を経た純粋な白のリボンは繊細なレースで構成された目にも柔らかな素材。


それを無情にも所々引き裂いて、穴を広げていくのだから店主は目を剥いた。


まぁ、こういう奴だから、僕は気にしないけど。


赤い薔薇の茎を爪の先で潰していく。

一つひとつ丁寧に繊維が殺されていく音がする。


染み出た液を拭き取り、2、3本リボンに通してエース様の防止に緩く結び付ける。


白い帽子にふわふわのリボン。それに映える赤と緑。


エース様が振り返り、ジュノが優しく微笑むフリ。


一見仲の良い姉妹にも見えるだろうが、エース様の方が一つか二つばかり年上だ。


エース様が華奢で、小さく、無知すぎるのか。

ジュノが華奢だが発達が良く、博識なのか。


多分両者だ。


その証拠に、ジュノを淡々と諭すエース様の姿は王家の気品があるし、ジュノは叱られた子供のようにげんなりとしている。


そろそろ止めないと、自称「仕事明けで疲れた体を労れること無く引っ張られてきたにもかかわらず、女王の服を見立てる健気な国家公務員」が拗ねる。


報告書も出ていないのだから、まだ仕事は終わってない。


「エース様、ジュノ。服が決まったのなら、お支払を」


いくら女王とはいえ、常識は守って頂こう。



「後は二人で回るから」


の一言で、僕は城に帰された。


正確には、エース様の

「カノン。アリスが暴れる前に押さえろ。戻れ」

がとどめになった。


一応ジュノが付いてるとはいえ、何があるか分からない、と食い下がったが、

「命令だ。カノン、戻れ」

には勝てない。


独り寂しく馬車に乗っている。


ため息を吐く度に、幸せが逃げますよ、とからかわれたが、今はそれも無い。


待たされるのに慣れた、気の長い馬車乗りにもいい加減飽きられるくらい、ため息を吐いていたらしい。


陽気な歌が聞こえる。

でもそれに反して僕の心は、まるで鎮魂歌だ。


獅子は子供を奈落の底に突き落とす。


昔、遠い国の人は言った。


父様、母様。

落とすべき僕は、獅子の子を手放せそうにありません。



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