ラビット・ドリーム
懐かしい夢を見た。
昔の夢だ。
僕とジュノは6歳の頃、城に引き取られた。
別々の孤児院で育った僕等は名目上マリア様の遊び相手として城に呼ばれたのだが、後に僕は執事に、ジュノは諜報員になるために呼ばれたのだと後に知った。
怪盗団Cip・Catsの生き残り、ジュノは身軽でずる賢く、そして何より可愛かった(その頃は、可愛かった)から、諜報員に選ばれるのも納得がいった。
だけど、どうして僕が、と疑問に思い、疑心暗鬼になった時期があった。
前置きが長くなったが、その頃の夢だ。
幼い僕が泣きべそをかきながら王女様に問う。
どうして僕なんですか。
ぼくは生まれてきてはいけない子で、いみごで、みんなふこうになっちゃうのに。と。
王女様は僕の頭を撫でながら抱き締めてくださる。
あなただからですよ。
あなたは優しい子。あなたは聡明な子。
あなたは、あなたはとても―――。
そうおっしゃって、王女様は美しく優しく、まるで聖母の様に微笑んだ。
気に当てられたみたいにぼぉ、っと見とれた僕に微笑んで、ほら、お待ちかねですよ、と王女様はドアを優雅なしぐさで指した。
その指の指す先には、幼いマリア様とまだ髪の短いジュノが部屋を覗き込んでいた。
手にはトランプが握られていて、マリア様は僕を手招きする。
王女様を振り返ると穏やかに笑っていらいて、小さく頷かれた。
僕は酷く嬉しくなって、幸せな気がして、泣きたいような笑いたいような気持ちで二人に駆け寄った。
差し出された手を握る為に手を伸ばして、手を、伸ばして―――。
目が覚めた。
夢の続きの様に穏やかな気持ちで、ぼんやりと白い天井を見上げる。
なんとなく薄く息をはいて、瞬きをして頭を覚醒させる。
どうしてあんな夢を見たんだろうか。
霞がかかったような意識が覚めていくにつれて、僕は心に黒いシミがじわり、と広がっていく様な錯覚を覚えた。
乾ききっていない絵の具の上にナフキンを広げた時に似ている。
僕はジュノを利用した。
ジュノの手を汚させて、僕は何ひとつしていない。
誇り高きChip・Catsの教えを破らせて、この国を守ろうとしている。
「――っ…」
歯ぎしりをしたって、後悔したって、僕がやらせた事には変わり無いのだ。
きっとジュノは笑う。
何言ってんのよ、と笑う。
何でもない風に笑って全て隠してしまう。
その闇を救えるのは、僕じゃ、無い。
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此れは、とある国家の超重要機密である。
女王エース(王女マリア)はある旅人を待ち続けていた。
旅人の名はアリス。アリスを失ったエースは眠らせていた人格を甦らせ、王女マリアと成り果てる。
これで継承式の謎は解かれたも同然。
国政に疎いマリアの変わりに、執事のカノンが国の実権を握ってはいるが、その力は長く国を治めてきたロイヤル・ファミリーの存在あってこその物。
ロイヤル・ファミリーの血を引かないカノンでは十二分の力は発揮できない。
そして生まれる綻びは、美しい諜報員が繕っている。
時に血を浴び、時に色を纏い、時に人の道を外れて。
表向き女王エースの治める小さな国は、実はハリボテで繕われた危うい均衡によって動かされていたのだ。
…あの国と永久休戦同盟を組んでいる貴国にもいい話がある。
私の様な半端者をかくまってくれたほんの礼だと思ってくれていい。
あの国は高い技術をいくつも持っている。それさえ手に入れれば、貴国の世界征服も夢ではない。
考えてもみろ。
貴国が同盟を組んだ相手は誰だ?
…そう、女王エースだ。
だが今あの国を治めているのは誰だ?そう、執事だ。
それに、今や女王エースはいない。いるのは、
…いるのは、世間知らずのお人好し。箱入り娘の、マリアだ。
目の前の相手は、細い目を更に細め、低く笑った。