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Alice,  作者: 清瀬 柚李
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ウェルカム

酷く体が重かった。

羽織った真っ黒なフード付きのマントの裾から見え隠れするミリタリーブーツの爪先ばかり見つめていた気がする。


白み始めた空は薄暗くて、中途半端にあたしの姿を闇の中に隠している気がした。まぁ、そんな事はあり得ないのだけど。


ずいぶん前に入国した筈なのに、城は一向に近づく気配が無い。


ゆらゆらと揺れる蜃気楼の様で、まるで幻の様に綺麗だった。


…だいたい、丘の上にある事自体は間違いなのよ。

車ならすぐかもしれないけど、歩いて登るのはなかなか骨が折れるんだから。ちったぁ考えたらどうなの?


八つ当たりの様に考えながら(実際口にだしていたかもしれない)、それでも一歩一歩踏みしめる度にあたしの顔はジンジンと傷んだ。


イーズを追う間に負った怪我は顔面に食らった肘うちの一発で、乱射した弾はズボンのとマントの裾を貫いただけだった。


足に当たっていたら間違いなくあたしはイーズを取り逃していた。

否、イーズは生き延びて、あたしは死んでいたかもしれない。


エース(今はマリアだっけ)やカノンはあたしに処罰を与えようとするとは思えない。


二人は救い用の無い甘ちゃんだから。


でも議会は違う。

王族の下にいながらにして王族に意見出来るだけの権力を持った議会は、間違いなくあたしをクビにする。


国家公務員をクビになるならいい。

でも、人をクビになるワケにはいかない。


イーズは間違いなく何かを掴んでいた。

だからコックを辞めて、国を出ようとした。


あたしは無意識に唇を噛む。


これは本当に正しい選択だったの?


イーズが逃げ延びて、自国に帰ったとする。

彼が愛しそうに語る奥さんの元に帰って、二人は幸せに暮らす。


諜報員なら機密を流す。


それが有益なら使わない手は無い。こんな小さな国、簡単に攻め込まれる。


それを火種に革命派が動き出したなら。

マリアとカノンは確実に殺される。


そんな未来は見たくない。


あたしはそんな理由で奥さん思いの彼を殺した。


でも、国が征服されたら国民はみんな捕虜だ。

どんな仕打ちを受けるかわからない。


ぐるぐる。


ぐるぐる。


ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。


あぁ、駄目だ。

思考なんて纏まらない。


吐き出しそう。

弱音とか、弱味とか、恨みとか、つらみとか、思い出とか、いろいろ、いろいろ、「ジュノ嬢?」


「……え、」


真っ黒なコートが目に入った。

大きな鞄を提げて、帽子を目深に被って、低い声であたしの名前を呼んだ。


「……ハーノ、ベル…」

「何があった?出血が酷いぞ」


主に顔の、と付け足す。


カノン相手にするのと態度が違いすぎない?とか、なんでこんな時間にいんの?とか、色々言いたいことはあったけど。


「…痛い、わ」


どうでもいいわ。


「慰めてよ」


***********************

ジュノが帰還したのは夕暮れだった。


昨日の夜に城を出て、夜が明けて、それでも帰ってこないジュノに何かあったんじゃないか、と考えては心臓を握り潰される様な感覚に苛まれていたのだけど、それは杞憂で済んだようだった。


足取りこそ重いが、特に怪我は無いらしい。


ほっ、と息を吐くと無意識に頬が緩んだ。


「ジュノ」


フードを目深に被ったジュノは僕の声で足を止めた。


おもむろにフードを取ると、あら、と呟いた。


対照的に、僕は息を呑んだ。


ジュノの顔には半分を覆い隠す程のガーゼが貼られていた。


「…あぁ、これ?

帰りにハーノ=ベルに会ったのよ」

「…ハーノ=ベル?」

「そー。アイツ城下に住んでるのねー。

家が近いから、って誘われてね、シャワー借りて、手当てして貰って、ついでに一杯引っかけて来たのよ」


遅くなりましたー、とふざけるジュノはまるでいつも通りだ。


よく見れば、頬が僅かに赤い。


「酔ってるのか…」


はぁぁあ……と深くため息を吐くとけらけらとジュノが笑った。


「まぁねー。

大丈夫よ、仕事はこなしたわ」


ほら、と差し出された紙に急に現実に引き戻された。


そうだ、ジュノは、人を。

教えを、裏切って。


「言っておくけど」


酔っぱらいの癖に凛とした声でジュノが僕の思考を制した。


「猫はもういないの。

確かにあたしの中にはいるけど、生き続けるけど。

猫はもういないのよ」


空気に呑まれて立ち尽くす僕に笑いかけて、ジュノはいつも通りの声で言葉を紡ぐ。


「もういいかしらー?

そろそろ寝たいんだけど」

「…あぁ。御苦労様」


有り難き幸せ、と茶化したジュノは僕の横を通りすぎていった。


一纏めにした髪からは知らないシャンプーの臭いがした。


ぽん、と肩口に押し付けられた紙は飛行機の設計図と信じられない額の領収書だった。


「……単価の高い酒ばっか飲みやがって……」


僕の嘆きは届かない。



***********************

マリアは上機嫌だった。


朝はすっきりと目覚め、天気も快晴。

素晴らしい日だ。


鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りダイニングへ向かう途中、マリアは微かな話し声に足を止めた。


辺りを見回すと、ちょうど中央階段の辺りでカノンとジュノが何やら話していた。


世間話、もしくは幼馴染み故の軽い悪態の応酬とはまた雰囲気が違っていた。


何か暗く、重い。


ジュノが笑った。

美女が笑うのだから、美しい笑みなのだが、いつものような明るさは無い。


何か薄暗く、怪しい色香の様なものを纏った、遊女の様な笑みだった。


マリアは小鳥の様に首を傾げる。


ジュノはあんな笑い方をする娘だったかしら?


失恋でもしてしまったのだろうか?


「それなら、話を聞けばいいんだわ」


そして励まして、新しい恋を応援しよう。


恋はいつになっても出来るけど、乙女の命は短いから。


最近読んだ雑誌の受け売りを呟いて、マリアは笑みを浮かべる。


しかし、ジュノは歩いて行ってしまった。


残されたカノンはカノンで押し付けられた書類を握りしめ呆然と立ち尽くし、ジュノの背中を見つめている。


その表情は酷く悲しげで、何か大切な物を無くしてしまった時のそれによく似ていた。



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