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Alice,  作者: 清瀬 柚李
11/18

鐘・ベル・Bell

流血・銃撃・崩壊、ご注意下さい。

苦情は一切受け付けませんので、自己責任でご覧下さい。

凄まじい音が響き、僕は肩を竦める。

もういい加減うんざりしてきた。


「執事さん、どうぞ」

「…どうも」


爆発騒ぎのあった南の居酒屋の女将であろう女性の差し出したブランデーを一気に煽り、ため息を吐いた。


爆発騒ぎ、と言う通報を受け来たがいざ話を聞いてみれば実に脱力する話だった。


始まりはさっきブランデーを出してくれた女将さん。

要約すると届いた荷物を火の近くに置いて店の準備をしていた結果、中身の爆竹に火が付いたらしい。

差出人は店主でもある旦那さん。

爆竹は誕生日のサプライズパーティーの材料で買い集めた物。


爆発した爆竹はキッチンで暴れ、慌てた客が通報した。と、言うことらしい


何故僕が呼ばれたのか。

それは正直僕自身にも分からない。


二杯目のブランデーを飲み干すとため息が溢れた。


今目の前では二人の男が取っ組み合いの喧嘩をしている。


止めた方がいいのかもしれないが、脱力感と若干の苛立ちが僕の腰を重くしている。


自棄になっていたのかもしれない。


三杯目のブランデーを仰り、深いため息と共に僕は手を叩く。


「はいはいはい、いい加減大人しく話し合ってくださいよー。

いい大人がたかが痴話喧嘩で殴り合いなんて恥ずかしいでしょう?」


**********************

テラスに風が吹き抜けた。

芳醇な薔薇の香りがエースを包んだ。


「エース様」

「…アリスか」

「ふふ。ここ、風が気持ちいいね」

「だろう?

私の好きな場所だ」


猫の様に伸びをしたアリスが手摺に寄りかり、目を細めた。


テラスから国が一望出来る。

城の周りを囲う城壁とその中の薔薇園、活気のある城下町、酒場、そして隣国。


「いい景色だね」

「山の上だからな。

…美しいだろう?」

「本当…美しい国だね」


ふわり、と笑みを浮かべたアリスの髪を風が掻き上げる。


「…アリス」

「んー?」


手摺に体を預けて組んだ腕の上に頭を乗せたアリスが気だるげな返事を返した。


暖かい日の光を照り返す髪がキラキラと輝いた。


「…この国が好きか?」

「好きだよ。

前に話したと思うけど、僕は美しい女王とお茶をするのがが好きなんだ」

「…もしも、カノンも賛同したなら。

例えばだぞ?

もしもカノンが賛同して、なおかつお前が望むなら、もう少しここにいてもいい」

「…ここに?」

「ああ。移住したっていい。職は私が見繕う」

「本当?」

「ああ」


きょとんとした後、アリスは柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとう」


いつもに比べ饒舌なエースは、アリスから目を反らした。


例えばの話だぞ、と付け足して息をはく。

刹那、アリスが大きく背を反らした。


一瞬遅れて石畳に硬い物が当たった。


「アリス?」

「…エース様、走れる?」

「…はぁ?」

「とりあえず、ヒールは脱いで」

「アリス?」


「敵襲だ」


エースは目を見開いた。

カノンに指示を出そうとして、その声は喉の奥で不発に終わった。


カノンは南の酒場に行ったきり、まだ戻っていない。


唇を噛んで苦い顔をしたエースは赤いヒールを脱いで、凛とした顔でアリスを睨む勢いで顔をあげた。


「中央指令室だ。

カノンに代わり全軍に指示を出す」

「りょーかい」


アリスはエースの手をとって走り出した。


二人の間を鉛玉がすり抜けていく。

その何発かがエースのドレスを貫通してズタズタに切り裂いていた。

アリスを掠めた弾丸はそのまま窓ガラスを突き破り、破片が散った。


中央間の扉を開いた瞬間、召し使い達が驚いた様子でボロボロの二人を見た。


そして弾丸が飛び込んできた途端、大混乱に陥った。


蜘蛛の子を散らした様に逃げていく召し使いの中には流れ弾に当たり倒れる者もいた。


紅薔薇の美しい城が赤い血で染まっていく。


エースはその中を絶望的な思いで走り抜けた。




**********************

通信端末に着信があった。

「はい」

『カノン様っ』

「どうした?落ち着いて話しなさい」

『はい、メイドのマリー、ですっ。

て、敵襲なんですっ』

「……敵襲ッ!?」


僕が倒した椅子がガタンッと音をたてた。


会計を済ませて車に飛び乗る。

この際飲酒運転だとかそう言うことは気にしていられない。


「…エース様…ッ」


嫌な汗が背中を伝った。


**********************

銃声が聞こえた。


徹夜明けでもそれだけで覚醒するあたしのの体に密かに感謝した。


「物騒ねー全く」

執事サマは何やってるのかしら。


髪を掻き上げて愛銃に口付けを落とす。

弾が全て詰まっている事を確認してドアに背を付ける。


「1、2、3」


スリーカウントで外へ飛び出す。


腰溜めの体制で構え、油断無く辺りを見渡す。


血の匂いが鼻を突いた。


「かくれんぼは終わりにしよーぜアース」

「そうだ、俺達友達だったよなァ?」


酒で潰れた声、ダミ声。


聞こえた声は二人。

でも足音は、8人。


手口から見て素人じゃない。

多分おてんとうさんより闇を好むヤツ等。


盗賊よりも下劣で汚いヤツ等。


それにしても、


「アースって、誰よ…」


つい、呟いていた。


「誰だッ!?」


別の声。

気付かれたらしい。


舌打ちをして廊下へ飛び出す。

殺してはいけない。

あくまで自己防衛の為にだけ発泡は許可されているから。


それが世界基準。


相手は8人。

拳銃は10丁。


急所は外して腿との辺りを狙う。


一人。


「ぐぁぁああっ!!」


二人。


「ぅあぁあっ!」


三人。


「ぎゃああっ!!」


四に、


「ジュノ様ッ!」

「ッ!?」


背後から爆発音。

弾丸が風を切る音。

誰かの足音。

ぬくもり。

悲鳴。

生暖かい液体。


あたしの隣に落ちたのは、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた、


「……マリー…?」


何処と無く姉さんに似た、優しくて可愛いあたしのメイド。


「マリィィィイイッ!!」


背中から血がドクドクと。

細い息が頼りない。

青ざめていく顔。

血の香り。

いや。

いや。いや。いや。いや。いや。


「いやぁぁぁあああッ!!!」


そこから先は、もう記憶が無くて、気が付いたら、あたしはただ呆然とマリーの冷たい体を抱いて優雅な鐘の音の中、血の海にへたり込んでいた。


**********************

足がズキズキと痛む。

ガラスを踏んだらしく、所々赤い足跡が出来ていた。

アリスも私も荒い息で、ただしアリスはフラフラと立ち上がり、私はだらしなく座り込んだ。


中央指令室から出てくるメイドを確認したアリスが私の手を引いて駆け込んだのは私の寝室だった。


吐息ひとつで息を整えてしまうアリスは伊達に旅人では無いことを実感させた。


漆黒のロングコートを羽織り、帽子を被ったアリスが早口に囁いた。


「エース様、巻き込んじゃってごめんなさい」

「何、なんだっ、…奴等は」

「僕を追ってきたんだ。狙いは僕だ」

「アリス…」

「これ以上エース様を巻き込む訳にはいかないね。

いい?執事クンが迎えにくるまで絶対に部屋から出ちゃ駄目だよ?」

「何を…ッ」


ふわりと目をすがめたアリスが私の手を取り、口付けを落とした。


「エース様、僕はこの国が、この城が、貴女が大好きです」

「アリス…」

「きっと、帰ってくるよ。

全てを終わらせたら」

「全て…?」

「そう、全て。

貴女に迷惑はかけないよ。

…散々お世話になって来たんだ、せめて貴女だけでも守っていくよ」

「………」

「エース様」


どうかお元気で。


ふっ、と一瞬アリスの匂いに包まれ、直ぐに冷たい風が通っていった。


ドアを開けたアリスが外に銃弾を撃ち込んで、様々な音がした。


にっこりと笑ったアリスは窓を押し開け、窓枠へ足をかけ、宙へ身を踊らせた。


コートが風を孕んで吹き上がり、まるで羽のように翻った。


そのまま墜ちていくアリスはまるでスローモーションのようだった。


私はただ、座り込んだまま長い間動けずにいた。


午後を告げる鐘を遠くに聞きながら。

**********************

中央間まで来ると濃厚な血の匂いがした。

思わず顔をしかめてしまう。


絶え間なく続く銃声。

珍しくジュノも苦戦しているらしい。


無駄に派手な通信端末へ連絡を入れたが返事は無かった。

おそらく交戦中だと判断し、それ以上連絡は入れなかったのは正しかったようだ。


孤児のジュノは身軽な体を買われ国家特殊公務員への道を歩く事になった。


同じ特殊公務員として、幼い頃から共に訓練を積んできた。


特に戦闘工作員も兼ねるジュノは軍の訓練に混じり、生傷が絶えなかった。


だがそれ故にジュノの戦闘能力は、元々持ち合わせていた戦闘センスと相まって、僕の力も超える。


信頼のおける相棒だ。


艶消しの銃身を指先でなぞり、ジュノに加勢すべく僕は血染めの廊下を駆けた。



そして僕は息を呑む。



まず絶え間なく続く銃声の原因がジュノであった事。


その足元に転がったメイドがついさっきまで会話をしていたマリーである事。


そしてジュノの目が今まで見たことのない色をしていた事。


見たことのない、暗い色。


「ジュノッ!!」


胸一杯に吸い込んだ空気を使い切る勢いで叫んだ。


僕の声は届かない。


倒れた三人の、おそらくマリーの言う敵襲の犯人である男達に息はない。


それでもジュノは発砲を続けていた。


無表情に、機械的に、無感情に引金を引き続ける。


弾が無くなれば、再び充填して、撃つ。


「ジュノ、止めろ。ジュノ…ッ」


憎しみで冷えきった瞳。


「ジュノ」


赤毛をさらに赤く染める血。


「ジュノ、」


血濡れのマリー。


「止めろ」


後ろから右腕を掴んだ。

しかしその腕の一振りで手を振り払われ、


「っ…、」


腹部に強烈な肘打ちを喰らう。

男顔負けの怪力をもろに受けて息を詰まらせていると、額に硬い物が突き付けられた。


「邪魔しないでよ。あたし達今オタノシミ中なの」

「銃を下ろせ、ジュノ」

「二回目はいくらアンタでも許さないわ。

大人しく見ていて」

「銃を下ろすんだ、ジュノ」

「相変わらず聞き分けのない堅物ね。

その石頭に穴開けて柔らかくしてやろーか?ん?」

「銃を下ろせと言っている!

聞こえないか!?ジュノ・ウィリッシュ」


限りなく狂気に近い色をしていたジュノの目が大きく揺れる。


ジュノ・ウィリッシュ。

ジュノの本当の名であり、最高機密。

ジュノをそう呼ぶのはかの鬼教官くらいだ。


トラウマを利用するのはいささか罪悪感に苛まれるが、緊急事態である今、そんな事を気にしている暇はない。


銃身を鷲掴みにして銃口を下へ向けさせる。


そのまま銃を強く引いて体を傾けさせつつ足を払う。


目を丸くしたジュノの首筋に手刀を叩きつけた。


一瞬意識を飛ばしかけたが直ぐに足を踏ん張り頭を振って覚醒を試みる。


「甘かったか…」


教わった通りの対処法が素直に実行される。

僕には無い、綺麗で潔癖な戦い方。


故に次も読みやすい。


鋭い視線が僕を射抜き、拳が顎を狙い飛んでくる。


それをバックステップでかわし大きく踏み込んで無防備な腹部へ。


みぞおちに重めの一発。

…跡が残らないといいが。


大きく見開いた目が揺れていた。


急速に脱力し始めた体をそっと支える。

溢れ落ちた一粒の涙がジュノの心を物語る。


ズタズタにされた男達、血濡れのマリー、背後に倒れる比較的綺麗なトレンチコートの男。


だいたい状況は読めた。


マリーを殺したのはトレンチコートの男であって、哀れな死体は逆上したジュノに八つ当たりを受けただけだ。


「…ジュノ…」


血の海に沈んだ幼なじみを責める事は出来ない。



エース様を探しに僕は歩き出した。



**********************

寝室に、エースはいた。


ボロボロになったドレスと血の滲む足裏を見たカノンは苦々しく顔を歪めた。


「エース様」

「…………」


ゆっくりと振り返るエースにカノンは深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」

「………」


エースの目はどこまでも透明だった。


空間に静寂が満ちる。


「あなたは」

「…エース様…?」


唐突にエースは切り出した。

まるで無垢な子供の如く邪気の欠片もない声音にカノンが怪訝そうに眉根を寄せた。


「だぁれ?」


カノンは目を見開いた。


同時に嫌な予感が過った。


昔、カノンがまだ城に引き取られて間もない頃。

一度だけ、会ったことがあった。


肩の長さで切り揃えられた艶やかな黒髪によく映える赤いリボンをまるで不思議の国のアリスの様に結わえ付けた少女。


聖母の名を持つ優しい少女。


「……マリア、様?」

「どうして私の名を知っているの?」


きょとん、と小首を傾げた女王はカノンを絶望の底に突き落とした。


どこか遠くで鐘の音が、まるで幕引きの様に響いていた。




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