表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の偽証 悪魔の証明  作者: 脱兎独歩
2/3

【幕間】敗者の所論



 夜にも関わらず一台の馬車がブゥケ王国とガルテン帝国の国境を目指して森の中を走っていた。

 大きくしっかりしたとした造りの馬車には家紋がなく、しかし見る人が見れば裕福な平民の商人でも買うのが難しい立派な馬が馬車を引いて走り続ける。

 つまりこの馬車は貴族がお忍びで移動するための馬車なのである。けれども、日中であっても盗賊や魔物が現れるこの道を冒険者ギルドの護衛もなく走るのは少々異常であった。

 もっとも、並みの襲撃者では強力な隠匿魔術が掛けられた馬車を襲撃するどころか見つけることもできないだろう。

 そうして馬車を守り、学院の大講堂の灯りを全て消したのは主であるビオラ・シュヴァンヌと共にキャリッジに座っている従者カンパニュラである。濡れたような黒の短髪と切れ長いアメトリンの瞳は涼しげな目元をした中性的な顔立ちによく似合っていた。



「…カンパニュラ」

「何でしょうか、お嬢」



 今まで木々に隠れる月を眺めていたビオラに呼ばれ、カンパニュラは公爵令嬢に対して随分と砕けた呼び名で返した。

これを家令に聞かれたその場で説教されるところだが、キャリッジの中には二人だけしかいない。



「私、どうすれば良かったのかしら?私はずっと最善な道を選んできたつもりだった。公爵家の長子として、姉として…それでも、なんでこんな事になったのかしら」



 常に気高く微笑みを絶やさない完璧な淑女と言われたビオラ。そんな彼女の薔薇色の唇から諦観と後悔、そして無力な自分に対する憎悪が滲んだ言葉が零れた。

 そんな彼女の問いにカンパニュラはすぐに返答は出来なかった。

 この結末を回避するためには少なくとも出来るだけ早くダチュラを始末するしかない。そもそも、ダチュラはその生まれからして不義の子である。

 最愛の伴侶であったビオラの生母を病で亡くして意気消沈している公爵にダチュラの母である後妻が見合いの席で魅了を使い、その日の内に婚約を結び二人は一線を越えてしまったのだ。

 後妻は初婚であり、そもそも婚前交渉は貴族同士の恋愛結婚が多くなった今の時世においても大きな醜聞。

 表向きは大きな魔力を有しているからとし公爵は彼女を後妻として娶るしかなく、その時に孕んだのがダチュラである。

 そして、彼女もまた母から魅了の力を受け継いでいた。

 これには公爵も大いに悩んだ。魅了とは魔術の一種であるが、誰にでも出来るわけではなく本人の資質によるものである。

 悪いことは更に重なりダチュラは巨大な魔力を持っており、迂闊に平民に落としたらどんなトラブルが起きるのか分からなかった。

 苦渋の決断の末に公爵はダチュラに魔力封じの腕輪を施し、ダチュラを自身の子であると認めた。もっとも、自分に意に添わぬことをした女の娘を傍にいさせるほど寛大ではなく後妻と共に新しく建てた離れに住まわせた。

 母娘は公爵の対応に不満を抱いていたが、母の生家である子爵家が『事業に失敗して』爵位を返上の憂き目に遭ったこともあり離れに暮らし続けた。元より離れでの生活は実家の子爵家の生活よりずっと贅沢が出来たので後妻は離れるつもりはなかっただろう。

 そして、公爵は最愛の娘であるビオラに最高の教師を付けるだけではなく幼い頃から腕輪の秘密などの公爵家の機密事項を少しずつ教えていった。

 子供ながらに聡明だったビオラは父の苦悩を肌で感じており、どんなに厳しい教育も歯を食いしばって耐えた。元々の素質を努力によって磨き上げられた結果、ビオラは第一王子の婚約者に選ばれ『聖女』と呼ばれるようになった。

 この『聖女』とは神殿や修道院などの神に仕える女性ではなく、王家に嫁ぐ令嬢に対する称号のようなものである。

 神からこの地を譲り受けた尊き王家に相応しい品格と強大な魔力を持った女性はただの人では非ずということだ。…もっとも、公爵とビオラが心の底でその名誉を喜んでいたかは不明だが。

けれど、そんな父娘に神は更に試練を与えた。

 ダチュラの魅了の力が、腕輪をしても漏れてくるようになったのだ。それが分かったのは使用人の中で最も堅物と言われる執事を寝室に連れ込もうとしているところを家令が発見して止めたので大事にはいたらなかった。

 しかし、玉の輿を狙って無意識に魅了を使用した母とは違い、様々な男と火遊びを楽しむために魅了を使用したダチュラはもはや生きた爆弾であった。

 腕輪に酔い覚めの石と言われるアメジストを埋め込み、術式を新しく増やしてようやく落ち着いた。

 しかし、それも宝石が割れたら効果が半減してしまう。定期的に石を変え、また魔力が溜まった石を処理するのに多額の金貨が必要になった。魔力を蓄えた宝石は一部の魔術師には喉から手が出るほどに欲しいものだが、ダチュラの存在を秘匿するために正規の方法で売買することは出来ず少々後ろ暗い商人に安く買い叩かれた。

 膨大な富を持つ公爵家の資産が全盛期の半分になったのはダチュラが学院に入学した頃であった。

 それでも公爵はダチュラを処分する気はなく、ビオラも複雑な感情を持っていたとしても父の考えに賛同した。

 そんな二人の思いをダチュラは最後まで裏切った。その結果、ビオラは貴族としての名誉と誇りを踏みにじられ、公爵は命を失った。公爵は毒杯を仰いだとされるが、おそらく毒殺だとカンパニュラは勘づいていた。寝室を分け、何よりあれだけ生きることに固執した後妻が毒杯を素直に煽るとは思えない。主であるビオラも、気づいているだろう。

 絞首刑覚悟でダチュラを処理するべきだったと深く後悔するカンパニュラは思わず唇を噛む。



「…ごめんなさい、随分と意地の悪いことを聞いたわね。悪いのは最後まで決断できなかったお父様と、お父様に賛同してすべて後手に回ってしまった私なのだから」

「お嬢とお館様は貴族として、人として正しいことをしただけです。…それをあの女は最後まで無下にし、愚かにも『悪魔』の甘言に乗ってしまった。それだけです」

「ありがとう、カンパニュラ。…けれども、まさかあのようなことを…」



 卒業パーティーでの一連のやり取りと今までの学生生活を振り返っても。

 カンパニュラが罵る『悪魔』が、なぜこのような行動を起こしたのかビオラには分からなかった。少なくとも学生生活でのやり取りの中では思慮深く誰よりも国を思っているように見えたが。

 ダチュラの力に気づけば、国益を取って沈黙を選ぶかと信じていたのに。



「やっぱり、貴族は人でないのかもしれないわね。人であって、人でなし。己の利益のためなら容赦なく他者を食い物にする。…そんな人でなしの戦いに負けた私達は」

「お嬢は人です!貧民街で野垂れ死にかけだったガキの俺をお館様と一緒に助けてくれたお嬢が人じゃないならこの国の民はみんな畜生以下です!!」



 ビオラの言葉を遮るように叫ぶカンパニュラ。普段の飄々として掴みどころのないカンパニュラの剣幕にビオラの瞳が丸くなる、紅玉の瞳に映った自分の剣幕にカンパニュラは冷静をバツが悪そうに「すいません」と小さく謝罪した。

 公爵家令嬢で無くなった自分をこうして案じてくれる『幼馴染』にビオラの心に一条の光が差し掛かるのを感じた。

 ビオラは学院を卒業し、成人となった。父を『殺された』今、彼女がシュヴァンヌ公爵家の当主になる。

 国から貴族の名誉を奪われても、彼女の体には公爵家の血が流れ、その教えは心の奥深くまで根を張っている。

 国を支え、民を守る。それが尊き血筋に連なる者の役目だ。敗北しても、それは変わらない。

 今のビオラに出来るのはガルテン帝国のアーク侯爵家に嫁いだ伯母にコンタクトを取ることだ。

 急な訪問ではあるがシュヴァンヌ公爵と密かに暗号を混ぜた手紙のやり取りをしていた。きっと、全てを察してくれるだろう。

 そこからはビオラ次第だ。情勢によってはビオラ・シュヴァンヌの名前を完全に捨てることになるだろう。最悪な形でシュヴァンヌ公爵家は政争で敗北したことに変わりはない。

けれども、生きていれば必ず。


「ねぇ、カンパニュラ。もしも私の名前が変わっても、貴方は私をビオラと呼んでくれるかしら?」


 思わず呟いた主の言葉に、カンパニュラは首を傾げた。


「名前が変わっても、お嬢はお嬢に変わりませんよ?」


 まるで乙女心を理解しない従者にビオラはようやく微笑んだ。





ここでビオラの出番はおしまいです。彼女は負けましたが、これから戦うために今は逃げなくてはならないので。

さて、誰が復讐するのでしょうか?(すっとぼけ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ