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異世界から来た神官

 磯部リアルは時折、急に寂しくなる時がある。

 きっと、私の夢は叶わない。叶わないまま、残りの長い人生を生きなければならない。そんな風に思うと、リアルは寂しくてたまらなくなる。

 吐く息が白い。

 リアルは赤いロードバイクにまたがって、丘の上の公園から街を見下ろしている。街の明かり向こうに見えるのは真っ暗な海と雲に隠れた月。美しく見えるこの世界が、本当は多くの問題を抱えていることを、リアルはもう知っている。戦争、差別、貧困、環境問題、いじめやパワハラ、セクハラにモラハラ。大小問わずありとあらゆる問題がスマートフォンを通じて世界中から毎日届く。

 この世界には支配者がいない。それが最大の問題だ。磯部リアルはそう思っていた。

 ああ、私が支配すれば、上手くやれるのに――。 

 しかし、その夢は一介の女子高生に過ぎない自分には到底叶わぬ事だということも、リアルは理解している。

 だから、寂しくなるのだ。

 それは、夢という重荷を一度背負ってしまった者の宿命である。



 ◆◆◆

 


 俺、愛菱(まなびし)ユウは学校帰りの電車に揺られていた。

 窓から見える空がオレンジから深い青に変わって行く。

 車両にはこの時期特有の客が乗っている。赤い服を着た人、べたべたするカップル、大きな紙袋を持った人。今年ももうクリスマスだ。

 反対側のドアの前に、ひときわ異彩を放つ女の子がいる。

 金の縁取りをした丈の長い白いローブを着て、金の飾りがついた長い杖を両手で握りしめている。胸元には大きな赤い宝石をはめ込んだ複雑な形をしたアクセサリー。髪は白く、瞳は赤い。

 最近のコスプレはすごい。服も小道具も安っぽくなく、たった今ファンタジーの世界から飛び出してきたような感じだ。

 問題は、その子がさっきからずっと俺を見つめていることだ。

 俺の顔に何かついているのだろうか。不安になって窓に映る顔を確認する。特に異常はな。見慣れた顔がそこにある。


「あの……」


 気づくと、その子は俺の背後に来ていた。いつの間に……!

 杖をぎゅっと握りしめて、唇をかんでいる。背が低い。上目遣いで覗き込むように俺を見る。か、可愛い……。


「あなたはりゅーか様ではありませんか?」

「え?」


 りゅーか? そうか、そう言うことか。

 謎は解けた。俺はこの子の知り合いに似ているらしい。

 りゅーか、と聞こえたが、日本語にない発音だったから正確には何と言ったのかわからない。何語なのだろうか? 近くで見ると、ややホリが深く、目はくるりとしていて、日本人離れしている。外国の人なのだろうか。


「すみません、残念ですが俺、りゅーかって人じゃないです」


 女の子は大きく目を見開いてから、うなだれた。


「そ、そうですか……。ありがとうございます」


 ごめん、だって違うんだもん。しかし、うつむいていた彼女はぱっと顔を上げた。


「あの! ここはどこですか?」


 どこ? 駅のことを言っているのだろうか。


「次は海原(うなばら)駅ですよ」

「うな、ばら……」


 女の子は少し考えてから言った。


「あの! 今はおうれき何年でしょうか?」

「お、おうれき?」


 漢字で書くと王歴、だろう。そんな暦を使う国から来たのだろうか。良く知らないけど、西暦が世界標準だと思っていた。……どうもこの子、様子がおかしい。


「あの? どこから来たんですか?」

「ありゅーとりあむ、あんさんいんぐむ」

「は、はあ……」


 聞き取れない発音。ありゅーと……? そんな国聞いたことがない。


「私、気づいたらここにいて」


 困った。記憶喪失的なやつだろうか。


「あの、大変……不躾ながら、お水を頂けないでしょうか。のどがカラカラで……」

「あ、いいですよ!」


 可哀そうな女の子だ。記憶喪失で電車の中に迷い込んだのだろうか。それとも電車に乗っている間に突然記憶喪失になったのだろうか? いずれにせよ、きっとお金も持っていないに違いない。

 電車はちょうど駅についた。

 俺は女の子をホームのベンチに座らせると、自販機で水を買って渡した。

 女の子は受け取ったペットボトルを、ひっくり返したり透かしたりして不思議そうな顔をしている。開けられないんだ。重症の記憶喪失? なのかもしれない。

 俺がフタを開けてあげると、慎重に一口目を飲み、それから一気に飲み干した。よほどのどが渇いていたのだろう。

 しかし、記憶喪失なら、もう俺の手には負えない。あとは駅員さんや警察に任せるしかない。


「ここで待っててください。駅員さん呼んでくるから」

 

 女の子は不安そうな顔をした。気持ちはわかる。でも俺がここにいたって、どうすることもできない。俺は女の子の視線を振り切って歩き始めた。


「ありがとうございました。見ず知らずの方。あなたに、神のご加護があらんことを」


 女の子は俺の背中に向かってそう言った。良く通る澄んだ声。俺は思わず振り返った。

 そして固まった。

 女の子は見たことのないポーズをとっていた。土下座のような姿勢で頭を地面に着け、両手を羽のように空に伸ばしている。ローブの袖がちょうど翼のように広がり、白鳥が大きく羽を広げているような格好だ。

 ちょっと……笑える。羽を広げる白鳥、と言うより水に頭を突っ込んだ瞬間のような。神のご加護って言っていたし、何かの宗教のポーズなのだろうか。

 電車が到着して、降りてきた客が彼女を遠巻きに変な目で見ながら歩いてゆく。ついでに俺を怪訝な顔で見る。いや、俺は関係ないんです……。

 若いサラリーマンが足を止めた。

 三人組で、てかてかした高そうなスーツにコートを着て、体育会系的な雰囲気を感じる。

 

「お姉さん土下座して。何か悪いことしちゃったの?」


 顔が赤い。まだ五時なのに酔っているように見える。面倒なことになったな……。


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