探偵事務所 その6
「それではご依頼の内容を伺わせて頂きます。ご先祖様の財宝を巡る謎解きやご家族の何方かが不可解な事件に巻き込まれたなんて依頼ですか?」
紅茶の注がれたお気に入りのカップ&ソーサーを手にして荒唐無稽な事を言い始めた瀬尾の様子に、依頼者である女は不思議そうに首を傾げる
「そんなんじゃ無いですよ。お願いしたいのは~」
そう言うと、トートバッグから1枚の写真を取り出しテーブルの上へ置いた
「これは…猫…ですか?」
「はい。キジ白の男の子なんですけど、3日くらい前から帰って来ないんです!まだ小さいから心配で~」
「……。」
「それで探してもらいたいんですけど、お金ってどのくらいしますか?私、いま仕事してなくてあんまりお金が無いんですよ~このチラシを持って来たら30%OFFって書いてあったんですけど、とりあえず3千円くらいで足りますか?」
テーブルに置かれた猫の写真を一瞥すると、瀬尾は興味なさそうに視線を反らした
「お引き取りください」
感情の無い無機質な声が告げる
「当探偵事務所ではペットの捜索も不倫の調査も行っておりません。そういった事は"何でも屋"にでも相談して下さい。では失礼いたします。」
一方的にそう言うと、まだ暖かいカップを手に席を立った
「えっ?どういうこと?」
事態が飲み込めないのか瀬尾に向かって声を掛けるが、背を向けたまま返事は無い
「あぁなったら無駄だよ。諦めたほうがいいよ。アイツね~映画や小説に出てくる様な国家機密とか難事件を解決する探偵になりたいんだって」
「えっ??」
平良の言葉に女は唖然とした表情を返す。
当然の事だ。こんな商店街の探偵事務所にそんな依頼をしてくる人間などいるはずも無い。そのため、この探偵業を初めてから依頼を受けた事はもちろん解決をした事も1度も無かった
「どうしても猫を見付けたかったら、とりあえず保健所に連絡してみたら?あとは子猫ならそんなに遠くに行ってないと思うから近所に張り紙して、それと家のまわりに使ってたおもちゃとか猫砂を撒いてみたら良いかもよ。アイツに頼むよりはマシだと思うよ」
「そうですね……やってみます」
納得したのか、それとも諦めたのか、女はテーブルの上に置かれていた写真を拾い上げると平良に軽く頭を下げ事務所の入り口へと向かった。
開かれたドアの隙間から、入り込んだ風に乗って女が付けていたシトラスの香りが室内に漂っていた。