探偵事務所 その5
「さっそく効果があったようで良かったじゃないか」
「では、お話しを伺いますのでこちらへどうぞ。」
平良の嫌みを聞き流し、入り口に佇んでいる女をうやうやしくソファーへと案内する。フルオーダーの仕立ての良いスーツを身に纏った瀬尾とノースリーブのティーシャツにデニムのサロペットとローヒールのサンダルという出で立ちの女は見るからにアンバランスな組み合わせだ。
「探偵事務所って初めて来たけど、凄いお洒落なんですね~あっそうだ!SNSにアップしたいから記念に写真撮ってもいい?」
スマホを取り出し周囲を物珍しそうに見回すその姿に、能面の様だった瀬尾の表情は曇り始める
「その辺の飾りはうちの店の売り物だから、興味が合ったら1階のリサイクルショップにも来てよ」
「そうなんですか~今度行きますよ~」
軽いノリが合うのか、平良の言葉に女は愛想の良い態度を見せる
「まぁ、でも全ての探偵事務所がうちのような作りという訳ではないんですよ。ここが特別なんです。なぜならそれは、私が子供の頃からイングランドという地に特別な思いを抱いていたからこそなんです!」
「……はぁ」
スイッチの入ってしまった瀬尾は熱く続ける
「インテリアや家具ばかりではなく、この壁紙なんてどうですか?この深い緑色はブリティッシュグリーンと呼ばれるナショナルカラーで、特に私が拘った部分なんですよ。眺めているだけで息吹きを感じるでしょう?」
「えっ…えぇ…まぁ」
息吹きを感じるだろうと言われても感じる訳も無く、曖昧な返事を辛うじて口にする
「おい瀬尾、いい加減にしろ。その人はお前のつまんない自慢話しを聞きに来たわけじゃないだろ」
「なんだと!」
強く言い返したものの、その通りだと言わんばかりの女の表情に言葉飲み込む
「申し訳ありませんね、これからが良いところだったんですけど、貴女のお話しを伺う事のが大事でしたね」
英国紳士を思わせる笑顔を浮かべ謝罪をすると、やおら立ち上がる
「色々とお話しをしていたら喉が乾きましたね。何か飲み物をご用意しますね。紅茶と珈琲はどちらが好みですか?」
「あっ、来る時に飲み物を買ったんで大丈夫です。」
そう言うと、手に持っていたプラスチックのカップを差し出した。それは若い女性に人気の駅前にあるカフェ店の物だった
「そう…せっかくだから、取り寄せしている自慢の紅茶を飲んで欲しかったんだけど…」
残念そうに呟くと、英国産と記された紅茶の缶を見詰め備え付けの小さなキッチンへ向かった