瀬尾 その2
瀬尾が手際よくお茶の準備をしているあいだ、松井は事務所の中をじっくりと眺めてまわる。時折、カメラを構えては気になった物を写真に収めていく
「何か面白い写真が撮れましたか?」
「はい。お仕事をされている方の机って良いですよね。人によって個性が出るし、何より働いてるって感じがして好きなんですよ」
真剣な眼差しでデスクまわりの撮影をしている松井の姿にすっかり上機嫌の瀬尾は、淹れたての紅茶の良い香りを漂わせ静かに近づいて行く
「紅茶が暖かいうちに一息入れませんか」
「はい、ありがーキャアッ!!!」
声を掛けた瞬間、ちょうど後退る松井の足が瀬尾のつま先を踏みつけバランスを崩す。2人の身体は重なる様に木目の整った床の上に倒れ込んだ
「あっつつっいいっ!!!!!!」
下敷きとなった瀬尾の顔には淹れたての紅茶が飛び散り断末魔の叫びをあげ、陸に上げられた魚の如くのた打ち回る
「も、も申し訳ありません!!!」
松井は慌てて身体を起こすと、置いてあったタオルを水で濡らし、苦痛でもがいている瀬尾の顔を急いで覆う
「だ、大丈夫ですか…」
濡れたタオルのお陰で顔の熱は幾分だか治まっていく
「本当にすいませんでした…」
タオルを押さえる松井の手は微かに震えている
「……し…い」
「はい…?」
「……い…から」
「ど、どうかされましたか!?」
「く、くるしいからぁ!!!」
勢いよくタオルを取り払うと真っ赤な顔をした瀬尾が、息も絶え絶えに叫ぶ
「あのね!濡れたタオルで鼻と口を覆ったら危ないから!!それもう死んじゃいますから!!!」
「す、すいません…」
荒々しく呼吸を繰り返す瀬尾の様子に、松井は今にも泣き出しそうな表情で何度も頭を下げる。
気まずい空気が2人の間にゆっくりと流れていく
「声を…荒げてしまってすいませんでした」
「いえ、私が原因なので当然だと思います…。大変、申し訳ありませんでした。あの…火傷は大丈夫ですか?すぐに病院に行かれたほうが…」
「だいぶ落ち着きましたし、病院に行く程では無いですよ。ただ…」
言い掛けて、瀬尾は自慢のスーツに視線を落とすと、そこには紅茶に染みが広がっていた
「ああぁ…も、申し訳ありません!!クリーニング代はきちんとお支払させて頂きますので!!」
見るからに高級そうなスーツの染みに、松井の顔は真っ青になる
「クリーニングは気にしないで下さい。でも、この姿では撮影にならないので着替えて来てもいいですか?」
「それは勿論です…」
「じゃあ、自宅がすぐ近くなので着替えて来ます。30分程ここで待っていて貰えますか?」
「はい、お待ちしています」
松井は深く頭を下げて頷く
「そんなに気にしないで下さい。もともと着替えようかなって思ってましたから。それじゃあ、お願いします」
そう言うと瀬尾は颯爽と事務所を後にした




