竜の血を引く王子と、幼い番
フィール王子は、竜の血を受け継ぐドマーノ王家の五番目の王子である。
この五番目というのが微妙なミソで、実はフィールには上に兄が四人いた。
母君である王妃様は、四人生んだ時点で、これだけ王国に王子をもたらしたらもう十分よねと思われたらしい。
四番目には『末っ子』を意味するサルルの名を付けて打ち止めにしようとされたのだが、何の手違いか、気付けばまたお腹が膨らんでいた。
……まあ、国王夫妻の仲がいいのは誠に喜ばしい事である。
という事で、翌年フィール王子が誕生した時には、国全体の反応が「おやまあ」とか「あらら」といった妙に生ぬるいお祝いムードになってしまったが、それは別にフィールのせいではない。
ついでに、生まれる前から王子であるとわかっていたため、誕生と同時にフィールと言う名前も発表された。
因みに、何故王子とわかっていたかと言うと、ドマーノ王家には代々男の子しか生まれないからだ。
何でもドマーノ王家の始祖の片割れが竜だったらしく、血に受け継がれた竜性が子どもの性別を決してしまうらしい。
竜の血を引くだけあって、生まれ来る子どもは大層丈夫で、運動神経も良く、犬並みに鼻も利いて、ついでに竜の姿に変化できちゃったりする。
竜化できるならすごいと思われるかもしれないが、実はこの能力、十七になれば消えてしまう。
竜の源と言える竜穴を塞ぐからだ。
この竜穴、竜の本能とか特性とかを表わすような言葉なので、別に体に穴が開いている訳ではない。
そしてその竜穴を何故わざわざ塞ぐかと言うと、番を見つけなくさせるためだ。
竜には、運命で定められた番というものが存在する。
この番、ひとたび会ってしまえば、どうしようもなく惹かれ合い、運命を分かつ事は困難と言われている。
王子達の結婚にはどうしても政治が絡んでくるし、結婚しちゃった後にこの番が見つかればそれはもう悲劇である。
番を見つけてしまえば、王子達は番以外に見向きもしなくなるし、結婚生活はあっという間に破綻して、下手すれば外交問題に発展する。
本能だからどうしようもないのだけれど、王族にそんな事をされたらたまったものではない。
なので、王子たちは竜穴を塞ぐ日までは結婚が禁止されている。
火種となりかねない恋愛も、ついでにご法度とされてしまった。
好きな子ができるのは構わないが、想いを伝えるのは禁止。爛れた関係を誰かと持つとかも禁止。
取り敢えず、竜穴を塞ぐまでは清い体と心でいようねと言われ、思春期の王子達にとっては不本意な事、この上ない。
男の沽券に関わると言うか何と言うか……。
なので、王家はその期限を区切る事にした。それが十七歳である。
さて、フィール王子に話は戻るが、この王子、明日には無事十七歳の誕生日を迎える。
ドマーノ王家の王子が女性に対して純粋培養である事は周知の事実であるから、恋愛禁止が解かれた途端、いろんなハニートラップが仕掛けられる可能性がある。
なので王家は、大事な王子達が色仕掛けに引っかからないよう、誕生日の晩に指南役の女性を手配するようになっていた。
一応、女性の好みは聞いてもらえるため、第一から第四の兄王子達は、それぞれ好みのタイプを侍従に伝え、待ちに待った楽しい時を過ごしたものらしい。
手順としてはまず、竜穴を塞ぐ『竜殺し』と呼ばれる毒を薄めて内服する。
飲めば竜の本能を半分失い、二度と番を見つける事はできなくなる。
同時に竜化もできなくなり、ほとんど人間やや竜性あり、みたいな王族の出来上がりである。
そして、そのまま大人の時間に突入! みたいな……。
で、そのフィール王子、誕生日を明日に控えて自分もついに竜じゃなくなるのかとしみじみ感傷に浸っていた……なんていう事はまるでなかった。
竜になって飛べるのは今日までだから、それを思えばちょっと寂しい。でも、代わりに大人の階段を登れる。(ここは大事だ)
十六、七の男と言えば、頭の中は結構それ一色だったりする。
竜穴を塞ぐまでは清い体でいなければならないので、一番上の兄も二番目も三番目も四番目も、皆、飛べなくなるよりすごくいい経験だったと口を揃えてフィールに言った。
大体、竜になれると言っても、皆が思うほど簡単ではないのだ。
三、四つの頃から変化を身につけ、十歳くらいまでは何も考えずに簡単に竜化できるのだが、人間としての知恵をつけていくに連れて竜性は失われていき、変化が困難となる。
竜化は一瞬で起こる変貌であるから、竜性というものは一種の魔力として捉えた方がいいのかもしれない。
何にせよ、それは年齢とともに枯渇していき、今のフィールが変化しようとすれば、竜気を補うために大人の竜の鱗粉を飲んで竜性を高めないといけない。
「僕だけの番を見つけるんだ!」とルンルン気分で変化して、空を飛び回っていたチビ竜の頃とは違うのだ。
話はがらりと変わるが、今この王国には、竜穴を塞いでいない成人王族が一人だけ存在する。
父王のすぐ下の王弟であるアナス叔父である。
今から三十数年前、まだチビ竜だったアナスは暇さえあれば竜に変化して国内を飛び回っていたが、ある時、胸が激しくざわついて、本能に引き摺られるように一点に向かって急降下したのだという。
そこにいたのは畑で野良仕事を手伝っていた小さな女の子で、その子を一目見るなり、この子が運命の番だとアナスは確信した。
番は竜の本能が求める相手であるため、番を手に入れた王族は、まるで先祖返りをしたかのように強い竜性を安定させる。
竜化も自在にできるようになるため、他国に対する強い牽制にもなり、王家にとって番持ちはこれ以上ないほどに有用で得難い王族だ。
それに、番持ちは権力欲がないため国を乱す心配もない。番と仲良くするのが至上の悦びとなるため、王位に一切興味を示さないのだ。
国のためには尽くすが、政治に関わって無駄な時間を過ごしたくないというのが彼らの一般的なスタンスで、実際に何世代か前の王太子は王位継承権を弟に譲っていた。
さて、誕生日を明日に迎え、フィールは今、広々とした会議の間で父王からの薫陶を受けていた。
これは明日に向けての成人の儀の一環であり、この場にはドマーノ王国の男性成人王族がすべて臨席している。
成人王族になるに当たっての心得などを長々と説教され、いかにも感銘を受けたように神妙に聞き入っているフィールだが、実は父王の言葉は右から左に抜けていた。
先ほど侍従から、条件がすべて整った女性を用意させましたと耳打ちされ、思考が全部そっちへ持っていかれてしまったのだ。四人の兄たちが入れ知恵してくれたあれやこれやで、頭の中はもういっぱいである。
そんなこんなで内心はそわそわと落ち着かないフィールであったが、先ほどから妙に城門の向こうが気になり始めていた。
何か胸の辺りがほの温かく、毛が逆立つような感じで落ち着かない。
時間が経つにつれ、居ても立っても居られないような感じが強くなり、自分の中の竜気が増すのを朧に感じた。
と、フィールの耳に、魂を揺すぶるような悲しそうな悲鳴が聞こえてきた。
声ではない。耳で捉えられるようなものではなく、けれどそれは確かにフィールの耳に聞こえたのだ。
その途端、フィールはがたんと椅子から立ち上がった。
「フィール…?」
そのまま窓の方へ向かおうとする弟を、隣に座っていた第四王子が慌てて止めようとする。
が、伸ばされた手を乱暴に振り払い、窓に駆け寄ったフィールはそのまま大きく扉を開け放った。
そして窓枠を掴んで一気に体を持ち上げ、迷わず窓から身を投じたのだ。
「うわああああああああああ!」
いきなり目の前で弟に飛び降り自殺をされた兄王子は、そりゃあもう、度肝を抜かれた。
ここは三階で、下は石畳だ。こんな所から飛び降りて無事に済む筈がない。
だが、慌てて窓に駆け寄る王族たちの目に映ったのは、そのまま大きく羽を広げ、竜の姿で飛び立っていくフィールの姿だった。窓から身を翻すと同時に、フィールは竜化していたのである。
フィールの年齢を考えれば、竜の本能を高めるための竜の鱗粉なしに竜化するなど、まず考えられない事だ。
呆然と立ち尽くす王族らの間にあって、一人の王族が面白がるように唇の端を上げた。先ほどから眠そうに会議に参加していたアナス叔父である。
「あー……、見つけたな」
どうやら末の甥っ子は、穴を塞がれる直前に運命の番を見つけ出したようだ。
一方のフィールは気付けば竜となっていて、本能に急かされるように東側の城下に向かっていた。
大きく弧を描いてその周辺を旋回すれば、商売をしていた人間や旅人らがフィールを見つけて手を振ってくる。どうやら末の王子が成人最後の飛行を楽しんでいると思われたようだ。
フィールは、気配が濃厚に漂う辺りに必死に目を凝らした。
だが、目に入ってくるのは髭面の親父たちと年を食った女ばかりで、フィールはだんだん焦ってくる。
まさか、あのクマのような男が自分の番だと言わないだろうなと必死で辺りを見渡せば、路地の片隅に何やら小汚い塊が転がっていて、どうやら行き倒れた子どもだと分かった。
その子ども、名はミティアというのだが、実を言うと隣国エクワードに居を構える大店の当主の姪である。
話は少し遡るが、ミティアの父が行商で山道を進んでいたところ、山賊の急襲を受けたのだ。
積んでいた荷を捨てながら必死に馬車を走らせたミティアの父だが、いよいよ追いつかれると思ったか、途中の曲がり角で幼いミティアだけを馬車から降ろし、父親たちは囮となって結局全員が殺された。
独りぼっちになったミティアは、父と行く筈だったドマーノの商家を目指す事にした。
何とか山を下りた後は、捨てられていたごみを漁ったり、物乞いをして食べ物を恵んでもらったりしてひたすら歩き続けたが、王都まで辿り着いた所で限界が来た。
もう一歩も歩けなくなり、ぼんやりと空を見上げながら誰か助けて……と虚しく心に呟いていたら、強い日差しが不意に翳り、見上げれば鳥よりも遥かに大きな何かが空を飛んでいた。
見た瞬間に、ミティアは目が離せなくなった。
誰に教えられなくても、それが自分にとってかけがえのない誰かであると、すとんと胸の中に落ちてきた。
同じ頃、下界を見下ろしていたフィールもまた、その薄汚い子どもが自分の番であると気が付いた。どうしようもなく心が惹き付けられ、手放せない唯一の相手だと本能が告げてくる。
告げてはきたが、認めたくなかった。大層薄汚れていた上、年齢が幼すぎたからだ。
多分年は四つか五つだろう。
フィールには幼女趣味はないし、恋愛するなら絶対に大人の女性がいい。
大体、明日にはめくるめく楽しい大人の時間が待っているとわかっているのに、今更子どもの番なんか見つけたら、あと十年くらいはお預けだ。
反射的に回れ右をして見なかった振りをしようとしたら、その途端、まるでそれを勘づいたかのように番が小さな泣き声を上げた。
好きで好きでたまらないといった風に竜のフィールを見つめ、土に汚れた小さな手を一心に伸ばしてくる。
その途端、フィールの頭は真っ白になった。
気付けばフィールは人間の姿に戻り、薄汚れたその子どもの傍に膝をついていた。
……因みに全裸ではない。変化した姿に戻れるようになっているため、きちんとした王子さま姿だ。
うわあああああんと泣いて胸に飛び込んできた子どもをひしっと抱きしめた瞬間、フィールは思わず、「くっさ」と顔を背けた。フィールは人より嗅覚が鋭い上、子どもの体からものすごい異臭がしたからである。
だが、取り敢えず自分の番である事は間違いない。
そのまま首にしがみつかせ、フィールは軽々とその子を抱き上げると、王城に向かって全力疾走を始めた。
子どもが弱っていたから、という理由ではない。凄まじい不安がフィールの頭の中をぐるぐると駆け巡っていたからだ。
こいつは女で間違いないよな? まさか男なんかじゃないよな、と。
ずっと昔、番が男だったかわいそうな王族がいた。普通に女好きだったのに、番の誘惑に負けて結局は夫婦っぽくなった。
この子が男だったら、自分は男を番に持つ気の毒な王族第二号だ。
フィールの入城を拒む護衛などおらず、そのままフィールは自分の部屋に直行した。
騒ぐ侍従たちに、「部屋の外で待機していろ!」と怒鳴り、びっくりしたようにこっちを見ている子供に向き直る。
オスかメスか、すぐにでも確認しなければ落ち着かない。
こういう時の王子は獣性が強い。ついでにデリカシーは皆無である。
なので、犬や猫の性別を知りたい時にするような行為を当たり前のようにした。
子どもが穿いている邪魔な下着を取っ払って、両手でかぱっと脚を広げ、「メスか」と安堵の一言。
番の方は当然驚く。
五歳とはいえ、ミティアは女なのだ。いきなりパンツを脱がされて、あそこを見られるなんてあり得ない。
ふんぎゃああああああああああああああああああああ。
一拍遅れて、ものすごい間抜けな悲鳴が城内に響き渡った。
ミティアはやさぐれていた。
王子さまに保護されたのはわかった。
でも、おとぎ話から抜け出てきたように美しい王子様は、抱きしめるなり、「くっさ」と顔を背け、幼心にミティアは傷付いた。
その上、部屋に連れ込まれるや、パンツを脱がせてお股を見て来るし、もう何が何だかわからない。
取り敢えず、果汁のような物を飲まされた後、すぐ風呂に入れられた。
侍女二人がつきっきりで頭の天辺から足の爪先までを洗ってくれ、きれいなドレスを着せてもらった後、改めておなかに優しそうな食事を食べさせてもらった。
王城は何やら大騒ぎのようだが、ミティアにはもうどうでもいい。
取り敢えずお腹も膨れたし、何だかものすごく疲れたのでふて寝する事にした。
その頃、王城の一室では一人の女性が大喜びをしていた。末っ子の番が五つの女の子と知らされた王妃様である。
実はこの王妃様、本当はずっと女の子が欲しかった。
でも王妃になって、その夢は諦めた。竜穴を塞いだ後も、竜の鱗粉を飲み続ける王からとは男の子しか生まれないし、竜性を受け継ぐ息子たちも同様だ。つまり息子のみならず、孫ちゃんも全て男ばっか。
ひ孫の代となれば、傍流となった者の中から女の子が生まれるかもしれないが、その頃にはすでにこっちがよぼよぼになっている。
けれど、何と言う幸運だろう。フィールの嫁は五歳の女の子で、だとすれば母親が必要だ。
自分の出番である。
さて翌日、家族に会わせると言って連れ出されたミティアは、フィールの腕に抱かれて大層緊張していた。
番であるミティアは、何となく竜と人間の区別がつく。
場にいる男は全部竜で、人間は女性が数人いるだけだ。
ここにいる竜たちも、フィールと同じようにミティアのパンツを脱がしてこようとするのだろうか。
もう怖くてちびりそうだ。
なので、一番年上の女の人に助けを求める事にした。
フィールの番であるミティアは、この女の人とフィールの匂いがどこか似ている事に気付いていた。
ついでに言うと、他の竜たちの匂いもフィールとよく似ていたが、番は本能的に他の雄竜を避けようとする。なので、頼れるのはその女性だけだった。
腕の中で小さな番がもぞっと動くので、フィールは抱きしめていた手をちょっとだけ緩めてやった。そしたらフィールの腕からするすると降りて、何と母上の腕の中に逃げられた。
「おい!」
王妃様はびっくりしたが、勿論、小さな番を歓迎した。
ふんわりと柔らかくて愛らしい少女である。ひしっと抱きついてくるので、大丈夫よ、と優しく頭を撫でてやった。
「ミティア、こっちへ来い」
番に逃げられて、フィールは大いに不満だった。
「や!」
フィールが手を伸ばして来るので、ミティアは必死に王妃様にしがみついた。
「またパンツ脱がされるの、やだ!」
ミティアの発言にその場が凍り付いた。
パンツを脱がせた……?
五つの子どもにそんな変態行為を……? と王妃様は卒倒しそうになり、それを見たフィールはちっと舌打ちした。
「変な勘違いはしないで下さい。メスかオスか確かめただけです。
……ファジョーリの件もありましたし」
番が雄だったというファジョーリ王子の悲劇を思い出し(百年先の子孫にまで気の毒がられるのだから、余計に悲劇である)、父王も王弟も兄王子たちも、皆、フィールの行動を理解した。
竜の血を引く男同士、分かり合える部分は大きい。
そりゃあ、番がオスかメスかは気になるだろうと、男たちは皆、うんうんと頷いた。
フィールの番がメスで本当に良かった。取り敢えずメスならば、げふん、女性ならばいずれ子供も生まれるだろう。
かなり気の長い話にはなるけれども、あと十年後か、そのもうちょっと先には、多分きっと……。
一方のミティアは、身も蓋もないフィールの言葉に思わず涙目で言い返していた。
「メス言うな!」
それではまるで自分が犬か猫のようではないか。レディに対してあんまりな言い様である。
「メスじゃなくて、女だもん!」
「女?」
フィールは呆れたように、ぽっこり膨らんだミティアのおなかを見た。
どこをもって自分が女と言い張るのか、フィールには全く理解できない。
見事な幼児体型である。胸なし括れなし色気なし。下手をすると、胸よりおなかの方が前に出ている。
「お前のどこが女だ。それ、女に対する冒涜だろう」
ミティアには冒涜という言葉の意味は分からなかったが、激しく馬鹿にされた事だけはわかった。
言い返せない五歳のミティアは、王妃様の胸に顔を埋めて、うっわあああああああんと泣き出した。
「フィール、女の子に優しくなさい」
王妃は王子を窘めたが、フィールはつんとそっぽを向いた。
番の自分に甘えずに、母の胸で甘えまくっているミティアにとにかく腹が立つ。
ここまでいい匂いを香らせておいて、触る事も許さないなんて何てひどい仕打ちなのだろう。
思いきり抱き締めて、その匂いを嗅ぎ、ぺったりと自分の肩に張り付かせておきたいのに。
という事でミティアのお披露目も無事済んで、ミティアはフィール王子の婚約者におさまった。
が、フィールはこの状況が大層不本意だった。
今までフィールはクソのように女にもてていた。
武術に優れ、顏も王子様然としていて、すらりと見える体は実は見事な細マッチョ。
頭だって優秀だ。
初恋は十三歳で、ものすごくグラマラスな未亡人だった。色気が垂れ流しという感じで、フィールはもうイチコロだった。
その時から今に至るまで好みは一度もぶれる事なく、胸がたわわで腰が括れた女性が理想だったのに、何故か胸から腰まで一直線の子どもに心を囚われた。
俺の本能、おかしいだろう! と思うのに、心は偽れない。気が付けば、ミティアの気配だけを追っている状態だ。
おまけにあの日以降、呼吸をするように竜化できるようになった。番を得て竜性を安定させた王家の男は皆そうなるものらしい。
そうすると、叔父が時々番を乗せて大空を舞っているように、自分もミティアに空からの景色を見せてやりたくなる。
ただ、ミティアはまだ五つだ。いくら子ども用の鞍をつけてやっても、一人で座らせるのは危険だろう。
近衛騎士に抱きしめてもらって騎乗してもらうのが一番だが、王子は番が男に抱きしめられている姿を想像しただけで、嫉妬に気が狂いそうになった。
王家の男は、番に対してものすごく心が狭い。
番が他の男性と踊るのを決して許さないアナス叔父の事を今まで変わっているよなと兄たちと笑っていたが、今は全く笑えない。ダンスの練習も、男性パートを女性にさせていたという話にも大いに共感できた。
なので、飛行の時はミティアを女性騎士に抱いてもらう事にした。
王子殿下に跨るなど……と女性騎士達は最初遠慮したが、一度飛ぶと世界が変わる。竜の飛行は瞬く間に大人気となった。
男の近衛騎士達は空を飛べるのを羨ましがっていたが、そこまでは知らん。
さて一方のミティア、パンツ脱がせ事件以来、フィールの事を変態王子と思っていたが、その変態と一日中顔を合わさないでいると寂しくて泣けてくる。
ミティアだって本当は気付いているのだ。自分がフィールの事を好きで好きで堪らないという事に。
本当はいつもフィールの傍にいたい。声だけでも聴きたいし、声を聴くと会いたくなる。フィールにぎゅっと抱きしめてもらえたら、他の事はもうどうでも良くなってしまうくらいフィールが恋しかった。
だからフィールが外遊で隣国ラサルに行くと聞いた時は目の前が真っ暗になった。
今まで意地を張って減らず口ばかり叩いていたけれど、ひと月ぐらい会えなくなると告げられて、ミティアは泣きながらフィールの胸に飛び込んだ。
フィールが好きなの、どこにも行っちゃいやだ……! お願い、ラサルなんかに行かないで……! ミティアの傍にいて……!
首にしがみついて一生懸命頼んだけど、フィールは首を縦に振ってくれなかった。
外遊は王族の義務だからと宥めるようにミティアの頭を撫で、でも、そう言い聞かせるフィールの声もとっても辛そうだった。
結局、行く寸前までミティアはぺちゃあっとフィールにくっついて離れず、フィールの方も別れ難かったのか、夜もずっとミティアを抱いて一緒の寝台で寝てくれた。
大好きで堪らなくて、フィールの頬や首筋や唇にいっぱいキスしたら、「苦行か……」と何故か呟かれた。
ひどい…。
いよいよ外遊当日となり、フィールの馬車が動き始めた時はもう大変。
まるで今生の別れのように、ミティアはフィールの名を叫んで泣き続けた。恋しくて恋しくて、もう胸が潰れそう。
あんまり寂しかったので、フィールがいない間中、ミティアは王妃様にべったりだった。
王妃様は、ミティアがものすごく甘えてくるから実はとてもご機嫌だった。
着せ替え人形のようにミティアを着飾らせて遊んでいれば、王弟たちの妃や上の王子たちの妃もやって来た。どの妃も生まれる子は男ばかりなので、小さな女の子は物珍しい。
そりゃあ男の子だって可愛いが、何せあの子たちは竜の血筋を引く。チビ竜への変化を覚えた途端、空を飛ぶのに夢中で、飛べない母親たちは置いてけぼりだ。
皆でミティアを構い倒し、こんなに楽しいなら、これから時々はフィールを外遊させようかしらと、本気で画策する王妃様である。
さて、フィールがラサルから帰ってくる日、ミティアは我慢できずに国境まで迎えに行った。
厳重に護衛されて、馴染みの女騎士に抱かれてひたすらひたすらフィールを待ち続けてたら、気配を感じ取ったフィールが途中から竜化して飛んで来てくれた。
ミティアは泣きながら王子の胸に飛び込み、涙、涙の再会である。
早く大人になれとフィールは思う。
ラサルでもフィールはとにかくモテた。けれどどんな美姫がそばに寄ろうと、どんなボン、キュッ、ボンが胸の膨らみをフィールに押し付けてこようと、フィールはもう全く興味を覚えなかった。
番は可愛い。ものすごく可愛い。本当はあんな事やこんな事やそんな事もしたいけど、まだ小っちゃいのでフィールは我慢する。
ぶっちゃけ言えば、本能は今のミティアでもあり! と告げてくるが、そこは理性で我慢。我慢ったら我慢。
ミティアが心底大切だから傷つけたくないし、何より変な事をして怯えられては元も子もない。
ミティアはようやく六つになった。
王子さまは十七歳。
最愛の番と巡り合い、最愛の番に毎日愛を囁かれ、いとおしくて可愛くて、とにかく毎日が幸せでならないのだけれど、お預けが解かれるのはまだまだ当分先の話。