08. 魔女と歩く旅路 - 2
まるでゲームのように、この世界には『レベル』という概念が存在している。
以前のアルシェとコーム爺との会話の中で、普通に『レベル』という単語が登場していたことからも判るように、どうやら一般的に通用する基準であるらしい。
タスクの現在のレベルは『1』で、次のレベルへ成長するにはあと『100点』の経験値が必要だ。
〈鑑定眼〉のスキルを持っているタスクは、自分の身体を視ただけでそのことが判るが。アルシェから教わった話によれば、個人のレベルや能力値、スキルなどといった情報は通常、神殿で調べて貰わなければ知り得ないものらしい。
神殿で勤めている司祭や神官のような人達は『教示』というスキルを使うことができる。これはタスクが〈鑑定眼〉で視られるような情報を、文字通り相手に教示する効果を持つのだそうだ。
「僕のレベルを上げたい……というのは。それはやはり、生活を豊かにする上でもレベルが『10』程度はあったほうが良いからでしょうか?」
「うむ、それも違いなく理由のひとつではある」
理由を訊ねるタスクの言葉に、アルシェは即座に頷いて応えた。
この世界に於いて、訓練や勉強を通して能力値を上げようというのは、賢明な方法ではない。そのことをタスクは既にアルシェから教わっていた。
もちろん筋トレを続けるだけでも[筋力]を増やすことはできる。けれど、それは何ヶ月も続けてようやく『1点』も[筋力]が増えれば良い方らしく、この世界では効率が悪い方法だと認識されているらしい。
そんなことをせずとも、レベルを上げさえすれば[筋力]を含めた全ての能力値を一気に何点も成長させることができる。
だから、この世界において『レベルを上げる』ことは、能力値を最も手っ取り早く成長させる手段のひとつなのだ。
そして、全部で6種類ある能力値のうち、特に[筋力]や[強靱]、[敏捷]のような運動能力に直結する数値は、少しでも成長させておくほうが良いらしい。
というのも、例えば[筋力]を増やしておけば力仕事をより楽に、より効率良く行えるようになれるからだ。
現代日本とは異なり、この世界で働く人達はどんな仕事に就くにせよ、程度の差こそあれ力仕事と無縁ではいられない。
[筋力]が高いほど単純に日々の暮らしが楽になるのだから、レベルを上げることはその人の生活を大いに楽に、そして豊かにしてくれるのだ。
「薬草採取を生業にするなら[敏捷]は高いほうがよい。足の速さは別に要らぬが、手作業の器用さにも[敏捷]の能力値は影響する。能力が高ければ、素材を傷つけずに品質を保持し、かつ手早く採取する役に立つであろ。
あと―――それと儂は、旦那様のスキルも気になってのう」
「スキルですか? 〈鑑定眼〉とかの?」
「いや、それは主神から直接賜ったスキルであろ? そうではなく―――旦那様の天職である『聖気師』に由来するスキルが気になるのじゃ。
儂は長く生きておる身じゃが、旦那様から聞かされるまで『聖気師』という名の天職については全く聞いたこともなかった。なので、レベルを上げることで旦那様が一体どのようなスキルを得られるのか、とても興味があってのう」
「なるほど……」
レベルを上げると能力値が成長するだけでなく、天職に則したスキルを必ず1つ新しく獲得することができる。
博識なアルシェでさえ把握していないとなれば、その天職でどんなスキルが覚えられるのかは皆目見当も付かない。確かに、天恵の所持者であるタスクとしても、少なからず気になる所ではある。
「そういえば―――僕が最初から持っている『聖気師』のスキルは、一体どういう用途で使えば良いものなのでしょうね」
「ふむ。【聖気付与】というスキルのことじゃな?」
「ええ」
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【聖気付与】 - 聖気師スキル(アクティブ)/消費聖力:[任意]
身体に直接触れて施療を行い、他者に任意量の聖気を付与する。
一度に付与できる聖気量は『自身のレベル』が上限となる。
施療は同じ相手に対して1日に1度までしか行えない。
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レベルが『1』の現時点で、タスクが既に覚えている天職に由来するスキルは、これひとつだけだ。
何度説明文を読んでみても―――このスキル、いまいち意味が判らない。
説明文を要約すれば『他者に聖気を付与できる』ということになるのだろうが。その行為に一体どんな意味があるのか、それが判らないのだ。
「ふうむ……。旦那様の例で『聖気師』という天職を初めて知ったが、『聖気』という語もまた初耳じゃ。正直儂にも要諦は掴めぬが……。
そうさな―――こういうのは考えてばかりいても仕方ない。理解するためには、実際に試してみるのが一番じゃろう」
「試す?」
「他者に対してなら【聖気付与】のスキルは使えるのであろ? であれば、まずは儂に試しに付与してみるのが良かろうよ」
得意げにアルシェはそう良いながら、薄い胸を拳で叩いてみせる。
「危険では無いでしょうか……?」
「攻撃スキルではあるまいし、そんなことは流石に無かろう。それに『施療』と書かれているぐらいじゃから、おそらく何か治療系のスキルなのではないかの?」
「……なるほど。言われてみれば、そうかもしれませんね」
「ただのう……聖気と言うぐらいじゃから、聖属性の力なのであろうが。果たしてそれが魔族性の儂に、正しく付与できるのかどうかは判らぬがのう」
銀茱の際に学んだ通り、この世界に於いて『聖属性』は『魔属性』と相反する力だとされている。
スキルの説明文を読む限りだと、タスクが【聖気付与】スキルで付与できる聖力の量は、現在のレベルと同じ『1点』だけなのだろう。
それに対して高レベルの魔女であるアルシェは、その身体に『3117点』という膨大な魔力を有している。
アルシェの身体にたった『1点』分の聖気を付与したところで、彼女の持つ魔力に一瞬のうちに呑み込まれ、何も効果も顕れない可能性は高そうだ。
「そうですね―――では、駄目元でやってみましょうか。実験台にするようで申し訳ありませんが、お願いしても?」
「うむ。自分で言い出したことなのだから、当然じゃな。確か『身体に直接触れて施療を行う』という話だった筈じゃから、服は脱いだほうが良いかのう?」
「いえ、それは……。まずは手に触れて試してみましょう」
そう告げて、タスクはアルシェの左手を軽く握る。
その瞬間、アルシェの口から「ぴゃっ!?」という甲高い声が漏れた。
「―――び、び、びっくりした! びっくりしたぞ! 心臓止まるかと思うたわ! 手に、ふ、触れるのならば先に言え! 別に断ったりはせぬのじゃから!」
「すみません。そんなにびっくりさせてしまいましたか?」
「う……。と、殿方に触れられるなど、一千年以上ぶりじゃったからな……」
真っ赤に頬を染め上げた表情もまた、ただひたすらに可愛らしい。
それに好きな人に男の影が一切無いのは、タスクとしては非常に有難いことだ。
優しく手を握りながら、【聖気付与】を実行しようと心の中で強く意識する。
この世界ではスキルを実行する際に、心の中でそれを強く意識することが重要となる。そのことをタスクは、既にアルシェから教わっていた。
「ああ―――すみません、駄目みたいですね」
「む。やはり駄目か。儂の体内魔力に掻き消されてしもうたか?」
触れられることにも少し慣れてきたのか、いつもの声色に落ち着いたアルシェが眉尻を下げながらそう訊いてくる。
「いえ、そうではなく。どうも【聖気付与】は相手の胴体部に触れながらでないと上手く実行できないようですね。手や足のような四肢は駄目みたいです」
使おうと意識すれば、そのスキルの正しい用い方が自然と理解できる。
なのでタスクにも、アルシェの『手』に向けて【聖気付与】を用いるのが適切でないことが、誰に教わるでもなくすぐに理解できた。
「む、そうか……。ではやはり、ぬ、脱ごうか?」
「そうすると僕が理性を保てないのでやめて下さい。押し倒す確信があります」
「押したお―――!? そ、そうか。儂は、い、一向に、きゃまわぬぞっ!?」
声が激しく上ずっている。
可愛いすぎて、何とも尊い。
「施療を行うのは胴体の中心に近い場所が良いようです。胸かお腹―――は、多分僕の理性が持ちませんから。触れるのであれば背中でしょうか」
「背中か……。着替えてきても良いか? 今の格好ではちと難しそうじゃ」
「お願いします」
現在アルシェが身に付けているのは、上下が一続きになった褐色のローブ。
この衣装のまま背中まで開けると……さすがに扇情的な格好すぎて、タスクとしても自分を抑えられそうにない。
いちど自室に戻り、上下セパレートの服に着替えてきたアルシェを相手に、早速タスクは【聖気付与】のスキルを試してみる。
背中の真っ白い肌が見えてしまうだけでも、己の理性を保つ為にタスクは苦闘を強いられることになったが。それを除けば、僅かな問題もなく『聖気』を付与することができた。
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アルシェ・ストレンシア・ペルム・セルハ
〈理術賢者〉Lv.161 (NextEXP:2,108,980/2,592,100)
- 古代森林種(4297歳)
- 六耀の魔女、銀の森の管理者
生命力: 1442 / 1442
魔力: 3117 / 3117
〔聖気〕:1
[筋力] 356 [強靱] 543 [敏捷] 699
[知恵] 1935 [魅力] 1182 [加護] 1007
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〔所持スキル〕 - 全177種
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付与を終えてから〈鑑定眼〉のスキルでアルシェのことを視てみると、彼女の中に聖気が『1点』付与されていることが明瞭に判る。
魔力量に較べれば微々たる量だが。付与された聖気は、アルシェの膨大な魔力に押し潰されることもなく、彼女の体内に存在を確立していた。
「ふむ、なるほどのう……。自らの体の内に意識を向ければ、心臓に近い位置に、魔力と相反する力が違いなく存在していることが何となく判る。
流石に『1点』では何もできる気がせぬが、旦那様からより多くの聖気を付与して貰えれば、儂にもちょっとした神聖魔法が使えるかもしれんな」
「だとするなら僕の【聖気付与】は、付与を施した相手に一時的に神聖魔法を使用可能にする効果、と考えれば良いでしょうか」
「その可能性はありそうじゃな。1日に『1点』しか付与できぬ現時点ではほぼ役に立たぬが、今後レベルが上がれば化けるスキルとなるかもしれぬ。これでまた旦那様のレベルを上げる理由がひとつ増えたのう」
まるで自分のことのように、嬉しそうな表情でアルシェがそう語ってくれる。
アルシェが自分の将来性に期待してくれる。そのことが―――もちろんタスクにとっては、何よりも強いレベル上げの動機にもなるのだった。
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お読み下さりありがとうございました。
評価やブックマーク、誤字報告等もありがとうございます。
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□アルシェ(本体)
- 聖気 :0 → 1
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