07. 魔女と歩く旅路 - 1
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「「おはよう、旦那様よ。今日も良い朝じゃのう」」
「―――わあっ!?」
異世界で暮らし始めてから二週間ばかりが経ったある朝のこと。
アルシェとの蜜月生活にも慣れ、多少のことでは動じなくなってきたタスクも、その朝ばかりは大いに驚かされる羽目になった。
何しろ―――目覚めるとアルシェが二人に増えていたのだから。
「くふふ、さすがに旦那様もこれには驚くか。密かに準備しておった甲斐があったというものじゃのう」
「ま、まさかのダブルアップキャンペーン……!? 僕は一体、どちらのアルシェを愛すれば……!!」
ここぞとばかりに、タスクに身を擦りつけてくる二人のアルシェ。
魔法が有る世界なのだから、何でもアリかとは思っていたが。まさか最愛の人が二人に増えてサンドイッチされる機会があろうとは、夢にも思わなかった。
―――というか寝起きということも相俟って、いま体感しているこれが夢の中での出来事ではないかと、思わず自分の頬を抓って確認してしまったぐらいだ。
「どちらも間違いなく儂じゃから、等しく愛でてくれればよいが。……まあ、同じ名前じゃと呼び分けるときに面倒か。それに儂とは違う名前にしておくほうが、旦那様と一緒に行動させる上で不都合も少なかろうし……。
そうじゃな―――では、こちらの分体は『ルシェ』という名前にしようか。儂と同じく、旦那様の愛情でルシェのことも可愛がってやってくれ」
アルシェがそう告げると、その隣のルシェがぺこりとこちらへ頭を下げた。
外見は瓜二つ―――というより、どちらもアルシェそのものなのだが。よく見てみればアルシェが『分体』だと告げたルシェの側の体付きは、本体の背格好よりも一回り小さいことが窺えた。
元々アルシェは130~140cmの背丈しかない小柄な体躯をしているが、分体であるルシェの背丈はそれよりも更に一回り小さく、およそ120cm程度しかない。
日本人の発育を基準に考えるならば、小学校低学年の女子でもルシェより身長の低い子は少ないだろう。
「その『分体』というのが今ひとつ判らないのですが……。もしかして、ルシェは自律行動できるだけの知能を有しているのでしょうか?」
「いや、知能は無い。ルシェは所詮、儂自身を模した形に魔力で練り上げた肉体のようなものじゃからな。自由に儂が遠隔操作できるだけの人形に過ぎぬよ。
つまり分体がある間は、儂は本体と分体の両方を意識して操作することになる。無論、二人分の身体を同時に操作するのは難しいゆえ、実際には片方の身体はほぼ放置状態になるじゃろうが」
「ふむふむ……。では先程ルシェが小さく頭を下げてみせたのも、アルシェがそのように身体をそう操作したから、ということでしょうか?」
「うむ、その通りじゃな。お辞儀ひとつとってもルシェは自発的に行動できるわけでは無く、あくまでも儂自身がそのように操作せねばならぬ。ま、この程度の簡単な所作であれば、本体と同時に操作してもさして難しくはないがの。
ルシェの身体は常に儂自身が操作しているのだから、ルシェのことは儂本人そのものであると理解してくれればよい。旦那様がルシェと何か話をするなら、それは儂と会話することに等しい。また、ルシェの身体が感じる五感の全ては共有され、自分自身の体感と同じように儂はそれを認識することができる。
旦那様にルシェの身体が抱き締められたなら、儂はそれを自分自身が旦那様から抱き締められているように感じることができるわけじゃな。ゆえに、遠慮は無用。どうかルシェのことも、儂自身と同じように可愛がってやってくれ」
「……よろしいのですね? では全力で可愛がってしまいますが」
「おお……だ、旦那様の目が据わっておる。だが、この六耀の魔女、逃げも隠れもせぬ! どこからでも可愛がるがよいわ!」
威勢良くそう答えてから、ちょこんとタスクの膝の上に腰掛けるルシェ。
期待するような上目遣いが、なんとも可愛らしすぎて尊死しそうだ。
折角なのでタスクは、ベッドの上でルシェの身体を後ろから優しく抱き竦めながら、存分にその頭を撫で回してみた。
あすなろ抱きって、ロマンがあるよね。
「ふぉあ、あ、あ、あぁ……。や、やば、やばいぞ、これは、ダメになる……」
恍惚の表情を浮かべながら、なすがままに可愛がられるルシェ。
綺麗で艶やかなルシェの金色の髪をくしゃくしゃにしながら愛でると、ルシェの隣でアルシェもまた恍惚の表情をしながら身悶えていた。
「ところでアルシェは、一体何のために分体を作ったのです?」
「うむ。儂には魔女としてこの地を護る役目があるゆえ、なかなか『銀の森』から自由に出歩くというわけにはいかぬのでな。
そこで儂の代わりに、分体であるルシェを旦那様に連れていって貰おうと思ってのう。ここ十日ほど掛けて少しずつ自分の魔力を分け与え、分体を作成しておったのじゃよ」
「連れていくって……どこにでしょう?」
「いずこかの『都市』に、じゃな。ここから近いのじゃと、北方ならフェルノー、南方ならパゼラーダという都市がある。どちらでも『掃討者ギルド』の施設はあるゆえ、旦那様の好きなほうで構わぬぞ」
「掃討者ギルド……? その『掃討者』とは一体何でしょう?」
「掃討者とは、魔物を討伐して生計を立てておる狩人を示す言葉じゃな。『掃討者ギルド』は彼らの稼業をサポートし、報酬を支払う組織のことを指す。
……ま、朝食を用意してあるゆえ、詳しい話は食べながらするとしよう。少し長い話になるかもしれぬしな」
アルシェにそう促され、手早く着替えてから居間で朝食を摂る。
メニューは温かなスープと粥、それと焼きたてのパンに幾つかの果物。
元居た世界でタスクは朝食を多めに摂る生活をしていたため、アルシェに頼んでこちらでも朝食の量を増やして貰っていた。
粥はタスクが自ら調理したもので、スープはアルシェのお手製、パンは森の中にあるダークエルフの集落で焼かれたものだ。
『収納魔法』には幾つか種類があり、その中には収納した物品を『入れたときと全く同じ状態のまま留める』効果を持つものがある。
なので粥もスープもパンも、数日前にアルシェと一緒に大量に調理したものを、彼女の魔法で状態ごと保管しておいたものだ。
出来たてと全く変わらない美味しい料理が、朝から調理の手間なくすぐに食べられるので、これは非常に便利だった。
嬉しいことに今はタスクも、この『状態が保存される収納魔法』が使えるようになる魔法の道具《マジックアイテム》を所持している。
タスクが左腕に付けている金色の腕輪がそうで、これは森で採れる薬草のうち、主に『ヒールベリー』や『マナベリー』、『銀茱』を保存するのに使用していた。
漿果系の素材は鮮度が落ちるのが速く、採取した瞬間から品質が少しずつ落ちていってしまう。それを危惧したアルシェが手持ちの材料で作成してくれたのだ。
「旦那様よ。既に何度も話しておるが、旦那様は『聖力』という数千人にひとりしか持たぬ、希少にして特別な力を有しておる」
「ええ、理解しています」
仄かに酸味の利いた粥を味わいながら、アルシェの言葉にタスクは頷く。
ちなみに一回り小さなルシェは、先程からタスクの隣で休止状態に入っていた。
二人分の身体を同時に操作するのは大変なので、もう止めてしまったようだ。
「しかも主神から直接力を授かった力だけのことはあり、旦那様の持つ聖力はまだレベルが『1』の身にありながらも、既に尋常ならざる程に膨大じゃ。
普通は聖力が『200』もあれば充分に神殿勤めの神官としてやっていける所を、旦那様は優に『1000』を超える聖力を有しておる。レベルが上がれば更に聖力が増すであろうことも考えると、その才、無駄にするにはあまりにも惜しい」
「それは―――その通りかもしれません。僕は聖力の使い途である『神聖魔法』を全く修得しておらず、聖力量の多さを持ち腐れにしてしまっていますから」
「儂は魔術しか扱えぬゆえ、神聖魔法を旦那様に教えることはできぬ。―――が、都市にあるいずれかの神殿を訪ねて多少の寄付でもすれば、神聖魔法について記した魔法書の写本を受け取ることはできるじゃろう。
魔法の修得には一定のレベルが要求するものが多いゆえ、レベルが『1』の身で扱える神聖魔法はあまり多くは無かろうが。それでも全く使えぬのと、ひとつでも扱えるのとでは大きな差があるからのう」
「なるほど……。では僕は分体のルシェを伴って近くの都市を訪ね、神殿で写本を貰い受けてくればよろしいですね?」
「うむ、それが主目的のひとつじゃな。幾許かの寄付が必要になるじゃろうから、ここ二週間で採取した薬草は全て持っていき、都市で売り払うとよい。幾らの値が付くかはわからぬが、寄付金と宿代程度ぐらいにはなるであろう」
タスクが両腕に付けている金と銀の腕輪は、ともに『収納魔法』を扱えるようになる効果を持つ。
このうち左腕にある金の腕輪は、入れている物の『状態を保存する』効果を持つ収納魔法が掛けられているため、中身の鮮度が落ちることは無い。採取した直後の新鮮さを保った漿果系の素材には、きっと良い値が付くことだろう。
右腕にある銀の腕輪は『状態保存』のような付加効果を持たないため、中に入れている物品の鮮度を保つことはできないが、代わりに入れておける容量が大きい。
ムラサキヨモギやコームハーブのような、もともと日持ちが良い薬草はこちらに大量に詰め込んでいる。二週間掛けてかなりの量を採取したので、こちらにも良い値が付くことを期待したい。
ちなみにタスクの腕輪に入っている薬草類は、あくまでもタスク自身が採取したものだけだ。アルシェは自分が採取した素材もこちらへ譲ろうとしてきたけれど、そちらは断固として断った。
自分の力だけで稼げるようになれなければ、甲斐性を得るというタスクの目的が薄れてしまうからだ。
「ん……? 先程アルシェは、神聖魔法の写本が主目的のひとつだと言いましたよね。と言うことは何か、他にも都市を訪ねる目的がお有りですか?」
「うむ。流石は旦那様じゃな、察しが良いので話が早い。折角『掃討者ギルド』がある都市を訪ねるのじゃからな。できればついでに都市の周囲で魔物狩りを行い、旦那様のレベルを『10』までは上げたいと考えておる」
「僕のレベルを、ですか……?」
「うむ!」
力強く頷きながら、アルシェはタスクの言葉を肯定してみせた。