06. 結界の魔女 - 5
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アルシェに付き添われながら、午前のうちから夕方までみっちりと『銀の森』の中で薬草採取を教わる。
こちらの世界―――〈アースガルド〉の植物は、どれも地球の植物に較べると葉や茎の色合いや模様、形状といったものが判りやすく、見るだけで何の植物なのか判別しやすい傾向があるようだ。
そのお陰か、初日ということもあり成果をあまり期待していなかったタスクの気持ちとは裏腹に、意外なほど薬草採取は順調に終わった。
アルシェから今回、見分け方を教わった薬草は全部で五種類。
傷を癒す薬の材料となる『ムラサキヨモギ』と『ロイカベリー』。
魔力を回復させる薬に用いる『コームハーブ』と『マナベリー』。
それに、この森林が『銀の森』と呼ばれる理由でもある『銀茱』。
薬草と言う割に、草よりも果実のほうが多かったりするが。どれも都市へ運べば買い取って貰うことができる、換金性のある素材であることに違いはない。
「……ま、幾らで買い取って貰えるかまでは判らぬがな」
アルシェが近隣の都市へ薬草を持込み換金を行っていたのは、およそ九百年ほど昔までのことだという。
当時の買取相場しかアルシェは把握していないため、これらの素材が現在の相場でいかほどの値がつけられるかは判らないそうだ。
「とはいえ、おそらく買取り自体を拒否されることは無いであろ。これらの素材はいずれも低級から中級の霊薬―――つまり『錬金術』で作成する薬の材料となる。多少需要が増減することはあっても、完全に消えることはあるまいて」
「二人で倹しく暮らせる程度のお金になるなら、僕としては充分ですね」
タスクは別に、この世界で果たすべき使命を持ち合わせているわけではない。
理想の女性であるアルシェと結ばれた以上、あとは慎ましくこの世界で二人生きられればそれで良いのだ。それ以上の金など望む必要は皆無だった。
「そういえば、どうして銀茱は採ってはいけないのですか?」
今日見分け方を教わった五種類の薬草のうち、銀茱だけは採ってはいけない薬草なのだとアルシェから教わっている。
触れるだけでも駄目と厳しく戒められたので(毒草の類だろうか?)とタスクは何となく思っていたのだが。ただの毒草が、森の名前の由来にまでなるというのも変な話のように思えるのだ。
「ああ―――銀茱は聖属性の薬草でな。魔力を持つ者が触れると、一瞬のうちに朽ちてしまい、その価値を失ってしまうからのう」
「聖属性……? どういう意味ですか?」
「ふむ、話すと少し長くなるが……。人族は人間であれエルフであれ、種族を問わずほぼ全ての者が魔法を行使する為の力である『魔力』を有しておる。そして魔力を有する者は全て、例外なく『魔属性』の存在なのじゃ。
この『魔属性』は『聖属性』の対極に位置する属性でな。『魔』と『聖』は相互に相殺し合う力でもなるため、魔力を持つ者が『聖属性』の植物である銀茱に触れてしまうと素材を摩耗させ、破壊してしまう」
「なるほど……。では例えば、何か採取するための道具を使って、素材に直接触れずに採取するというのでは駄目なのでしょうか?」
「駄目ではないが、それでも素材は価値の大半を失ってしまう。植物を採取するというのは、植物の一部を本体から切り離す行為であり、結局のところ植物を傷つける行為じゃろう?
銀茱はその小さな果実の中に『聖力』と呼ばれる癒しの力を蓄えておるから価値があるのじゃが、すると銀茱は採取時に付けられた傷を癒すために、蓄えていた『聖力』の大半を消費してしまうのじゃ。ゆえに結局の所、どうやっても素材の価値は殆ど失われてしまう」
「……では、どうすれば価値を保ったまま銀茱を採取できるのでしょう?」
直接触れても駄目。道具を使って、直接触れないようにしても駄目。
良い解決方法が判らず、タスクは首を傾げてしまう。
「それはの。人族の中にはごく稀に―――おおよそ数千人に1人程度の割合で、魔属性の力である『魔力』を持たず、代わりに聖属性の力である『聖力』を持って生まれる者がおるのじゃ。
その者が銀茱を摘み取れば、銀茱は傷口を塞ぐために消費した聖力を、採取者から吸収することで充填する。ゆえに果実の中には採取前と変わらぬ量の『聖力』が保持され続けるというわけじゃな」
「……『聖力』さえ持っていれば、普通に採取して良いのですか?」
「うむ。別に毒を持っていたり、採取に何か手順が必要な薬草というわけではないからのう。聖属性の人物であれば、普通に摘み取って大丈夫じゃな」
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タスク・タカヒラ
〈聖気師〉Lv.1 (NextEXP:0/100)
- 渡聖人(18歳)
生命力: 52 / 52
聖力: 1000 / 1000
[筋力] 12 [強靱] 20 [敏捷] 18
[知恵] 75 [魅力] 20 [加護] 1000
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確認のために、タスクは〈鑑定眼〉のスキルで自分の手を視てみる。
ステータス画面に『聖力』という項目があるのを今一度確かめた上で、タスクは近くに生えていた銀茱をひとつ摘み取ってみた。
その名の通りに銀色をした果実が、もぎ取った瞬間に一際強く輝く。
すると果実と茎との間の、千切られた接合部が一瞬のうちに塞がって。同時に、タスクは自分の中にあった力がほんの少しだけ吸い取られたのを感じた。
再度〈鑑定眼〉で視てみると、タスクの聖力が『980/1000』に減少している。
なるほど、アルシェが説明してくれていた通り、どうやら接合部を塞ぐために消費された銀茱の『聖力』が、タスクの身体から補充されたらしい。
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□銀茱/品質[100]
【カテゴリ】:薬草
【品質劣化】:-1.6/日
『銀の森』でのみ採れる特別な薬草。
最上位の錬金材料として大変便利に用いることができる素材だが、
聖属性の者でなければ採取できず、市場には殆ど出回らない。
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採取した銀茱を〈鑑定眼〉で視てみると、品質が『100』と書かれている。
品質という数値がどの程度あれば高いのかは判らないが。『100』というぐらいなのだから、おそらく素材が駄目になっているということは無いだろう。
「―――なんと。よもや、旦那様が聖属性とはのう」
「すみません。予めアルシェにも伝えておくべきでしたね」
「いやいや。『聖力』を持つ自分が希少な存在であるということを、おそらく今の今まで知らなかったのであろ? ならば無理もなかろうよ」
そう告げてアルシェは、銀茱を持っている側とは別のタスクの手を取り、その手のひらに自身の手のひらを触れ合わせてみせた。
「うむ―――こうして実際に手を重ね合わせてみれば、旦那様の身体の内に流れておる力が、儂とは対極のものであることが判るのう」
「……確かに。僕の内側にあるものとは別種の温かさが、アルシェの手のひらから伝わってくるのが感じられますね」
魔力とか聖力とか、そういうものには明るくないタスクだが。
こうして実際に手を触れ合わせてみると、意外に感覚だけでも理解できた。
「あー……。そういえば旦那様に、残念なお知らせがひとつある」
「残念、ですか? 何でしょう?」
「魔術とは、己の内にある魔力を利用して起こす奇蹟のことを指す。つまり魔力を持たぬ旦那様には、絶対に魔術の類は使えぬ事になるのう」
「ああ、なるほど……」
収納魔法のように難易度の高い魔術は難しくとも、生活魔法などの簡単な魔術であれば、魔術の才能が乏しかったとしても問題無く修得出来る。―――そう過去にアルシェは言っていたが。
何事にも例外はあるということだろう。才能が乏しいどころではなく、そもそも才能がゼロであるタスクには、どうやら生活魔法さえ修得はできないらしい。
こうして異世界に来た以上、やはり魔術を使うことに多少の憧れはあっただけに正直を言って残念ではあった。
「但しこれは、悲嘆するようなことではない。旦那様は『魔力を用いる魔法』こそ確かに扱えぬが、代わりに『聖力を用いる魔法』を扱うことができるからの」
「聖力を用いる魔法……?」
「うむ。『聖術』や『神聖魔法』と呼ばれるものでな、主に癒しの奇蹟などを起こすことができる、大変貴重なものじゃ。何しろ『聖力』の所持者は数千人にたったひとり、つまり一万人もの人が住む大都市であっても、せいぜい2~3人程度しかおらぬことになる。癒しの奇蹟を起こせる者は、上級の魔術を扱える者よりずっと希少な存在じゃよ。
しかし、旦那様にはそれを扱える才能がある。無論、才能の多寡はちゃんと調べてみねば判らぬがな。魔力を持っていれば誰でも優れた魔術師となれるわけではないのと同じように、聖力を持っているからといって、旦那様が優れた癒し手になれるとは限らぬ」
「ああ―――それについては、期待して頂いて良いかもしれません」
「ほほう、それは何故じゃな?」
「この世界に送られる際に『神様』から言われたんです。僕に治療術や強化術などを得意とする才能を与えましょう―――と」
「なんと!! 主神のお墨付きとは、なるほど期待できそうじゃのう!」
そう言って、アルシェは本心から嬉しそうに声を張り上げてみせた。
目の前で愛しい人が、まるで自分の事のように喜んでくれる。そのことがタスクにも、また堪らなく嬉しかった。