05. 結界の魔女 - 4
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翌朝、タスクとアルシェの二人は揃って薬草採取に出掛けた。
タスクは殆ど何も荷物を持たずに出発したが、唯一アルシェから貰った銀の腕輪だけは右腕に身に付けている。
これは昨晩アルシェが話していた『収納魔法』が使用可能になる魔法の道具だ。これを装備していると、タスクがいま手に持っているアイテムを異空間へと収納したり、逆に収納してあるアイテムをタスクの手に自在に取り出したりすることができるようになる。
収納した物品は重量を感じなくなり嵩張ることもなくなるため、森で薬草採取を行う上でこれほど便利なアイテムも無いだろう。
「……薄着の旦那様は、眼福じゃった……」
タスクの隣を歩きながら、小さな声でそんな言葉を漏らすアルシェの表情は、まだ早朝だというのにほんのりと赤らんでいた。
ベッド上でアルシェが酒に潰れて眠ってしまったため、仕方なく昨晩はタスクも同じベッドに同衾して眠ったわけだが。その際に、タスクはアルシェからの言葉を律儀に守り、肌着以外の衣類を全て洋箪笥に収納してから眠った。
目覚めた直後から、いきなり目の当たりにしたのが下着姿の男であったことが、アルシェにとっては余程の衝撃であったらしい。
早朝から慌てふためき、顔を真っ赤に染めたアルシェはとても可愛かった。
「下手すると迷いそうですね……。何か森で迷わないコツとかってありますか?」
鬱蒼とした森の中は、どちらを見ても同じような景色ばかりで判別が付かない。
いちど迷えば、もうアルシェの家へは戻れなくなるような気がして。少しばかりの不安を覚えながらタスクがそう訊ねると、アルシェは少し考え込んで「ふむ」と漏らした。
「そうじゃな……。もし迷ったならその時は、誰でもよいので出会った者に『魔女の家はどこにある?』と訊ねてみれば良かろう。この『銀の森』に棲む者ならば、儂の自宅を知らぬ者などおりはせぬからな」
「この森にはアルシェ以外にも人が住んでいるのですか?」
「うむ。ここは儂の管理地であるゆえ、儂と同じ古代森林種の集落がひとつある。あまり人数は多くなく、十五人ぐらいが住まう小さな村だった筈じゃがな。
それから他にも―――この『銀の森』には多数の人ならざる者が棲んでおる」
「人ならざる者……?」
「うむ。即ち、魔物や精霊などじゃな」
そう言って、アルシェは前方を指し示す。
示された先には森が切り開かれており、家屋が点々と並ぶ集落が広がっていた。
先程アルシェが言っていた古代森林種の集落だろうか、と一瞬タスクは考えるものの。すぐに見渡せる分だけでも二十件以上の家屋が並んでいる様子なので、どう見ても十五人規模の村落にしては大きすぎる。
「ここは魔物の集落じゃよ。魔人に鬼人、魔林種を始めとした、幾つかの種類の魔物が共に棲もうておる」
「魔物が、村をですか……?」
「左様。この地に棲まう魔物たちは、いずれもレベルが高く、高い知性を備える者ばかりじゃからな。
世の中に溢れておる一般的な魔物とは異なり、暴力性ばかりに捕らわれて人間を見境無く襲うような真似はせぬし、逆に他者と譲り合うことで生活を豊かにできる社交性をも有しておる。意外に性格も温厚な者が多いのじゃぞ」
「へえ、それは面白いですね」
アルシェの話を聞いて、タスクは興味深げに頷く。
もっとも、魔人や魔林種と聞いてにタスクが真っ先思うのは、どの魔物も寿命が長そうなので、ロリババアも普通に居たりしそうだなということだが。
「……アンデッドも暮らしているのですか?」
雨漏りの修繕をしているのだろうか。タスクの視線の先、それなりに離れた場所には、建物の屋根に登って金槌をふるう骸骨の姿も見えたりする。
「アンデッドだからといって、邪悪であるとも限らぬしな。それに、アンデッドも元を辿れば人間であろう? 高レベルのアンデッドは生前の記憶を有しておる者が多いゆえ、むしろ下手な魔物より協調性を持っていたりするのう」
「なるほど。生前は人間―――言われてみればその通りですね」
「とはいえ流石に、ゾンビのような不衛生な魔物は御免被りたいがのう。骸骨ぐらいであれば可愛いものよ。
―――ああ、噂をすれば何とやらじゃな。ちょうど別のアンデッドもおるぞ」
「別の?」
「うむ。コーム爺!」
そう言ってアルシェはどこかに向けて声を張り、ぶんぶんと手を振ってみせる。
家屋の並びとは少し離れた場所に設けられている、畑で作業をしていた誰かが、アルシェの声に反応してこちらに手を振り返してみせた。
おそらくは、あの人物が『コーム爺』なる人物なのだろう。爺と呼ぶぐらいなのだから、好々爺のような方だろうか―――そう思いながらアルシェと共に畑の側へ近寄っていくと。やがて、よく見えるようになってきたその人物を見て、タスクは少なからず訝しく思う。
(……農作業をするのに、なぜ鎧を着込む必要が?)
アルシェに『コーム爺』と呼ばれた人物は、重厚な全身鎧を身に纏っていた。
背丈はタスクよりも二回りは高く、随分と大柄な体躯をしている。だから全身鎧を着込んでいるその姿は大変に立派で、とても似合ってはいるのだが……。
―――と、そこまで訝しく思った所で。
とある事実に気付かされ、タスクは思わず度胆を抜かれた。
重厚な全身鎧を着込んでいる『コーム爺』には、頭部が無かった。
甲冑はヘルメットの部分が欠けており、よく見れば首から下しか無い。
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〔デュラハン・ジェネラル〕
死霊 - Lv.119 〔287,980exp〕
体力:63,770 / 魔力:18,280
[筋力] 1390 [強靱] 1660 [敏捷] 922
[知恵] 858 [魅力] 879 [加護] 847
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〈鑑定眼〉のスキルで視てみると、そこには『デュラハン・ジェネラル』という文字列が綴られていた。
(なるほど……首無し騎士か)
表示されている情報には『コーム爺』なる名前は表示されていない。
タスクやアルシェを視た時とは、表示されている情報の形式も少し異なっているようだ。経験値欄にも『この相手を討伐したときに獲得できる経験値』を示す数値がが記されている。
どうやら人間と魔物とでは、〈鑑定眼〉のスキルで視たときに表示される情報が異なるらしい。
「ほっほっ。そんなに声を張り上げずとも、聞こえておるぞい」
おどろおどろしい見た目に反し、頭の欠けた全身鎧の魔物は、いかにも好々爺といった人の良さそうな優しい声でアルシェに応じていた。
デュラハンはRPGでは比較的登場する機会の多いモンスターだが、どのゲームでもその戦闘能力は総じて高く、大抵は雑魚モンスターと比較にならない力を有するボスモンスターとして配役される。
目の前でアルシェと歓談する『コーム爺』なるこの人物も、〈鑑定眼〉によれば非常に高いレベルと能力値を有している。穏やかな口調とは裏腹に、かなりの強者であることは間違いないだろう。
思わず一歩後ずさり、心の中で身構えてしまったタスクを見て。どこか愉快そうな調子で『コーム爺』はこちらに声を掛けてきた。
「ほほう、ワタクシめの強さがお判りになりますか。初めて見る顔のようですが、坊主はなかなか侮れんようですのう」
声は笑っているように思えるが、実際に笑顔なのかどうかは判らない。
何しろ相手には顔が―――頭部が、無いのだから。
「タスクは儂の旦那様じゃからの! コーム爺も仲良ぅしてやってくれ」
「ほ、ほ! なんとまあ、嬢ちゃんのムコ殿とな! これはびっくりですぞ!」
アルシェの言葉を受けて、コーム爺は両手を大きく拡げながら全身で驚きを表わしてみせる。なるほど、どうやら顔が無くて表情にでないぶん、感情を全身で表現するタイプらしい。
その後、コーム爺はズカズカと早歩きでタスクのすぐ傍にまで急接近し、タスクの両手を掴んでぎゅっと握り締めてきた。
―――ちょっと痛い。
「ムコ殿、嬢ちゃんのことを頼みますぞ! ああ―――ついに! 四千年余りにも渡る、嬢ちゃんの長き男日照りの日々に終止符が打たれる時が……!」
「お、男日照りなどと言うな! 馬鹿爺っ!!」
怒ったアルシェがコーム爺の背中を平手で叩くが、重厚な板金鎧が小気味の良い金属音を立てただけで、コーム爺本人にダメージは一切無かった。
むしろ鎧を素手で叩いてしまった、アルシェのほうが痛そうにしている。
「えっと……こちらこそ、是非よろしくお願いします。良ければ僕と出会う前の、アルシェの昔の話などを聴かせて貰えると嬉しいです」
「ほっほっ、昔語りは年寄りにとって何よりの楽しみ。幾らでも話しますとも!
そうですな、ではまず210年ほど前に嬢ちゃんが寝惚けて下着姿のままこの村まで歩いてきたときの話をしましょうぞ。いやあ、あの時は歳を取りすぎたせいで、とうとう嬢ちゃんにもボケが回ってきたのかと―――」
「は、恥ずかしい話はするでない!」
素手には懲りたのか、コーム爺の脛を今度は足でアルシェは蹴り飛ばす。
大柄な体躯が僅かにふらついた所を見るに、どうやら少しは有効だったらしい。もちろん痛い思いをしているのは蹴ったアルシェ本人のほうが上なのだが。
身を屈めて、タスクは畑に植えられている植物を間近で見確かめる。
あちらの世界―――日本で見たことのあるものに、相違ないように見えた。
「育てているのは大豆ですか?」
「ほう、お判りになりますか。家内が晩酌のお供に枝豆を好むものでして、いわばそのついでに育てているようなものですが」
「なるほど」
大豆を未成熟のうちに収穫すれば、それは枝豆となる。
もっとも日本では、大豆として収穫するものと枝豆の段階で収穫するものとでは別個の品種を扱うので、両方の収穫を見込んで育てるものでも無いが。
「ムコ殿は枝豆やダイズはお好きですかな? 今秋収穫致しますゆえ、ご入用なら嬢ちゃんの家まで幾らかお届けしますぞ」
「それは嬉しいです。もしご負担でないようでしたら、是非」
大豆はそのままでも一年ぐらいは保存が効くし、煮物に便利に使えるので、幾らあっても邪魔になるものではない。
それに―――流石に醤油や味噌を作るのは難しいだろうけれど。豆乳やきな粉に加工する程度であれば、さして知識のないタスクにも出来そうな気がする。
「では、嬢ちゃんとムコ殿の婚約祝い代わりに、収穫したら持って行きますのう。もっとも今年で二年目ですから、来年は別の作物に切り替えねばなりませぬが」
「ああ……。連作障害ですね」
大豆は栽培の難易度こそ低いが、連作障害が非常に生じやすい作物でもある。
二年に渡って同じ場所で栽培したら、三年目にはほぼ間違いなく障害が生じる。なので少なくとも向こう二年から三年の間は、その畑で栽培するものは別の作物へ切り替えなければならない。
但し、大豆はマメ科の植物なので、根粒による畑への窒素固定が期待できる。
同じ畑で2~3種類を切り替えながら栽培する共栄作物としてなら、むしろ優秀な作物だと言えるだろう。
「ふむふむ、旦那様はダイズが好きか。何か他にも好物などはあるのかの?」
隣のアルシェからそう問われ、一瞬だけタスクは考え込むが。
よく考えてみれば、日本人なのだから迷うようなことでもない。
「こちらの世界にもあるかは判りませんが……米が好きですね。毎食とまでは言わなくても、できれば毎日一食は頂きたいぐらいに」
「ふむ、コメか。この辺りではなかなか手に入らぬものじゃが、東方寄りの国では有り触れた食材だと聞く。大量に収穫できるらしく安価でもあるな。
幾つかの東方国家を転移先として記憶してあるゆえ、やろうと思えば転移の魔術で買付けに行くことは難しくないぞ」
「それは有難い。お金の余裕ができたら、是非お願いさせて下さい」
諦める他にないなら仕方ないが、手に入るのであれば諦めきれない。
日本人にとっての米とは、つまりそういうものだろう。