01. prologue
年始は物事を始めるのに良い機会と思いまして、
試し書きだけしていたお話を真面目に書いてみることにしました。
できる限り頑張って書いてみるつもりです。どうぞよろしくお願い致します。
「でしたら、ロリババアが実在する世界に連れていって下さい」
正面に立つ、幾つかの世界を管理しているらしい『神様』を名乗る優男風の男性から「何か望みは無いですか」と問われて。
少年―――高比良丞が、迷わず真っ先に希望した言葉がそれだった。
歩道にまで乗り上げてきたトラックに轢き潰され、殆ど苦痛らしい苦痛さえ感じる間もなく『死』を経験した丞は、もう日本での生活には戻れない―――いわゆる『異世界行き』が不可避の状況にあるらしい。
だが、そんな漫画やライトノベルに有り触れた件について詳しく触れた所で、既に『異世界転移』モノを散々読み慣れおられる諸兄には食傷モノだろう。
故に経緯は割愛する。
「えっと……その『ロリババア』というものは。いわゆる、かなり歳を召しているにも拘わらず、非常に幼い外見をした女性のこと……と理解しても?」
『神様』がどこか困惑気味に、丞の言葉にそう問い返した。
「そうです。見た目は自分よりも年下で、けれど実際の年齢が還暦を超えている。個人的には外見年齢と実年齢の間にそれぐらいのギャップがある感じが大好きなのですが、難しいでしょうか?」
「は、はあ。丞さんが『ロリババア』なるものをお好きなのはよく判りますが。
普通はこう―――これから異世界へ転移するのですから。転移先の世界で欲しい才能とか異能とか、そういうものを希望するものではないでしょうか?」
「『ロリババア』が実在する世界に行けるのでしたら、それ以上に望むべきものはありません。才能とかそういうのは別に、好きにして頂ければと」
「そ、そうですか。丞さんはなかなか酔狂で豪毅な方のようですね……。
―――いえ、そういう方は、個人的には嫌いではありませんが」
タスクの希望を受けて、優男風の『神様』は嬉しそうな声でそう答える。。
馬鹿にするような笑みではなく、どこか感心するような微笑みを浮かべながら。
「でしたら、その『ロリババア』なる女性が実在する世界にお送りするのを前提としまして。その上で、転移先の世界で丞さんが得る才能は、私が勝手に決めさせて頂くことに致しましょうか。
そうですね……まず〈鑑定眼〉のスキルは必須でしょう。このスキルがあれば、自分や他人、あるいはアイテムなどの詳細情報があなたにとって最も判り易い形で閲覧できるようになります。人を対象に用いれば、相手の実年齢なども正確に判るようになりますから、丞さんの好きな『ロリババア』を転移先の世界でお探しになるのも、きっと楽になることでしょう」
「なるほど……。それは確かに、僕にとっては嬉しいスキルです」
「あとは当然〈自動翻訳〉も持たせるとして……。魔物が普通に存在している世界ですと、長く生きている人達は自然と『魔物を討伐する技術』を確立している方が多いと思われます。つまり、武器戦闘や魔術などといったものですね。
なので、丞さんにはそういった長寿の方をサポートできる天職を与えましょう。つまり治療術や強化術などを得意とする才能ですね。自分に取って好ましい対象が目の前に居て、けれどその人が怪我や病気などに苦しめられているならば、それを治してあげたいと思うのは自然なことですよね?」
『神様』からそう訊ねられ、丞は数秒ほど考えた後に力強く頷く。
確かに、目の前に自分の愛すべき人がいるならば、その人に健やかにあって欲しいと思うのは当然の感情だろう。
「色々と気に掛けて頂くようで、すみません」
「いえいえ。丞さんのような良い意味で『馬鹿』な方は、やはり私としても応援したくなりますから。私からのささやかな応援の気持ちとでも思って下さい」
やはりその『馬鹿』という言葉の響きに、嘲りの色は含まれない。
むしろ少なからず敬意が籠められているような、そんな感じさえする。
「もっとも……私が与えるスキルは、あなたが転移後の世界で生きる為には役立つかもしれませんが、あなたの恋路が成就する役に立つかどうかは判りません。
あなたが好ましく思う相手から、あなた自身もまた好ましく思われ、幸せを掴み取れるよう精一杯頑張ってみると良いでしょう」
「判りました。素敵なお嫁さんを迎えられるよう、最大限の努力をしてみます」
「とはいえ、そもそも尋常でない年齢に達していながら未だ『独身』という人は、結婚自体をとっくの昔に諦めているケースが多いようにも思いますから……。
若い男性から本気で口説かれればそれだけで、案外簡単に籠絡されてしまう方も多い気がしますけれどね」
そう告げて『神様』は苦笑気味に微笑んでみせる。
―――その姿が、ひとたび朧気に揺らめいたかと思うと。次第に『神様』は、まるで幻が掻き消えていくかのように徐々に薄れて見えなくなっていく。
ものの十秒も経たないうちに。やがて丞からは『神様』の姿が、完全に視認できなくなってしまった。
「さて―――お別れです。どうかあなたに、良き第二の人生があらんことを」
もう姿が見えない『神様』の最後の言葉が、丞の頭の中へ直接届いた。
「せめて私の管理する世界の中で、最も老齢でありながら年若い見た目をした女性の元へと送って差し上げましょう。きっと丞さんには、それが何よりの餞になるでしょうから―――」
先程まで明るかった空間が徐々に暗くなっていき、辺り一面が闇に閉ざされる。
そのまま暗闇の中に落ちていくように、やがて丞は自身の意識を手放した。
*
世の中には八人の魔女がいる。
これは晴れた日の夜間に空を眺めれば、誰にでも判ることだ。
夜の帳を彩る無数の星々に混じり、魔星と呼ばれる一際強い光を放つ、特別な八つの星がある。魔星は八つのそれぞれが個性的な光を帯びており、一つとして同じ色合いではない。
魔星の光色は、その星を支配する魔女の『魔力の色』によって決まる。
そのことは人の口伝いに広く知られた事実だった。だからある程度の常識を持ち合わせている者であれば誰でも、夜空に浮かぶ八色の魔星を眺めれば、現在この世界に八人の魔女が居ることは容易に推察できる。
魔星は北にあるものから順に『一耀』『二耀』『三耀』と数える。
北から六番目に位置する星であれば『六耀』と呼ばれ、その星を支配する魔女は『六耀の魔女』の異名を持つというわけだ。
そんな六耀の魔女―――アルシェは魔術書の頁を捲る指先を不意に止めた。
朝食を終えたあと目覚めたばかりの頭で楽しむ読書は、アルシェにとって何より好ましい時間の過ごし方でもある。無粋な中断を余儀なくされたことにアルシェは僅かに顔を顰めるが、幼くも凛々しい彼女の顔立ちはその程度で崩れない。
アルシェが読書を止めた理由。それは彼女の支配領域である『銀の森』に展開している結界魔術に、妙な違和感のようなものが生じたからだ。
魔術師は自分が維持している魔術に対して、接続した感覚を持つことができる。
だから判るのだが、アルシェが張った結界には間違いなく誰も触れていない。
誰も結界を通過していないし、外部から攻撃も受けたわけでもない。
―――だというのに。アルシェは結界の内側に、明らかにこの森に本来棲息している魔物や動物とは異なる、未知の『誰か』の存在を感じ取っていた。
(結界を『通過』せず、直接内側に入り込んで来た者がいる……?)
得心がいかず、アルシェは首を傾げる。
真っ先に疑うべきは『転移魔術』の可能性だろう。けれども、生憎とアルシェの結界魔術は『転移魔術』による侵入さえ阻む力を持つ。
よほど高位の『転移魔術』を用いれば、あるいはアルシェの結界さえも無視して内側へ直接侵入することも可能かもしれないが……。そんな芸当が可能な魔術師がいるとするなら、それは『二耀の魔女』ぐらいのものだろう。
そして、その可能性は有り得ないと断言できた。『二耀の魔女』は義理堅い性格の魔女なので、アルシェの元を来訪する際には必ず事前に【念話】の魔術で連絡を寄越してくるからだ。
「……確認せぬわけにはいかぬ、か」
誰にともなくアルシェは独りごちると、壁に掛かった外套を手に取る。
様子を見に行くだけだ。暖炉の火を落とす必要は無いだろう。
そう思い、外套だけを手早く羽織ってからアルシェは自宅を出た。