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とろけるテールスープ

 ――おかしなことになった。


 とりあえず、背中に感じる重みを体の正面へと移動させる。

 そうして、幼女の顔を覗き込めばそこにはきらきらと輝く碧色の目があって……。


「おい。ギルド職員の話は?」

「断りましたわ」


 まっすぐな言葉。

 それから逃げるように、後ろを確認してみれば、さっきのギルド職員が肩をすくめていた。

 そして、室内を見渡せば、いまだに痛みに呻く男とそれを介抱するヤツら。他のヤツらは成り行きを確かめるように俺をじっと観察していた。


 ……面倒だな。


「とりあえず、メシを食うか」


 ぼそりと呟けば、それに同意するように腕の中の幼女がぎゅうっと首に手を回した。



 ***



「すごい……! ここがキャンプ地……テントの中にはベッドもあるし、清潔な寝具もある……野宿とは思えませんわ……!」


 街のそばにある小高い丘。

 俺が寝泊まりをしているそこへ連れていくと、幼女は声を上げて驚いていた。

 その声を聞きながら、とりあえず、抱き上げていた体を下ろす。

 すると、しばらくは目を丸くして辺りを見回していた幼女は不思議そうに首を傾げた。


「ここに入るときに違和感がありましたわ。なにか仕掛けがあるんですの?」

「ああ。よくわかったな。ここには魔法がかけてある。空間魔法と幻覚魔法を合わせてな。だから外からこの場所を見てもなにもない丘にしか見えないし、近づいても、キャンプ地には入れない」


 そう。ここに近づいたものは少しだけ空間がズレて、キャンプ地を通り過ぎるようになっている。

 これは面倒事を避けるため。

 自分の居場所を知らせたくない俺にはとても重宝している魔法だ。

 この魔法があるから、俺は街の宿屋などには泊まらず、基本的に野宿をしている。

 魔法自体は宿屋の部屋にもかけることはできるが、空間がズレたことに気付かれやすいのだ。やはりこの魔法は家具や壁などがない開けた空間のほうが使いやすい。


「空間魔法と幻覚魔法……! そんなの聞いたことがありませんわ……!」


 俺が当たり前のように答えたそれに、幼女が碧色の目を大きく開ける。

 だから、俺はそれに肩をすくめてみせた。


「まあ俺は戦いが得意ではないからな」


 そして、空間の裂け目から、椅子を取り出す。

 焚き火を囲むためのそれは足が短く、少しだけ奥に向かって傾斜がつけられている。

 幼女には少し大きいかもしれないが、浅く腰掛けるか、靴を脱いで体のすべてを上げてしまえば、問題ないだろう。


「メシの準備をするから座って待ってろ」


 声を掛ければ、幼女はおとなしくそれに従いながらも、呆然と呟いた。


「……あんなにつよいのに戦いが得意じゃないなんて。どう見ても、体術だけでSクラスに見えましたのに」


 そうして、幼女が椅子に座るのを確認した俺は、早速、メシの準備に取りかかる。

 まずは火起こし。

 勇者たちといたときは炎魔法が使えなかったから、火種で火起こしをしなくてはならなかった。

 けれど、今は空間から取り出した薪に炎魔法で火をつけるだけだから簡単なもんだ。


 俺と幼女の前にあるかまどに薪を入れ、そこに掌をかざし、炎魔法を使う。

 あっという間に火が付いた薪はパチパチと音を立てながら燃えた。

 そこに空間から取り出した大きな鍋を置く。


 これは勇者たちに作っていたものだ。

 空間の中は時間が停止しており、中にあるものが変異することはない。

 俺の分と幼女の分。ちょうどそれで鍋が空になるだろう。


 火にかけられた鍋の中身が温まってくると、辺りにはいい匂いが漂い始める。

 そんな匂いにつられるように、幼女はくんくんと鼻を効かせた。


「とてもいい匂いがしますわ。中身はなんですの?」

「これはレガト牛の尻尾が入っている」

「しっぽ……ですか?」

「ああ。レガト牛はな、尻尾もうまいんだ」


 この鍋に入っているのはレガト牛のテールスープだ。

 俺がいるこの辺りはレガート侯爵が納めており、豊かな牧草地で育てる赤牛が名産になっている。

 赤牛は脂肪は少ないが、赤身にしっかりと味があり、うまい。

 その赤牛は侯爵家の名前を取り、レガト牛、と呼ばれている。

 今回はそのレガト牛の尻尾をしっかりと煮て、スープにしたのだ。


 まずは大き目に切ったテールを水から茹でこぼしにする。

 沸騰させることで、余分な脂をとり、さらに臭みも消していくのだ。

 そうしてしばらく茹でた後は、しっかりと水で洗う。

 表面についた血などを取り除けば、テールの部分のいやな臭みはほとんどなくなる。

 あとはにんにく、しょうが、ねぎなどの香味野菜と一緒に時間をかけて煮ていくだけだ。

 しっかり煮込んだ後、香味野菜は取り出し、岩塩で味を調える。


「しっぽが食べられるなんて知りませんでしたわ」

「たくさん取れる部位でもないしな。まあ、食ってみろ」


 鍋の蓋を開ければ、そこにはクツクツと煮立ったスープ。

 少し白濁した色はしっかりと煮こまれた証拠だ。

 鍋の中をおたまでぐるりと混ぜ、まずはテールを取り出す。

 それを空間から取り出した器に入れ、さらにクコの実をパラパラと散らした。

 そして、そこにゆっくりとスープを入れればあたたかな湯気がふわふわと広がり――。


「レガト牛のテールスープだ。とろけるぞ」


 できあがったスープを渡せば、碧色の目が丸くなる。

 そして、一緒に渡していたスプーンで慎重にスープを掬った。


「いただきます」


 きちんと挨拶をして、スープを口に入れる。

 すると、その瞬間、碧色の目がゆるゆると溶けていった。


「おいしいですわ……!」


 幼女のぽわぽわと紅潮していく頬がそのうまさを物語っている。


「しっぽ、と聞いたので、クセがあるのかと思っていましたが、牛の旨味がすごく詰まっていますのね。レガト牛の赤身のおいしさ、お肉自身の味がしっかりとスープに出ていますわ」

「ほら、スープだけじゃなく、肉も食ってみろ」

「はい!」


 幼女は元気よく返事をした後、紅潮した頬のまま、スプーンでテールをほぐす。

 簡単にほぐれるそれにわぁと呟き、小さくなったそれをぱくりと口に入れた。


「とろけますわ……」


 そして、また碧色の目が溶ける。


「お肉の部分ととろりとした部分と。それがスープと一緒にすぐになくなってしまいました……」

「お前の目もなくなりそうだな」


 くくっと笑えば、幼女のぽわぽわと紅潮した頬がさらに赤くなっていく。


「ほら、いっぱい食え。俺も食うぞ」

「…っはい!」


 それから、幼女は何度も声を上げて、目を溶かして。

 しっかりとすべてを食べきって、ごちそうさまでした、と食器を置いた。


「おなかがぽかぽかあったかいのです」

「そうだな。香味野菜を使っていたし、クコの実も栄養があるからな」


 両手をおなかに当てている幼女に頷いて返す。

 すると、幼女は一度、目を閉じた。

 そして、意を決したように目を開けると、まっすぐに俺を見た。


「わたくしの元の名前はフィニアリーズ・レガート。侯爵の跡取りでした」

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