第5話 文字盤
肩まで伸びた色素の薄い金髪は透き通るようにキラキラと輝き、長い睫毛から覗く青い瞳は海の底でも光り輝く宝石のよう。
スラリと伸びた背に、長い手足を持て余して微笑むその人物は男か女かも判断しかねる。
腕を組んでこちらを見据えるその姿は男にも見える。しかし白い肌と二重瞼(二重瞼)の品の良い顔立ちは女にもとれる。
「よくここに辿り着いたね」
オレが言葉に迷っていると、謎の人物が先に口を開いた。
「君は運がいい」
そう言ってその人は薄い唇の端を持ち上げた。青い目がオレを上から下へと舐め回すようにゆっくりと動く。
ぱちり。
その吸い込まれそうな瞳と目が合って、オレはピクリとも動けなくなる。自分の全てが、指を動かす感覚も、声を出す喉の動きも、瞼を閉じる瞬きさえも奪われてしまったかのように錯覚する。
「俺はトキセ。この店の店主さ」
高いとも低いともいえない心地の良い声が耳に届く。
トキセと名乗ったその人物はゆっくりとこちらへ近づいてくる。裾の長い服を翻して、サラサラの金髪を揺らしながら。
「さあ、君の名前を教えておくれ」
サファイアの目に捕らえられたオレはもう、逆らう事が出来ない。
「とうま、速水冬馬」
素直に答えたオレにトキセは満足そうに微笑んだ。
「冬馬か。いい名前だね」
「あ、ありがとう」
いい名前、なんて自分の名前を褒められたことなんてないがために、ありがとうという反応が正しいのかはよくわからない。でもトキセと名乗る人物があまりにも綺麗に笑うものだから、オレは思わず見惚れてしまった。
「さあ、せっかくここまで辿り着いたんだ。なにか欲しいものはあるかい?」
「え!?」
トキセはコツコツと踵を鳴らして店内を見渡す。やがてこちらを振り返りにこりと笑った。
「ここは滅多に見られない不思議な時計が溢れているんだ」
カチリ、と音を立てて大きな古時計が低い音を鳴らす。ボーンボーンと響く重たい音が店内に充満していく。
「そうだなあ、君にはこの時計がおすすめだけどね」
そう言ってトキセが触れたのは、あの太い木の幹。床から生えるその木は壁を沿うようにまっすぐ上へと伸び、天井にその葉を広げている。そしてその太い幹に大きさの違う文字盤が四つ。
トキセは片方の口角を上げ、不敵に笑った。
「これは"人時計"といってね、人の寿命を指し示すんだ」
それぞれが別々の時間を示す四つの文字盤のうちの一つが、カチッと音を立ててその針を"左へ"と動かした。
「寿命、それはすなわち残り時間。だから普通の時計とは違って左に動くんだ」
カチ、コチ。
店の中に置かれる様々な時計が針を動かす音の中で、トキセの声はやけにオレの耳に響いてくる。
「冬馬」
その声に肩をびくりと震わす。
「君には血を分けた兄弟がいるだろう?」
「え……?」
「それも母親の腹の中から一緒に生まれ落ちた兄弟」
「なん、で……」
「病に伏す、か弱い片割れ」
スッと細められた目はオレを見透かすように見つめてくる。
「な、なんで、知ってるの」
両の手でズボンを握り締めながら、恐る恐る聞いてみる。
トキセは長い髪をその細く、白い指で耳にかけた。
「俺の目はその前のモノの、その中を映すんだよ」
赤いピアスがチラリと覗く。
「な、中って?」
「そのモノの根源、過去。時にはその時の感情まで映し出すこともある」
カタカタと、どこからが吹き付けた風が窓を揺らす。
「と、トキセさんって……」
喉が震える。こめかみに冷や汗が垂れる。
聞いてはいけない、そんな気がするのに聞かずにはいられない。ドクドクとうるさい心臓の音に負けないよう、俺は意を決して口を開いた。
「トキセさんって、何者なの」
かっこ悪いくらいに震えた声は、なんとかトキセさんの耳に届いただろうか。
オレの予想とは裏腹に、トキセさんは「うーん」と顎に手を当てて考え込んでいる。
「そうだねえ、"人ならざるモノ"とでも言っておこうか」
目を細めて楽しそうに、そう口にした。
「俺は君と同じモノではない。けれど、この世界に生きるモノとしては同じなのかもしれないね」
聞いておいてなにも返事ができないオレにクスクスと笑ってトキセさんは腕を組む。
「君は本当に運がいい。特別にタダで見せてあげよう」
トキセさんは薄い手のひらをあの木の幹にあてる。青い目を伏せて、何かをブツブツと呟いている。
途端、室内にも関わらずぶわりと風が舞い上がり、トキセさんの髪が、服がバタバタと音を立てる。
次の瞬間、淡い光がトキセさんの手から溢れ出し、瞬く間に部屋中を包んでいく。
オレはその眩しさに目を瞑らずにはいられなかった。腕で覆うように固く目を閉じ、吹き上げる風に負けないように両足に力を込める。
やがて風は止み、静けさが訪れた。
オレはゆっくりと、そうっと目を開け辺りを確かめる。そしてニッコリと笑うトキセさんと目が合った。
「さあ、見てごらん」
トキセさんは髪をかきあげながらこちらを見やる。
「これが君の片割れの残された時間だよ」
なにもかもを見透かすような青い瞳が、オレを捉えて離さない。