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左回りの人時計  作者: 白福あずき
第一章
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第4話 青い瞳

 鳥居を潜れば向かい合って見つめ合う狛犬と、大きな社が姿を見せた。

 狛犬は苔のようなもので所々覆われ、黒くくすんでいる。しかし大きく開けられた口からは鋭い歯が覗き、手を突っ込んだら噛まれてしまいそうだ。

 一方社は随分と昔に建てられたもののようで所々穴が空き、雨水が染み込み黒ずんだ屋根には大きな蜘蛛の巣がかかっている。

 しかし猫はそんな社には目もくれず、スタスタと歩みを進める。その尻尾が揺れるたび心地のいい鈴の音が鼓膜を揺らす。

 社の横を通り過ぎ、やがて白い猫は草むらに足を踏み入れる。そこに人が通るような道はなく好き放題に生えた草木が行く手を阻む。

 猫は自分の体を器用に滑り込ませ躊躇なく先へと進んでいく。

「えー……」

 オレは思わず足を止めた。膝の辺りまで伸びた青草に、そびえ立つ木々。先にゴールは見えないし、何があるのかわからない。

 辺りを見渡しながら入っていいものか考える。すると猫が小さく声をあげた。その姿は大分小さく見えて、随分と先を行ってしまったことがわかる。猫はその場に座り込み、こちらをジッと見つめている。

 その目が薄暗い森の中でキラリと光ったような気がして、オレはため息を一つこぼした。

「わかったわかった。今行くよ」

 こちらを見据える青い瞳はオレを逃してはくれなくて、オレはこの得体の知れない森へと入ることに決めた。

 足で生い茂る草を踏んで道を作る。伸びる枝をかわしながら猫のいる所まで辿り着けば、その顔は満足気に微笑んだように見えた。

 猫はまた小さい一歩を踏み出す。オレは足元に気をつけながら猫の後を追う。

 思ったよりも暗くない森の中は、見上げれば木々の隙間から青い空が覗いていた。


 どこからか足元には道ができ、辺りが明るくなってきたことに気づいた頃、それは突然現れた。

 伸びた蔦は壁を覆い、被さるように伸びた木の枝が屋根に影を作り出している。

「小屋……、家?」

 絵本に出てきそうなな木でできた小さなお家。備え付けられたドアはまるでお城の扉の様。陽の光に当てられて浮き上がるようにそびえ立つ小さな城は、どこか非現実的だった。

 風に揺られて音を立てる木の影が、ゆらりゆらりと左右に揺れた。心地のいい柔らかな風が頰を撫でる。

 青い瞳を持つ白い猫はいつのまにかその姿を消していた。


 オレはもう一度辺りを見回す。高くそびえ立つ木々に、足元に生える草花。そして、小さな家。

 やっぱり猫の姿はどこにもなくて、何度見渡しても日の光を浴びて佇む家が目の前にあるだけだった。

 オレは恐る恐るその家へと上がる階段に足をかける。ギジリと小さく音を立てるそれはまだ新しいそうだ。つるが巻きつき、手形の様な葉が壁に張り付いてはいるが建物自体はそんなに痛んでいない。木の木目が綺麗に浮き出ている。

 入り口らしき扉の前に立ってみるけれど、インターホンなんてものは見受けられない。扉の上部に埋め込まれたガラスは、オレの身長ではとても覗けそうになくて、オレは諦めてチラリと視線を横へと逸らす。そこには小さな窓が取り付けられていた。オレはあまり足音を立てない様にそろりと近づく。

 鳥の鳴き声とか、葉っぱの揺れる音だとか、そんなものはもうオレの耳には聞こえない。そのくらい目の前のことに集中していた。

 窓枠にそっと手を掛け、ゆっくりゆっくり覗き込む。

 自分の顔が映り込んだ向こう側に、オレは目を奪われた。

 キラリと輝くガラス、揺れる振り子、煌めく文字盤。踊る少女の置物や、よくわからない形のものもある。しかしそのどれもが照明の光に照らされて眩しいくらいに輝いている。まるで大きな飴玉のように、価値のわからない宝石のように。

「時計屋、さん……?」

 神秘的な空間の中に置かれるそれらには、時計のような文字盤がつけられている。その大きさは様々で、見たこともない文字が刻まれている。

 そして店の奥、大きな木の幹が建物の中に生えている。

 オレは目を凝らして、それを見つめる。どれだけ見ても家の中に木が生えているようにしか見えなくて、頭を傾げる。

 一体ここは本当にお店なのだろうか。中はどうなっているのだろうか。

 疑問はやがて好奇心へと姿を変え、オレの足を突き動かす。そしてオレは意を決して扉の前に立った。

 思い切って掴んだドアノブはひんやりと冷たくて、心臓がどきりとした。胸はドキドキと高鳴り、頰は熱くなる。高揚した心を落ち着かせるように、ゆっくりと扉を引いた。


 カラン、コロン……___


 軽やかな音と共にその扉は開いた。視界に飛び込んでくるその眩しさにオレは思わず目を細める。そうっと目を開ければ、窓から覗いた時とは比べ物にならないくらいの輝きがそこにあった。

 ガラスで作られたであろう置き時計は窓辺で日の光を浴び、色々な色の石が散りばめられた文字盤はまるで宇宙のよう。

 チクタク、チクタクと揺れる振り子に、カチコチと進む秒針。右も左も、どこをみても時計ばかり。

 そして目の前にはあの大きな木の幹。

「いらっしゃい」

 その声にハッとしてオレは慌てて声の主を探す。そしてその主はすぐに見つかった。その人物は窓際に腰掛けこちらを見ている。

「ようこそ、森の時計屋さんへ」

 キラキラと透き通るほどの金髪に白い肌。耳から覗く赤いピアスに青い瞳。

 オレはそのすべてに目を奪われ、言葉を無くした。



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