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左回りの人時計  作者: 白福あずき
第四章
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第5話 誓い

 例えば明日世界が終わるとして、なんの後悔もない人は一体どれだけいるのだろう。

 例えば明日死んでしまうとして、やり残したことがない人なんて一体どれだけいるのだろう。

 きっとそんな人存在しないんだ。

 何かしら思い残したことがあって、何かしらやり残したことがある。

 その数も重みも人それぞれ違うのかもしれないけれど、その価値を他人が測ることなんてきっとできない。


 オレは一体どれだけのことをアイツにしてやれるだろう。

 あとどれくらいアイツと一緒に居られるだろう。

 アイツは……、雪斗は、最後に何を思うのだろう。

 何を思い浮かべて、何を考え、何を願うのだろう。

 オレはその一つもわかってやることはできない。なんて、なんて情けない兄なんだろう。

 寒さの厳しい冬の空の下、静かに雪が降り積もる中でオレたちはこの世に生まれてきた。

 数分先に生まれたオレが兄で、少し遅れて母親のお腹から出てきた雪斗が弟。

 それなのに兄であるオレより弟の雪斗のほうが、頭も良くて博識で頼りになるやつだった。

 それがなんだか悔しくて、俺はひとつ心にに誓ったんだ。

 必ず、いつか必ず立派な兄になるって。

 立派な兄って一体なんなんだろう。

 頭がいいこと?

 運動ができること?

 力が強いこと?

 優しいこと?

 それはオレにはわからないけれど、一つだけわかっていることがあった。

 それは兄は弟を守らなきゃいけないってこと。後に生まれた弟を、一足先に生まれた兄が引っ張っていかなきゃいけないってこと。

 それなのに病いに伏せている弟を、オレは何一つ守ってやれない。

 痛いのも、苦しいのも変わってやれない。

 なんて情けない兄なんだろう。

 雪斗、お前はこんな奴が兄でかわいそうだよ。頼りないこんな小さな奴が兄で。


 オレは雪斗に何をしてやれるだろう。

 オレは雪斗に何を残してやれるだろう。

 オレはちゃんと雪斗の兄になれているだろうか。

 雪斗。こんな兄でごめん。なにもしてやれなくてごめん。

 でも、今度こそ誓うよ。

 もう運命なんかに負けないって。

 オレの、オレたちの運命はオレたちの手で作り上げてみせるって。


 木と木の間を通り抜け、一目散に駆け抜ける。

 小石に躓いて時折足をとられるけれど、そんなことでいちいち止まってなどいられない。

 今、行かないと。

 今、言わないと。

 きっとオレはまた逃げるから。

 目的の建物が木々の隙間から顔を出す。

 オレはさっきよりも早く足を動かした。

 昼下がりの太陽が、眩しいくらいにオレたちを照らす。

 オレは勢いよく、店のドアを開けた。

 カラン、コロン……。

 何度も聞いたその音が、今日はとても小さく聞こえた気がした。

「やあ、久しぶりだね」

 透き通る金髪の髪がキラキラと日の光を反射している。思わず目を細めてしまうほどに眩しく。

 カチ、コチと店内の時計が音を立てる。その音に恐怖さえ覚えた。

 深い青がこちらを舐めるように見つめている。

 オレは両の手のひらを無意識に握りしめていた。

「やっぱりオレは……」

 上擦った声は情けなく揺れている。それでも肺いっぱいに空気を吸い込んで、再び口を開いた。

「オレは!ちゃんと最後まで雪斗と生きるよ!!」

 これが、答え。

 いっぱい考えて、悩んで、逃げ出したくなったけど、なんとか導き出せた一つの答え。

 これが正解かなんてわからない。間違っているのかもしれないし、そもそも答えなんてないのかもしれない。

 オレは正解を知ることは出来ないけれど、この答えが紛れもないオレの願い。

「本当に雪斗は、し……死んじゃうのかもしれないけど、それでも雪斗は雪斗だから!オレのたった一人の弟だから!」

 トキセの言う運命とはこの世の定めであり、変わることはないのかもしれない。人の力でどうにかなるモノじゃないのかもしれない。

 それでもオレは願わずにはいられない。

 雪斗が少しでも長生きできますようにと。一日でも長く一緒にいられますようにと。

「オレは……最後まで雪斗の一番近くにいてやる!!」

 誰よりも近くで、兄として、家族として、相棒として。

 最後のその一瞬まで見逃してしまわないように。

「やっぱり君は面白い」

 トキセが顎に手を当てて、その薄い唇を開いた。青い瞳が細められ、ジットリとこちらを見ている。

「人間とは弱い生き物だと思っていた。それはもちろん冬馬も含めて」

 トキセの低くもなく高くもない心地の良い声が、部屋の中に溶けていく。

「挫折し、絶望して荒れ狂う。それが死を目の前にしたときの人間の姿。俺は今までずっとそれが人の子の全てだと思っていたよ」

 冷たい秋風が窓を叩く。それに答えるように、鳥が空へと羽ばたいた。

「しかし、俺は人を見くびっていたらしい」

 ギシ、と床が軋む音がする。トキセがこちらへと歩いてくる音だ。

「意外にも強く、逞しいものなのだな」

 トキセの冷たい手がオレの頰に触れた。

「その心は忙しなく色を変え、容易く壊れてしまうのに、人は何度も立ち上がる」

 トキセの左耳に付けられた赤いピアスがこちらを覗いた。

「一体何が君をここまで強くするのだろうね。冬馬にとって“弟”って何だい?」

 “弟”

 それは__

「オレの一部だよ」

 トキセの目が大きく開かれる。

「雪斗はオレの一部だ。いなくちゃならない、そんな存在」

 フッと息を吐き出すように、トキセはクツクツと笑った。

「それじゃあ、その存在が消えて無くなってしまったら冬馬はどうなるんだい?」

 楽しそうにこちらを見る一方で、どこか興味津々といった様子でトキセは髪を撫でた。金髪がサラサラと流れていく。

「今度こそ立ち上がれないんじゃないのかい?」

 オレはその問いに少し考えてから、すぐに答えた。

「わからない」

 わからないよ、そんなの。だって失ったこともなければ、失くしてしまう想像さえしたくないんだから。

 きっとそれはその時にならないとわからない。その未来がやってきた、その時にしか。

「そうか」

 トキセはまた小さく笑った。

 そして前髪をかきあげながらこちらを見やる。

「それじゃあ教えてくれないか?」

 青い瞳が興味深そうにこちらを見てくる。

「その時がきたら、さっきの質問の答えを」

 その存在が消えて無くなってしまったら冬馬はどうなるんだい?

 度こそ立ち上がれないんじゃないのかい?

 さっきの質問を思い出しながら、オレは答える。

「わかった」

 その声は先の見えない未来への恐怖からか、少し震えてしまった。


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