第2話 空の向こう
新しい家に着いたのはお昼を過ぎた頃だった。雪斗の付き添いで病院に残るという母と別れて、父と二人で一足先に新居へとやってきた。来る途中にコンビニで買ったおにぎりと唐揚げを食べながら引越し業者を待つ。
「おかしいなあ、予定通りならもう着いてもいい頃なんだけどなあ」
オレだと一口で食べられない唐揚げを、父はは簡単に一口で頬張る。
「そうだ、冬馬。この辺りを散歩してきたらどうだ?」
「えー」
おかかのおにぎりを口いっぱいに詰めながらかろうじて出た声はくぐもっていた。
「探検だよ探検」
父はハハっと笑いながらこちらを見る。
「俺も小さい頃よく冒険と称してそこら辺を探索したなあ」
ペットボトルのお茶を喉に流し込みながら、父は懐かしそうに目尻を下げる。日に焼けてシワの寄った目元が、やけに印象的だった。
「そんで迷子になったんだ」
ふははは、と白い歯を見せながら父は言葉を続ける。
「日が暮れても帰ってこない俺を親父が心配してなあ、迎えに来てくれたんだ」
「お父さんのお父さんっておじいちゃんのこと?」
「ああ、そうだよ」
去年の暮れに亡くなった祖父は口数の少ない人だった。でも年に一回、正月に親戚みんなで集まってお酒を飲んだ時に見せる、ガハハハと豪快に笑う姿をなんとなく覚えている。
「あの時は怒られると思ったんだけどなあ……」
父は目をさらに細めた。目線を手元に落とし、ポツリ、ポツリと言葉を漏らす。
「なあんにも言われなかったなあ」
そう言って部屋の一番大きい窓に目を向ける。病室で見た空と同じ、青く澄んだ空。その空を見上げる父の瞳がキラリと光った気がしてオレは慌てて目を逸らした。
なぜだか見てはいけないものを見てしまったような気分になって、オレは視線をさ迷わせる。
おにぎりを包んであった包装紙からフローリングの床へと目を移しながら、やがて父と同じように空を見上げた。
白い雲が顔を覗かせ、まるで青く塗りつぶしたキャンパスに白い絵の具をこぼしたようだった。
この空を見て父は何を思っているのだろうか。自分の父親との懐かしい日々を思い出しているのだろうか。昔迷子になったという日を思い返しているのだろうか。
父はまるでこの空の向こうに祖父がいるかのようにじっと見つめている。
『死んだ人はどこへ行くの?』そんな素朴な疑問がオレの口から出ることはなかった。
なんとなく、ただなんとなく聞けなかったのだ。オレの目に映る空よりも、ずっとずっと向こうを見つめる父には聞いてはいけないような、そんな気がしたんだ。