第5話 はじめまして
眩しいほどの青空にもくもくと入道雲が沸き立ち、その白さを主張している。太陽が雲に隠されるたび日差しは和らぎ、少しの涼しさが姿を現わす。
七月の下旬、終業式。夏休み前最後の学校を終え、オレと悠星はある場所を訪れていた。いつ見ても大きくそびえ立つ白い建物に圧倒されながらも、オレたちは足を踏み入れる。途端、消毒の匂いが鼻を抜けた。慌ただしそうに右往左往する大人たちの間をすり抜けながらエレベーターに乗り込む。”7“のボタンを押し、扉が閉まるのを見届ければ体が宙に浮くような感覚を覚え、『ああ、エレベーターが上に動いたんだな』と理解した。
ポーンと七階に着いたことを知らせるエレベーターから降りれば、オレは迷わず歩を進めた。受付カウンターを通り過ぎ、真っ直ぐと進んで手前から三つ目の病室の扉に手をかける。悠星はそわそわと落ち着かない様子であたりを見回していた。
「いくぞ、悠星」
「お、おう」
はっとしたように悠星はオレに顔を向け、扉を見上げた。もう何度も何度も開けた扉を戸惑うことなく右に引く。静かに開く扉と、飛び込んでくる眩い光。病室の大きな窓は、今日も溢れんばかりの青空を映し出していた。
病室の左奥のカーテンを開ければ、今日もオレの弟は難しそうな本を読んでいる。
「ユキ、連れてきたぞ」
オレは本から顔を上げた雪斗の前に、先程からキョロキョロと挙動のおかしい悠星を立たせた。
「え、えっと!片岡悠星です!」
悠星は緊張した面持ちで自己紹介をする。
「オレの親友」
オレがそう付け足せば悠星は驚いたように振り返り、そして恥ずかしそうに笑った。
そんな悠星を見ながら雪斗は目尻を下げ、柔らかく微笑んだ。
「トーマの双子の弟の雪斗です。悠星くん、今日は来てくれてありがとう」
太陽が流れ動く雲に隠れて、影がさしこむ。数えきれんばかりの葉を枝に飾った木々がゆらゆらと揺れた。
「笑うと冬馬と似てない……!」
悠星が驚いたようにそんなことを言って、オレと雪斗は目を丸くする。そして同じタイミングで、プッと吹き出した。
「あは、あはははは!」
「ふふ、ふふふっ!」
オレたちの笑い声は狭い病室に遠慮なく響いてしまって、オレは慌てて口を押さえた。
「な、なんで笑うんだよ!」
悠星の少し怒った声が、余計におかしくてお腹を抱える。
「似てないなんてはじめて言われたな」
「ああ。ボクとトーマは似てるって言われてばっかりだったからね」
同じ瞳に、同じ髪色。目元も口元も瓜二つ。体格と日に焼けた肌の色以外は、オレたちはよく似ている。
「そうなの?俺には違って見えるけど……」
オレと雪斗を交互に見つめる悠星の瞳は、窓から差し込む光に照らされて輝きを宿している。
そう、今日は悠星と一緒に雪斗のお見舞いにやってきたのだ。先日の喧嘩から一週間と少し、雪斗に悠星の話をすれば是非会ってみたいと言うので連れてきたのである。悠星も雪斗のことが気になっていたようで、「双子ってどのくらいそっくりなんだ?」となんとも答えづらい質問をされたのも記憶に新しい。いざ対面してみれば思っていたより似ていなかったのか、そうでもないのか、そのどちらなのかはオレには計りかねる。しかし興味津々といった様子で話しかける悠星と、それに答える雪斗は楽しそうで、連れて来てよかったとオレは思った。相変わらず悠星のコミュニケーション能力の高さは異常で、すぐに雪斗と打ち解けてしまって、少しだけ、ほんの少しだけ寂しさを感じた。
日は少しずつ傾き、その空の色を赤く染めていく頃悠星は椅子から立ち上がった。
「俺そろそろ帰るわ」
「あ!もうこんな時間か」
雪斗は窓の方へと目を向け、大きく息を吐き出した。
「日は長くなったけど、時間が経つのは早いね」
小さく吐き出されたその言葉は焼けた空に吸い込まれるように消えていく。
「どういう意味?」
「……いや、なんでもないよ」
雪斗は小さく笑いながら悠星へと目を向ける。
「今日は本当にありがとう。またね」
「うん!また来るよ!」
悠星はニカッと笑って手を振った。
「じゃあオレも。またな」
雪斗は白い腕を持ち上げてひらひらと手を振る。オレたちはそれに答えて、病室を後にしたのだった。
赤く染まりゆく空は茜色。しかしその上部にはまだうっすらと青い空の色が残っている。沈みかけても尚、夏の暑さは過ぎゆくことを知らないかのようにまとわりつく。涼しかった病院に少し恋しさを覚えながらもオレたちは帰路を歩く。二人分の影がアスファルトの上に並んでいた。
「雪斗くんいいヤツだな」
悠星は転がっていた小石を蹴りながらそう言った。
「だろ。頭もいいんだぜ」
「まじかよ。羨ましいな」
コロコロとオレの前に転がってきた小石を、赤いスニーカーで軽く蹴る。それは軌道を変えて悠星の前を転がっていった。
「夏休みの宿題見た?めっちゃ多いよな」
「まじ?終わるかなー」
オレたちの横を自転車に乗った高校生が通り過ぎていく。
「夏休み何する?プール?」
「あー、ゲーム?」
「ヒロたちも呼んでやるか」
「いいね」
ミンミンミン、とどこかで蝉が鳴いている。
「夏休みもお見舞い行くんだろ?」
「ああ」
「……俺も行っていい?」
ピタリと人の形をした影が動きを止めた。オレは数歩遅れて立ち止まり、悠星の方を振り返る。
「もちろん!」
オレがそう言えば、悠星は嬉しそうに頬を上げた。
また二人分の影が並んで歩き出す。オレたちの横を知らない人が通り過ぎていく。蝉がどこか遠くで鳴いている。空はさっきよりも深く、色づいていた。




