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左回りの人時計  作者: 白福あずき
第二章
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第4話 魔人と友人

 雲を薙ぎ払う太陽は、まるで魔人のよう。ギラギラと地面を照りつけオレたちを熱していくそれに、アスファルトは熱く燃え上がり悲鳴を上げている。

 オレはその上を立ち止まることなく進んでいく。足を止めればきっと捕まってしまう。地の暑さに、オレを見下ろす太陽に、弱虫な自分自信に。

『トーマらしく生きなよ』

 その言葉はいとも簡単に、止まっていたオレの足を突き動かした。

 自分がどうしたいのか。

 大事なのは自分のその気持ちであって、相手の顔色を伺うことではなかった。いつのまにかオレは自分の長所を、自ら潰してしまうところだった。

『トーマのいいところは正直なところだよ』

 いつからか相手の顔色を伺うことを覚え、本音を隠すことが多くなった。本音を隠せば平穏だと、本心を言わなければ誰も傷つかないと。それは単なる逃げでしかなかったのに。

 自分がどうしたいかなんて決まっている。オレは悠星と仲直りしたい。なんで怒ったのかちゃんと聞いて、ちゃんと悠星に謝りたい。

 オレはただただ走った。沈みかけた大きな太陽が、こちらを見つめていることも気にせずに。

 アスファルトの道を抜け、住宅街を抜ける。前に一度だけ悠星の家に遊びに行った時のことを思い浮かべながら記憶の道を辿る。目の前の角を曲がったところで、昔ながらの日本家屋が顔を出した。比較的新しい家が多いこのあたりでは珍しい木造二階建ての古いお家。広い庭と、犬小屋に繋がれた柴犬。

「こ、ここだ!!」

 なんとか悠星の家にたどり着くことができた。けれどもどうしたものかと足を止めた。約束もしていないのに家に行くなんてやっぱり迷惑だろうか。やはり明日改めて学校で話をすべきだっただろうか。

 オレは雪斗の言葉に背中を押されて、そのままの勢いで来てしまったことにようやく気がついた。どれだけ隠すことを覚えても、どれだけ逃げることを覚えても、衝動的に動いてしまう性格だけは変わっていなかったようだ。

 そんな自分に心の中で笑って、前を見据える。ここで明日に逃げたら、きっとオレは一生臆病なままだ。自分が今どうしたいか、どうすべきかを考えろ。

 オレは一歩前に踏み出す。悠星の飼ってる柴犬のマルが嬉しそうに尻尾を振って吠えてくる。興奮のあまり走り回るせいで、繋がれたリードがガチャガチャと音を立てた。

 オレは玄関の前に立つ。『片岡』と書かれた木の表札を確認して、インターホンに手を伸ばした。ドキドキと心臓が脈打ち、伸ばした右腕は心なしか震えている。オレはぎゅっと目を瞑ってインターホンを押した。

 扉の向こうで軽快な音楽が聞こえた後、バタバタと人の足音が聞こえてきた。

「はいはい、今でますよー」

 女の人の声は扉のすぐ向こう側で聞こえて、心臓が一層早く動いた。

「はいはい、どちら様かいね?」

 そう言ってひょっこりと顔を覗かせたのは、背中を丸めた悠星のおばあちゃんだった。皺の寄った目尻を下げ、不思議そうにこちらを見ている。

「え、えっと!悠星くんのクラスメイトで……」

「ああ!ゆうくんの!ちょっと待ってなね」

 オレがしどろもどろになりながらも、悠星の友達であることを伝えると、悠星のおばあちゃんは優しそうに笑って家の中に戻っていった。

「ゆうくんやー!お友達が来たよー!」

 開けっ放しの玄関から、おばあちゃんの大きな声がオレの耳まで聞こえてきた。

「だーれー?」

 そして悠星の声も遅れて聞こえてきた時は、心臓が飛び跳ねた気がした。

「ちょっと待っとってなー」

 再びおばあちゃんが顔を出し、オレにそう声をかけてから家の中へと戻っていった。

 ダダダダッ、と勢いよく階段を降りる音が聞こえて、オレはゴクリと唾を飲み込んだ。足音が、気配がどんどん近づいてくる。オレは覚悟を決めながらひとつ息を吐き出した。

「はいはいどちらさまー?」

 おばあちゃんと同じような口調で、悠星が少し空いた玄関扉の向こうでそう言ったのがわかった。そして扉は大きく開かれ、こちらを覗く悠星と目があった。

 真っ直ぐと顔を見合わせたのが、すごく久しぶりのことのように感じて鼻の奥がツンとした。

 悠星はオレの顔を見るなり、気まずそうに目を逸らす。

「ど、どうしたんだよ……」

 ぼそり、と吐き出された声はすごく小さくて、聞き逃してしまいそうだった。けれどもオレはその声をしっかり拾い上げ、意を決して口を開いた。

「仲直りしにきたんだ!」

 大きく、大きく吐き出したオレの声は震えてしまわなかっただろうか。正直に、真っ直ぐに、届け。

 悠星は驚いたように顔を上げ、こちらを見た。しかし悠星が何かを言う気配はなく、オレは続けて口を開く。

「オレ知らなかったんだ!今日、悠星が誕生日だってこと」

 悠星は眉を寄せ、口を真一文字に結んだ。

「でも、知っていたとしても、オレはきっとユキのところに行ったと思う」

 もし前もって悠星の誕生日を知っていたとしても、オレはきっと雪斗を優先する。

「ユキはオレの、たった一人の弟だから」

 雪斗の寿命があと八ヶ月ほどしかないからではない。けれども血色の悪い顔を見れば心配でたまらないし、ずっと隣にいてあげたいとも思う。だからといって、悠星のことがどうでもいいわけじゃない。

「それでも悠星は大事な友達なんだ!」

 転校先の新しい学校、新しいクラスメイトの前でガッチガチに緊張していたオレに、悠星は一番に答えてくれた。一番にオレに歓迎の拍手をくれて、オレに一番に声をかけてくれた。オレがみんなの輪に入るのを躊躇すれば、迷わず手を引いてくれた。オレがこの三ヶ月楽しい学校生活を送れたのは、間違いなく悠星のおかげだ。

「こっちにきて一番最初にできた友達だから!!」

 いつも眩しいほどの笑顔を振りまき、大きな声をあげて笑う。目立つ悠星の周りには、自然と人が集まる。オレはそんな悠星のことを尊敬もしてるんだよ。分け隔てのない笑顔を見せるのは、そんなに簡単なことじゃないから。みんなと仲良く遊ぶことがどれだけ難しいことか、オレは知っているから。だからオレは純粋に、みんなをまとめ上げる悠星をすごいと思うんだ。

「悠星、オレはお前と仲直りしたい」

 弟の話ばかりで付き合いの悪いオレは、友人として失格なのかもしれない。でもやっぱりオレは悠星と仲直りしたいと思うよ。他の誰でもない、悠星の友達でいたいんだ。

 夏特有の生温かい風が頬をかすめ、首すじに汗が伝った。

 悠星は深く俯いたまま、服の裾を握りしめている。

 眩しいほどの西日が長い影を作り出し、遠くで蝉が鳴いている。夏はもうオレらの元にやってきている。

「ごめ……」

「ごめん!!」

 オレの声を遮るように悠星は大きな声を上げた。顔は俯いたまま、しかしその肩は震えている。

「ごめん……」

 もう一度聞こえた謝罪の声は力なく夏の風に攫われていく。蝉が続きを急かすように鳴いている。

「俺が悪かったんだ」

 ポツリ、ポツリ、言葉をつなげる。

「冬馬が雪斗くんのこと心配してるの知ってた。だって冬馬はそういうヤツだから……、そういう優しいヤツだから」

 悠星がオレを”優しい“と言った。自分を傷つけた奴のことを、悠星はそう言ったのだ。

 オレはなぜだか胸の奥がキュッとなるのを感じた。

「でも病院ばっか行ってないで、たまには……」

 そこで悠星は言葉を詰まらせる。鼻をすする音が聞こえてきて、オレは悠星が泣くのを堪えているのがわかった。

「たまには俺とも遊んで欲しかったんだ……!」

 下を向いたまま、服の袖で悠星は涙を拭った。そして肩を震わせながらもう一度口を開いた。

「それにっ……、今日は、俺の誕生日、だから!」

 しゃくり上げながら悠星はその胸の内を明かす。ひとつひとつ零される本音は、じんわりとオレの胸にとけていく。

 優しいのはどっちだよ。本当に自分の気持ちを優先するなら、誕生日だからと無理にでも声をかけるだろうに。きっと悠星はそんな自分勝手なことできなかったんだ。オレが雪斗のことを心配して病院に通うのを見て、そんな自分を優先するセリフ言えなかったんだ。

「ゆうくん?はやくお友達に上がってもらいなさい」

 おばあちゃんが奥の部屋から姿を現した。悠星は深く頷いてオレを招き入れた。

「これからみんなでケーキ食べるんだ。冬馬の分もあるから食ってけよ」

 ほら、優しいのはどっちだよ。来れるかもわからないオレの分まで用意してあるなんて。

「オレ、悠星と友達になれてよかったよ」

 悠星はそれ以上何も言わない代わりに、大きな音を立てて鼻をすすった。

 オレはこれからもきっと雪斗を優先するだろう。でもちゃんと戻るから。雪斗が元気な姿を確認したら、みんなの元に戻るから。だってみんなのいる、悠星がいる学校はすごく楽しいから。

「あ、それからありがとな。オレが転校してきた日、一番に声をかけてくれて」

 ありがとう、オレを仲間に入れてくれて。ありがとう、オレと友達になってくれて。ありがとう。

「……別に」

 素っ気なくそう言った悠星の耳は少し赤くなっていたけれど、オレは気がつかないふりをした。


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