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左回りの人時計  作者: 白福あずき
第一章
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第1話 花言葉

小学四年生の冬馬と、双子の弟雪斗が幼いながらも自分の『人生』や『生き方』について考えていくお話です。

ちょっぴりファンタジーチックなところもあります。


読んでくれる方が楽しんでくれたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

 新しい景色、新しい空気は一体なにを運んで来るのだろうか。

 別れと引き換えに手に入れる出会いはなにをもたらすのだろうか。

 期待か幸福か、それとも失望か絶望か。ましてやそれが吉とでるか凶とでるかなんて、そんなことを知る者は誰一人として存在しない。未来はひどく不安定で、ちょっとしたことで簡単に形を変える。

 そんな不安定な世界で得られる結果など、その道を歩いた者にしか分かり得ないのだから。



 ゆらりゆらりと揺れる車の中で淡いピンク色の桜の花びらが視界に映り込む。後ろへと過ぎてゆく景色を追うように、オレは首を回した。

「こら冬馬(とうま)。ちゃんと座ってなさい」

「父ちゃん、桜だよ!もう咲いてる!」

 シートベルトをすり抜け進行方向とは逆の方へ体を向けたオレに気がついた父親とルームミラー越しに目があった。

「もう春だからな」

 当たり前だろう、とでも言わんばかりに吐き出されたその言葉を聞きながら、オレは後部座席の左側にしっかりと座り直した。

 ピリピリと肌を刺すように冷たかった冬の風はいつからかその姿を消し、その代わりというように暖かい風が木々を揺らすようになった。『春の匂いがしてきましたね』なんて言っていたお天気お姉さんの言葉の意味はよくわからないけれど、少しの冷たさを残した柔らかい風が春がやって来たことを知らせているのだと思った。

「母ちゃん達もう着いたかな?」

 父親が座る運転席の隣の助手席も、オレの隣の座席も誰も座っていない。パンパンに膨らんだ大きなカバンがその席を陣取っている。

「予定通りならもう着いた頃だな」

 小さな窓から覗く空は澄んでいて、吸い込まれそうだと思った。

 タイヤがコンクリートのデコボコに触れるたび飛び跳ねる大きな荷物。左右を確認しながら右へとハンドルを回す父の横顔。外を流れてゆく景色は知らないものばかり。

 そう、オレは今日この街に引っ越してきた。見るもの全てが新しいこの街に。

 椅子やテーブルなど大きな荷物は引っ越し業者にまかせ、出発ギリギリに纏め終わった荷物と共に俺は今車に揺られている。

 父親のの大きなカバンの上に置かれた黄色い花束がカサリと音を立てた。


「ほら、着いたぞ」

 父の声にハッと目を開ける。いつのまにか寝てしまっていたようでオレは何回か瞬きを繰り返す。窓の外へと目を向ければそこは車、車、車。だからここが駐車場であることが理解できた。

 オレは慌ててシートベルトを外し、ピンク色の薄い紙で包まれた花束をひっ摑んだ。

 車から飛び降りればふわりと風が抜ける。長時間車に乗せられていたオレには、その空気がとても新鮮なものに感じられた。鼻からめいいっぱい空気を吸い込めば、なんとも言えない匂いが鼻を抜けた。甘くもない、かといって不快な匂いでもなければ、美味しそうなご飯の匂いでもない。鼻がムズムズするような、なんだか温かい匂い。

「春の匂いだ!」

 オレの声は青い空に吸い込まれていく。響いて、広がって、消えてゆく。

「なにしてんだ。ほら、行くぞ」

 父親がオレの左手を取って歩いて行く。その固くてカサついた大きな手を握り返して、俺は父の背中を追った。


 高く、高くそびえ立つ建物が大きな影を作り出している。その白い建物に足を踏み入れれば、病院特有の鼻に残る匂いがした。

 椅子に座って腕を組んでいるおじいさんに、杖をついて歩いているおばあさん。マスクをした男の人にパジャマ姿の小さな子供。年齢、性別様ざな人がこの白い建物に出入りしている。

 オレは「受付」と書かれた場所で父が病院の人と話し終わるのを待ちながら、同じ場所に集まる人達を見ていた。

 マスクをしてゴホゴホと咳しているお姉さんは多分診察。オレより少し小さい女の子は元気に走り回ってるから、きっと俺と同じで誰かのお見舞い。

 あの人は、この人は、次々と視線を移し、その人がなぜここにいるのか予想してみる。

「冬馬、お待たせ。七階だってさ」

 ああでもない、こうでもないと思考を巡らせていれば父親が戻ってきた。

「七階?遠いね!」

 オレは立ち上がって再び父親の手を握る。

 リノリウムの床がキュッと音を立てた。

「母さんも雪斗(ゆきと)も、もう着いてるってさ」

「ユキ、車に酔ってないかな?」

「お医者さんもいるし大丈夫なんじゃないか?」

 エレベーターに乗って数字の7のボタンを押す。重力に逆らって上へと登るエレベーターに頭の中がグラリと揺れた気がした。


「ゆーきーとー!」

 白い扉をガラリと開け、オレは小声で目的の人物の名前を呼ぶ。

 仕切りのカーテンが閉められた病室内は、誰がどこにいるのかよくわからない。カーテンの隙間から中を伺っていれば、1番窓際のカーテンが勢いよく開けられた。

「冬馬!こっち!」

 肩より少し長い髪を一つにまとめた母親がひょっこりと顔を出し、オレを手招きする。

「母ちゃん!」

 思わず大きな声が出そうになったのを堪え、オレは出来るだけ声のボリュームを落とした。

「花、持って来たぞ!」

 日当たりのいい窓際のベッドを覗けば、オレとそっくりな顔をした少年が一人。オレとは違う白い肌に、細い体。

「トーマ」

 骨の太さ分しかない腕でパタリと本を閉じ、その目をこちらへ向ける。少し茶色い瞳はオレのそれと同じ色をしている。少し癖っ毛な髪だってオレと同じだ。

「ありがとう」

 目を細めて笑うこの少年はオレの双子の弟で、二年前からずっと入院している。


 名前も知らない黄色い花が、母の手によってベッド脇の棚に飾られた。

「ガーベラだね」

 雪斗が薄い唇を開いた。

 小さくて細長い花びらが幾重にも重なり、一つの円を描いている。

「花言葉って知ってる?」

「花言葉?」

「いろいろな花にその特徴や性質から、それぞれ意味を持たせたものらしいよ」

 黄色いガーベラの他にオレンジ色とピンク色のガーベラが一輪。

「たしか同じ色でも意味が違うんだったかな」

「へえ、じゃあガーベラの花言葉は?」

 雪斗は花瓶に飾られた花たちから視線を外し、オレの目を見る。そしてへらりと笑って口を開いた。

「知らない」

 オレはガクッと肩がずり落ちて、思わずため息をつく。

「知らねえのかよ」

「流石にそこまでは。でもバラの花言葉なら知ってるよ」

「バラ?」

「うん。確か"愛"だったかな」

 雪斗は再び花へと目を向ける。

「あいぃ?」

 オレの間抜けな声が雪斗を笑わす。

「ああ。ぴったりじゃないか、情熱の赤いバラに」

「……」

 あい、アイ、愛。オレはその言葉の意味をよく理解できなくて、思わず眉を寄せる。その様子が可笑しかったのか、雪斗はクスクスと笑った。口元を手で押さえてはいるものの、隠しきれない笑い声がその隙間から漏れ出ている。

「ふふっ。でもまあ僕も本で読んだことがあるだけだから、花言葉はよく知らないよ」

 雪斗の白い頰にピンクが滲む。

 担当医と話があると出て行った両親に残されたオレ達は、カーテンに囲まれた空間に二人きり。窓から差し込む日差しが柔らかく、温かくオレ達を包み込み、ガーベラが上を向いて笑う。

 ああ、春がきた。

「もう春だね」

 雪斗の声に顔を上げれば、雪斗は目を細めて窓の外を見ている。

「ああ、そうだな。もう春だ」

 雪斗と同じように見上げた空は青く、蒼く、どこまでも広がっている。

 白いベットに横になる雪斗には、この春の空はどんな風に見えているのだろうか。




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