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 国王様に手渡された魔法の地図。それを片手に森の奥を深く深く突き進んでいくと、遠くの方に〝ようこそ魔界へ!〟と書かれた看板が見えてきた。どうやらここが魔界の入り口らしい。なんていうか……随分軽いノリだ。


 おそるおそる境界線に足を踏み入れる。辺りは特に変わった様子はないが、全体的にどんよりと曇っていて薄暗い。


「アンタもしかして勇者サマ?」


 背後から声をかけられ振り向くと、見知らぬ青年が俺を観察するようにじっと見ていた。頭に濃い紫色のシルクハットを被り、同じ色の燕尾服にしっかりと身を包んでいる。背中には折りたたまれた黒い羽のようなものが見えた。な、なんだ? 魔族? 敵か? 俺は腰に携えたつるぎに手を掛ける。


「あー。そんな警戒しなくても大丈夫。話はそっちの国王サマから聞いてるよ。お宅のお姫さん迎えに来たんだろ? アンタも大変だねぇ」


 青年はゆっくりと近付いて来る。


「俺はメフィストフェレス。メフィストって呼んでくれ。アンタを城まで案内するよう魔王サマから頼まれてね、待ってたんだ。さて。まずはこの用紙に名前の記入よろしくな。あ、ただの入国手続きだから安心して。こういう事務手続きってめんどくさくてやんなっちゃうけど、決まりだからさ。我慢してくれよな」


 文句を言いながらパチンと指を鳴らすと、白い煙と共にペンと紙が現れた。俺は戸惑いながらもそこに自分の名前を記入する。書き終わるのを見届けると、メフィストは再び指を鳴らしてそれらをどこかにしまった。


「行こうぜ勇者レオナルド。いやぁ〜、お姫さんの反応が楽しみだ」


 メフィストはニヤリと意地悪そうに笑った。







「ここだよ」


 メフィストに案内されて辿り着いたのは、天高く聳え立つモノクロな城だった。禍々しい雰囲気の漂う、風格のある立派な城だ。首をぐっと伸ばして見上げるも、途中から霧に包まれているため全体を見る事は叶わない。外側は先の尖った鉄製の柵でぐるりと囲まれていて、侵入者は許さないという無言の圧力を感じた。


「メフィスト様お疲れ様でーす」


 俺たちの存在に気付いた門番が、メフィストに向かって声を掛けた。メフィストは「おー」と軽く答える。


「あ、もしかして勇者様ッスか? お疲れ様でーす」

「あ……いえ」

「お姫様なら最上階の部屋ッスよ。階段しんどいんでエレベーター使って下さい。入って右奥ッス」

「いや……どうも」

「それでは! お気を付けてー!」


 ニコニコと笑う門番に見送られながら、俺はメフィストに続いてその門をくぐった。


 ……なんか魔界って、想像してたのとだいぶ違うんですけど。


 え? 魔族ってみんなめちゃくちゃ良い人じゃない? メフィストといい門番といい使用人たちといい、みんなすれ違うたび俺に向かって「お疲れさまー」とか「頑張ってねー」とか労いの言葉掛けてくれるんですけど。なにこれ。優しすぎて涙出そう。


 もしかしたら一戦あるかもしれないなんてドキドキしていたのだが、どうやらその心配はないみたいだ。拍子抜けっていうか安心したっていうか、なんとも言えない気分である。つーか、勇者丸出しのフル装備で来た自分がめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。腰の剣とか左腕の盾とか頭の飾りとか背中のマントとか。何これただのコスプレじゃん。ただのなりきり勇者じゃん。黒歴史大決定じゃん。穴があったら入りたい。出られないくらいまで、奥深く。


 心の中でぶつぶつ後悔の念を唱えていると、前を歩いていたメフィストの足が止まった。


「さぁどうぞ。姫君はこちらの部屋ですよ」


 コンサートホールの入り口のような、頑丈そうな黒い扉。他の部屋とは明らかに雰囲気が違う。おそらくここが魔王の部屋なのだろう。そして、シャーロット姫がいる部屋だ。


 シンプルながら洗練されたデザインのドアノブに手を掛け、俺はその扉を開いた。と、同時に聴こえてきたのは大音量のクラシック。その名も〝魔王〟。あまりの大きさに思わず耳を塞ぐと、両足をパタパタさせながら機嫌良さそうに鼻唄を歌う1人の少女と目が合った。


 少女はそのままパチパチと数回瞬きをすると、不思議そうに口を開く。


「……誰?」


 部屋の奥にででんと置かれた大きなソファーに我が物顔で寝転んでいるのは、我がヴァルト王国の王女、シャーロット・ウィル・カーティス様で間違いない。


「ええと……勇者です。一応」

「勇者?」


 勇者と聞いた途端、王女は眉間にシワを寄せ、みるみるうちに不機嫌そうな顔になった。


「ああ。お父様が寄越したへっぽこ勇者ね。まったく。あの人ってば性懲りもなく次々と。帰らないって言ってるのに」


 彼女はレディーらしからぬ顔でチッと舌打ちを鳴らす。……なるほど。さすがは王女と言うべきか、大変気の強そうな性格である。


「おや、反抗期ですか? 国王サマを困らせるのもほどほどにしないと、魔王様に怒られますよ?」

「あらメフィスト様、お帰りなさい。そこまで困らせてないから大丈夫よ。ところで魔王様はまだかしら?」


 王女様は嬉々としてメフィストに問い掛けた。そういえば、この城の主人あるじである魔王の姿が見当たらない。もしかしてどこかに出かけているのだろうか。……クソ。魔王不在の今なら連れて帰る絶好のチャンスなのに。


「う〜ん、知らないなぁ。俺は勇者サマをお連れするっていう大事な仕事を任されてたからね」

「…………ああ」


 笑顔の王女様は一変、虫ケラを見るような顰めっ面で俺を見やる。


「わざわざ来てもらって悪いけど、帰ってくれる? わたくしはここに残ります」

「いや、」

「ついでにお父様に伝えて。魔王様との交際を認めるまで、王宮に帰るつもりも、お父様と口を聞くつもりも一切ありませんから! と」

「あの、」

「心配しなくても報酬はきちんとお支払いしますわ。さぁ、分かったらさっさと出て行って」


 話は終わりだとでも言うように王女様はくるりと背を向ける。ちょ、王女様全然まったくこれっぽっちも聞く耳もってくれないんですけど! ビックリするほど一方的に会話終わらせちゃったんだけど! 通りでみんな手こずる訳だ。まずはどうやって話を聞いてもらおうかな、と頭を掻いたときだった。


「魔王様のご帰還な〜〜り〜〜〜!!」


 大きな叫び声とファンファーレが城中に響き渡る。それを聞いた使用人たちは、一斉に廊下の両脇に並び始めた。




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