8:白豚と従兄の約束事
「お兄様……せめて、十七歳までというわけにはいきませんか?」
無茶な条件を緩和すべく、従兄に期限を延長して欲しいと訴えてみた。
しかし、彼は渋い顔をする。
「ブリトニー。僕は、なにも結婚しろと言っているわけではない。あくまで、婚約者になりうる可能性を持つ相手を見つけることができれば……という条件に抑えている。悪い話ではないと思うよ、難しい条件でもないと思う」
リュゼの言うように、本来なら難しい話ではないのかもしれない……
ブリトニーが、生まれながらに清らかな心を持つ美人令嬢であればの話だが。
しかし、現実は厳しく、貧乏領地の白豚令嬢を娶ってくれる相手なんて、余程の物好きしかいない。
そして、金とそれなりの身分を持ち、太った令嬢が好きという特殊性癖を持った年頃の男子が身近に存在する可能性も限りなく低い。
「その提案、お受けしなければならない……ですよね?」
「本当は、問答無用で君を王都に出す予定だった。でも、今の君なら、婚約できる可能性があるんじゃないかと思うんだ」
「リュゼお兄様。もし、私が提案に同意したものの、ダラダラと三年間伯爵家に居座って、その後もお祖父様を丸め込んで出ていかないという行動に出たらどうするんです?」
「その時はその時だね。とても困るけれど、ブリトニーがその気なら僕にも考えがある」
「……冗談です。お兄様、目が怖いです」
私は彼から視線をずらし、ため息をついた。
(やっぱり……お兄様は、ただ優しいだけの従兄ではない)
どうしようもない従妹に優しくするのも、期間限定だと思えば耐えられるし、敷地内に湧く温泉を気まぐれで一度私に与えたとしても、すぐに戻ってくる。
彼の優しさは、きっと打算に基づくものだ。
(はあ、地味に傷つくなあ……)
私だって人の子なので、他人には打算抜きで優しくされたいと思う。
それが、血の繋がった従兄なら尚更。
でも、今までのブリトニーの行動をかえりみれば、それは無理というものなのだろう。
私がリュゼなら、とうに縁を切っているレベルだ。
「わかりました、三年間で婚約者を見つける努力をします……難しいとは思いますが」
仮に失敗したとしても、アンジェラの取り巻きにならないように対策をしていれば、なんとかなるはずだ。
痩せたり、肌のニキビをなくしたり……前途多難だけれど。
馬に乗っての近場ピクニックは、白豚令嬢の体に堪えたらしい。
ブリトニーの全身からは、またしても大量の汗が噴き出していた。
(うわぁ。この状態のブリトニーを抱えるリュゼには、ちょっと同情する)
私でもわかる。今の自分の体が、とても汗臭いと。
もともとの体臭も混ざって、ブリトニーの体は酸っぱい異臭を放っていた。
ドレスは汗で湿っているし、振動で体が上下するたびに脂肪がたるんたるんと揺れている。
けれど、リュゼは文句一つ言わずに私を抱えてくれていた。
(……お兄様は、こういうところが紳士だな)
私は、改めて従兄を尊敬する。
彼は自分が伯爵になる上でブリトニーを邪魔に思っているだけで、私自身を嫌悪しているわけではないのかもしれない……
(いや、その予想は楽観的すぎるか)
儚い希望は抱かずに、私は現実を直視することにした。