7:白豚と従兄の遠乗り3
「本当は……近々、君を家から出す予定だったんだ。僕は、早く伯爵領を継ぎたい。君が家を出ない限り、お祖父様は君の立場を心配して、僕に領主の座を明け渡してくれないんだ。お祖父様は優しくて人間的に素晴らしい方だけれど、領地経営には向いていない」
リュゼは、私をじっと見つめながら話を続けた。
「王都で出来た知り合いの妹が、話し相手を募集していてね。僕はブリトニーを推薦しようと思っていたんだ。手当だって出るし、君の成長にもつながるかと思って。そういう話ならと、お祖父様も賛成してくれていた」
「話し相手? どなたのですか?」
「この国の第一王女、アンジェラ様の話し相手だよ」
告げられた名前を聞いて、私は息を飲む。
(出たー! アンジェラー!)
それは、『メリルと王宮の扉』に出てくる主人公の意地悪な姉の名前だった。
(なるほど、こうしてブリトニーは、メリルの姉、アンジェラの取り巻きになったのか……)
こんなに早くから取り巻きフラグが立っていたなんて、少女漫画の世界は恐ろしい。
私は、ガクガクと太い足を震わせながら従兄に訴えた。
「お兄様、私……王都へは行きたくありません! 家を出る必要があるのなら、他の方法で出たいと思います!」
「でも……」
「お願いします。王都へ行く以外なら、なんでもしますから!」
「ブリトニー……そんなに、王都へ行きたくないの?」
彼の質問を受け、私はブンブンと短い首を縦に振る。
「……そんなに嫌? 良い話だと思うんだけど」
「嫌なのです! ですが……今更お断りするとなると、まずいでしょうか?」
「それは大丈夫。王女様の近くに侍りたいと言う人間は、いくらでもいるから。今回も、まだ打診されたに過ぎないし」
「そうなのですね。では、「ブリトニーは馬鹿すぎて、王女様の側に仕えると失礼なことを仕出かしそうです」と、お伝えください。ああ、でも、私が城に行けば、多額の報酬が出るのでしょうか? だとしたら……」
この領地は、ただでさえ収入が少ない場所。しかも、経営下手な祖父のせいで、借金も嵩んでいる。
私が断ることで、得られるはずだったお金が、手に入らなくなってしまうかもしれない。
「ああ、それはないから心配しないで。元から出るのは君の手当分だけだと決まっていたし、王女様と良い感じに繋がりが持てればなあと思っただけだから……」
「リュゼお兄様の損になることはないのですか?」
「ないない。王都で出来た知り合いというのは、この国の王太子なんだ。僕は、もともと彼と仲良くさせてもらっているし、今は王女様まで手を伸ばさなくても困らない」
「……でしたら、私は」
「うん。そんなに嫌なら、行かなくても良いよ」
だが、私がこの地にいる限り、リュゼは領主になれない。祖父は、私を心配してくれているのだ。
私に両親がいれば、話は違っていただろうが、ハークス伯爵家の当主だった父は、ブリトニーが幼い頃に他所の人妻と駆け落ちして家を出て行き、母は父と離婚して別の男性と結婚している。
リュゼは領地を継ぐために祖父の養子になっているが、彼の実の両親(私の父の姉とその夫)は少し欲深く、リュゼが伯爵になった後に得られる利益を当てにしている部分があった。
彼らに私がないがしろにされるのではないかと、祖父は心配してくれているのだ。
「今の君を見て、僕も少し考えが変わったから」
「リュゼお兄様?」
目を細めた従兄は、私をまっすぐ見つめる。
彼の肩越しに見える空が、薄い青から灰色へとだんだん色を変えていった。
「天気が悪くなってきたね。そろそろ、戻ろうか」
「はい……」
私は来た時と同様に、リュゼに持ち上げられ、馬に乗って帰路に着く。
馬よ……再びすまない。
伯爵家へ戻る道すがら、リュゼは話を続けた。
「今回のことは断るけれど、僕は早く領主になりたいと思っている。いつまでも、君を待てるわけではない」
「はい、そうですね」
彼の言うことは、もっともだ。私がこの邸にいる限り、彼は伯爵になれないのだから。
「そこで、提案があるんだ」
「なんでしょうか?」
「三年間……ブリトニーが十五歳の誕生日を迎えるまでに、婚約者になれるような相手を見つけることができたなら、僕は君を王都に出さない。それまでは伯爵になるための勉強を続けながら、君の成長を見守るよ」
「十五歳までに、それができなければ……?」
「予定通り、アンジェラ様の元か……他の高位貴族の話し相手として王都へ出向いてもらう」
従兄が、彼なりに私の身を案じてくれているのはわかる。
しかし、それは結構無理のある提案だった。