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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
12歳

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6:白豚と従兄の遠乗り2

 馬から降りた私は、リュゼの隣に立って周囲を見回す。

 近くには小さな池が点在しており、馬は勝手に移動して水を飲んでいた。


「池がたくさんあるのですね……」

「そうだね。昔、山が噴火した後に水が溜まったんだろうね。と言っても、飲める水は少ないけど……火山地帯だから、水の中に飲めない成分が混ざっていることが多いんだ。でも、あの馬が水を飲んでいる池は、大丈夫なんだと思う」

「へえ、馬は賢いですね」


 馬が水を飲んでいる透明な池の他に、赤褐色に濁った池がある。

 興味を持った私は、池の淵にしゃがみ、中に手を突っ込んでみた。

 池の中の水は、適度に暖かくて気持ちが良い。

 少し、錆びた鉄のような匂いもするけれど……


「……温泉みたいですね」

「おや、ブリトニーは、温泉を知っているのかい?」

「……ええ。えっと、何かの書物で読んだような気がします」


 普通の令嬢――特にブリトニーのような引きこもり気味の令嬢は、天然の温泉など知らないだろう。

 私は適当にごまかした。


「そうなんだ。確か、王都にも温泉があったな……こことは違って、海辺に沸いていたんだけど」


 ここの温泉は、池の中から湧き出しているようだった。小さな岩の隙間から、コポコポと暖かい泡が出ている。


「あの、ここの温泉水を街まで引いたりはできないでしょうか?」

「えっ……急に、どうしたの?」

「ええと、お風呂代わりに使えるのではないかと思いまして」


 リュゼは、「何を言っているんだ、このデブ」という目で私を見た。

 それも仕方がない。おそらく、この世界では「温泉を引く」という発想がないのだ。

 だって、この領地には、水路すらないのだから!


 あの少女漫画にも、温泉描写は出ていなかった。

 この世界の風呂は、バスタブに沸かしたお湯を汲み入れるのみ。

 王都でもこの周辺でも、自然に沸いている温泉に浸かることはあっても一般的ではない。

 温泉の効能も知られていないし、わざわざ温泉のためにここまで通う人間もいないのだ。


「ブリトニーは、変わったことを言うね。確かに、動物が温泉に浸かっている光景を見ることは多いけれど……風呂代わりとは」

「ええとですね。私達貴族は別として、庶民はお風呂に入れないじゃないですか。冬でも冷たい水に布を浸して体を拭くのみです。寒いし、衛生的にも良くないと思いませんか?」


 この世界では、冬になると病で亡くなる人間が多い。

 特に、冬の寒さが厳しいこの地では。


 もっともな理由を述べるが、運動後の私がいつでも気兼ねなく入れる風呂が欲しいというのが本音だったりする。

 ついでに、町の人々の健康も守れて一石二鳥じゃないか。

 私は、リュゼに、町に公衆浴場を作れないかと提案した。

 たしか、昔々のヨーロッパでそんな浴場があったと思う。

 技術方面に疎い私には、その詳細まで分からないが……


「仮に、その浴場とやらを作っても……庶民がそこを風呂として利用する保証はない。彼らは僕らと違って風呂に入る習慣なんてないから、無用の長物になるのではないかな? それに、そういった施設を作るのにはお金がかかるけれど、うちは貧乏領地だからね」

「……そうですね、ごもっともです」

「ところでさ、邸の近くに地下から温泉が出る場所があるんだけど……畑に撒くには温度が高いし、火山の成分が混じっているから誰も使わなくて、そのまま川へ垂れ流れている。ブリトニー、要る?」

「えっ、欲しいです! そこは、うちの土地なのですよね?」

「もちろん、屋敷の敷地内だよ。帰ったら、お祖父様に相談してみよう」


 リュゼは、やっぱり私に甘い。

 彼がどうして従妹に優しいのかは、未だに謎だ。


「ブリトニー、温泉は引かないけれど、この領地の水路はいずれ整える予定だよ。僕も、この領地の衛生状態を良くしたいと思っているし、そのために王都で勉強してきた……今は資金不足で手が出ないけれど」

「そうだったのですね、さすがリュゼお兄様です」

「……君、本当に別人みたいになったよね」

「そ、そうでしょうか……」

「そうだよ。以前は、部屋に籠ってお菓子を食べているだけだったじゃないか。領地のことなど考えもしなかったし、もっと……」

「もっと、なんでしょう?」


 私が続きを促すと、従兄は目を逸らしつつ言葉を濁した。うん、悪口の類だな。


「とにかく、君が成長してくれたみたいで、僕は嬉しく思う」

「……ありがとうございます?」

「今の君なら、安心してお嫁に出せるね」

「えっ……?」


 私は、困惑して従兄を見た。


「ああ、もちろん、数年後にという意味だよ? 君は、まだ十二歳だから」

「びっくりしました……」

「でも、いずれ……君には、この領地を出て行ってもらわなければならない」

「わかっています。政略結婚が、私の役目ですから……なるべく、金持ちの家に嫁げるように頑張ります」


 そう答えつつ、私はリュゼに疑惑の目を向けた。

 聡い彼は、ブリトニーが自分に好意を向けていたことを知っているのだろうか……?

 知っていて今の言葉を吐いているのなら、従兄に対する評価を改めなければならない。

 彼は、決して優しいだけのリュゼお兄様ではないと。



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