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5:白豚と従兄の遠乗り

 翌日、私は爽やかな従兄の声に起こされた。

 醜いデブキャラ令嬢とはいえ、ブリトニーも女性の端くれだ。

 リュゼは女性の部屋に入って来るような真似はせず、扉の外から声をかけている。


「ブリトニー、今日は授業のない日だろう? 馬に乗って少し出掛けないかい?」

「リュゼお兄様、すぐに支度します!」


 外出は運動するのにちょうど良く、引きこもり令嬢のブリトニーが遠出する貴重な機会である。

 記憶が戻ったことにより、私の中のブリトニーの感情は薄れてしまっている。

 今のブリトニーを構成しているのは、ほぼ過去の私の意志だ。

 もちろん、ブリトニーだった時の記憶は残っているし、ブリトニーの本能に抗うことができず、夜中に厨房に辿り着くことはあるけれど。


「さて、準備完了……」


 動きやすいドレスに着替えた私は、急ぎ足でリュゼの元へ向かった。


「おや、どうしたんだい、ブリトニー。今日は、ずいぶん支度が早かったね。外出の誘いに乗ってくるのも珍しい」


 自分から誘っておいて、それはないでしょう、お兄様。

 けれど、今までのブリトニーの行動に基づいた発言なので、彼を責めることはできない。


 引きこもりブリトニーは、外出が大嫌いなのだ。

 そして、外出する際には、半日ほどかけて支度をする。

 どれだけ着飾っても外見は変えられないというのに、本当に今までの私は……馬鹿だった。

 祖父はともかく、リュゼが未だに優しく接してくれることが謎すぎる。


「今日は、馬に乗って近くの山の方に出かけようと思うんだけど」


 リュゼが爽やかな笑顔でこの日の計画を語った。


「まあ、それは楽しみです」

「それで……馬に乗って行こうと思うのだけれど」

「まあ、不安です」


 というのも、ブリトニーが八十キロを超える肥満令嬢だからだ。

 この領土にいる大体の馬は、百から百四十キロまでの重さの人間しか運ぶことができない。

 仮にリュゼの体重を七十キロだと想定すると、合計体重は百五十キロ。馬が潰れてしまう……


 ブリトニーの体は、制限が多い。

 ついでに乗馬もできないから、一人乗りなんて論外だった。


「心配いらない。今日の僕の馬は外国生まれで力の強い品種だ、百八十キロの荷物だって運べるから二人で乗っても平気さ。それに大人しい気性だから、怖くないよ」


 言外に肥満児が乗っても大丈夫だと告げられ、私は安堵する。


「本当ですね? 重い体重の私が乗っても、馬は無事なのですね?」


 私がそう言うと、リュゼは意外そうな顔をした。


(ああ、そうだった。大事なことを失念していた)


 今までのブリトニーは、自分が太っていることを決して認めなかったのだ。

 でかい図体を棚に上げて、周囲に「美人」と言わせることを強要していた。

 馬の心配なんて、もちろんしない。

 今だって、本来ならばリュゼの言外の意味に気づかなかっただろう。

 それくらい、ブリトニーは……いや、今までの私は愚鈍だった。


「いや、そう言う意味じゃなくて……二人乗りをしても大丈夫だという意味で」


 リュゼが、慌てて従妹のフォローをする。


「心配しなくても、自分が普通の令嬢よりも太いという自覚はしていますよ。馬が平気なら、いいのです……出かけましょう」

「あ、ああ、そうだね」


 用意された馬は、リュゼの言う通り、この領地の馬ではなかった。

 ハークス伯爵領の馬は、細くて足の速いものが多い。


 外国産の馬は、足は遅いが丈夫で重い荷物を運ぶことができる……らしい。

 二種類の馬を交配させたいと考えたリュゼが、友人から譲ってもらったのだとか。

 はっきりわからないのは、今までブリトニーが領地の勉強をサボってきたせいだ。

 今までの己の所業が悔やまれる。


「ブリトニー、なんだか雰囲気が変わったよね」

「そうですか?」

「うん、急にランニングなんて始めたし……夕食の量も内容も極端に変わってしまったし。大好きなお菓子も食べていないみたいじゃないか」

「……ま、まあ。最近、健康に目覚めまして。婚約破棄されたこともありますし……このままではいけないかなと思いまして」


 私は、むにゃむにゃと言葉を濁しながら足を進める。

 黒くて逞しい大型の馬が、庭の隅に繋がれていた。


「よいしょっ……と」


 リュゼが私を持ち上げて馬に乗せる。

 なんと……! 彼は体重八十キロの私を軽々と抱き上げた!


「リュゼお兄様は、力持ちですね。この私を持ち上げるなんて……」

「王都にいた時に体を鍛えていたんだ。それに、ブリトニーはとっても軽いよ?」


(嘘だ。いくら紳士的なリュゼお兄様でも、その言葉には無理がある)


 心の中でツッコミを入れつつ、私は久しぶりの乗馬を楽しんだ。

 馬に乗るのは、幼い頃ぶりだ。

 ぶくぶくと太りだしてからは、ずっと二人乗りなんてできなかった。

 とはいえ、馬が潰れるのではないかとハラハラする気持ちは抑えられない。


 馬はしばらく歩き続け、山の麓で足を止めた。

 周囲は草原になっており、短い草が風にそよいでいる。

 この場所は、町からも少し離れていて静かだ。


 目の前にそびえる小さな山は、一応火山らしい。

 とはいえ、ここ数百年間は大噴火をすることはなく、小規模な火山活動すら起こっていない。

 馬から私を抱き下ろしたリュゼは、腰は痛くないかと気遣ってくれた。


「問題ありません、楽しい乗馬でした。ありがとうございます、リュゼお兄様」


 きっと、ブリトニーの尻の脂肪が、振動を緩和してくれたに違いない。

 乗馬中も、あまり痛みは感じなかった。


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