33:王太子の秘密
「ふふ……そんな風に、あからさまに批判されると傷つくなあ。ねえ、ブリトニー」
ニコニコと笑うリュゼの圧力に気圧された私は、引きつった笑みを浮かべた。
「ぐっ、ぐふふ……冗談ですよ、リュゼお兄様。自慢の従兄を批判なんて、するわけがないですとも」
「そうだよね、可愛いブリトニーがそんなことをするはずないよねえ。ところで、マーロウ王太子が君を探していたよ。渡したいものがあるから、部屋に来て欲しいって」
「……わ、わかりました。王太子殿下にお会いするには、どちらへ行けばいいですか?」
「ああ、案内役が来ているから大丈夫。ほら……」
リュゼが示す方を見ると、二人の侍従が立っている。
「とりあえず、行って来ます。ノーラ、また後でね」
ノーラはリュゼと二人になれて嬉しそうだ。
私は、笑顔の怖い従兄から逃げるようにその場を後にした。
王太子の元へ行くのも緊張するが、このままリュゼのそばにいるよりマシである。
綺麗に磨き上げられた広い廊下を進み、ひときわ大きな扉の部屋の前に立つ。
扉の前にいた侍従と私を連れてきた侍従がやりとりし、しばらくすると入室の許可が出た。
ここは、王太子の客人をもてなすための部屋のようだ。
「ブリトニー! 待っていたぞ!」
奥の長椅子から優雅に立ち上がり、こちらに歩いてくるのは、金髪の眩しいマーロウ王太子本人である。
「私に会うより先に、アンジェラに捕まっていたらしいな。何もされなかったか?」
「ええ、特には……ドレスについてのお話をしただけです」
「よかった。あれは、気に入らない者には容赦のない女だからな」
何気ない会話に、背中から脂汗が吹き出す。
(どうしよう……アンジェラに、とんでもないことを言ってしまった気がする。仕返しが怖い……)
私の変化に気付かないマーロウ王太子は、マイペースで会話を続けた。
「そうだ、私のコレクションを持ってきたぞ。王城では、なかなか趣味を語り合える仲間がいなくてな。ブリトニーが現れてくれてよかった」
「あの、コレクションとは?」
「これだ。西の庭のハーブを摘んで乾燥させている」
男性らしからぬ白魚のような指で彼が指し示した先には、少し背の高いテーブルがあった。
立ち上がった王太子が、私を促しつつテーブルに近づく。
そこにあったのは、素晴らしい全国各地のハーブコレクションだった。
細々と分類されているハーブは、全て良い保存状態で管理されている。
「ブリトニーの仕事に、これらを役立たせることはできるだろうか」
「ええ、もちろん。ですが、王太子殿下がハーブを育てているのは意外でした……どんなことにお使いになるのですか?」
「主に自分の体調管理だな。最近は普通にハーブティーにハマっているし、石鹸や化粧水などにも興味がある……男がこんなことを言うのは、周囲から歓迎されないのだがな」
「おかしなことはありません。性別を問わず、美意識が高いのは良いことだと思います」
現代日本にも、男性向けの石鹸や化粧水は存在するし、エステや美容外科まである。
ほとんどの人が、外見を全く気にしないよりも、身ぎれいにしている者の方を好ましいと思うだろう。
「そう言ってくれると嬉しい。この趣味は、親しい人間にしか打ち明けないのだが……やはり、変わり者と思われているだろうな。剣の稽古よりも編み物が好きだし、狩猟よりもハーブの栽培や美容研究が好きなのだ」
「編み物もできるのですか」
「プロには及ばないが、そこそこ上手いと思うぞ?」
なるほど、マーロウ王太子は少し個性的な王子様のようだ。
(……いわゆる乙女系?)
王族なので料理はしないものの、刺繍の腕も良いし、音楽や絵画や詩の才能もあるらしい。
そういえば、少女漫画の中でも彼は鍵盤楽器を弾いたり、弦楽器を弾いたりしていた。
芸術に適性がありそうだ。
「羨ましいです。私は、どうもそういうのは苦手で、最近刺繍がなんとか様になるようになったばかりなのです。詩も音楽もさっぱりで……」
「詩は練習しておいたほうがいいぞ。この国では、恋文に詩を添えることが多い」
「そうなんですか? 初めて聞きました」
「ブリトニーには、まだ少し早い話かもしれないな。練習に、ここで何か書いてみないか」
そう言うと、マーロウ王太子の使用人が紙とペンを差し出した。
この世界の紙の技術はわりと発達している。そんなに質は良くないけれど……
発達している文化としていない文化がちぐはぐなので、記憶が戻った当初は少し混乱したものだ。
ペンを手に持った私は、家庭教師による授業を思い出し、今回のパーティーについてのお礼の詩を書く。
(恋文を送りたい相手なんてまだいないし)
家庭教師からの評価は散々だったが、こういうのは気持ちの問題だと思っている。
心がこもっていればいいのだ……たぶん。
(詩の得意な王太子に評価してもらえる機会なんて、そうそうないものね)
出来上がった詩を、マーロウ王太子に渡すと、彼は目をキラキラと輝かせ始めた。
お礼の詩とはいえ、目の前で見られるのは少し恥ずかしい。
「ふむ、これはすばらしい!」
「ええっ?」
「とても独創的な言葉の選び方、斬新な組み立て方! こんな詩は初めて見た!」
「そ、そうでしょうか」
「これは……ぜひ、リュゼやリカルドにも見せたいな」
「いや、それは恥ずかしいんですけど」
芸術方面に明るいらしい王太子に褒められて、私は良い気分になった。
「ブリトニー。私のことは、マーロウと気安く呼ぶといい。君は、我が同志だ」
「……はあ、光栄です。マーロウ様」
でも、この王太子様……本当に、かなり変わっている。
少女漫画の中で見せていた兄らしい一面は、彼の表面でしかなかったのだろう。
しばらくの間、私たちは互いの趣味について語り合った。
「マーロウ様、ご自分で薬草研究をされていることは素晴らしいと思います」
「そうだろう。城の医師も驚く品揃えだからな」
「ですが、完全に身を守るためには、予防も必要ではないですか?」
あの少女漫画の中で、彼の死因は刺客による刺し傷だった。いくらハーブを集めていても、対処できるものではない。
事件が起こるのは数年先だが、いまから注意しておいた方が良いと思う。
「ははは、ブリトニーは優しいな。君の言う通り、これからは予防にも気をつけるとしよう」
どこまで本気で言葉を受け取ったのかは謎だが、王太子は笑顔で同意してくれた。












