31:王女のお呼び出し
会場に集まった貴族達への挨拶が終わると、マーロウが笑顔でリュゼに歩み寄ってきた。
「やあ、リュゼにブリトニー!」
王都の学園で仲が良かったと言っていたが、こうして見ると本当に親しいらしい。リュゼの方も家ではあまり見せない、年相応の自然な笑い方をしている。
(でも、私まで巻き込まないでもらえるかな……)
王太子に親しげに呼びかけられたせいで、無用な注目を集めてしまっている。
ヒソヒソと、「あのデブ、王太子と親しいのか?」やら「どうせ、リュゼ様のおまけだろ?」やら、勝手な憶測をされているのが耳に入った。
(なるべく目立ちたくないのに)
婚約者探しも兼ねてパーティーへ出席したものの、予想通り男性陣からの反応は冷たく、着飾った都会の令嬢からはクスクスと笑われ、悪役令嬢アンジェラまで現れる始末。
本当についていない。なんだか、惨めな気分になってきた……
(私、何をやっているのだろう)
石鹸の宣伝はリュゼがうまい具合にやってくれたものの、私は彼の横にくっついているだけで役に立てていない。まあ、十二歳児があれこれ言ったところで説得力なんてないのだけれど。
大人しく従兄の後ろに待機していると、マーロウが不意に私に話を振った。
「ところで、ブリトニー! 城の西の庭は見てくれたかい?」
私は、パチパチと瞬きをする。
「庭? と言いますと、あのハーブの植わっていた場所でしょうか?」
「見てくれたのだな。あれらは全部、私のコレクションだ。それもあって、あそこを皆の部屋に指定した」
自慢の場所だから、見て欲しかったということだろうか。
「出入り自由とのことだったので……思わず庭に出て、温室に入ってしまいました」
「ああ、やっぱり興味を持ってくれると思った。君は私の同志だな!」
そう言うと、マーロウはこちらに手を伸ばしてくる。
「へ……?」
「本当はもっと語り合いたいところだが、今は時間がない。あとで収穫した私のコレクションを分けてあげよう! ぜひ、活用してくれ!」
「え? あの?」
わけがわからず戸惑う私の手を取り、ぶんぶんと上下に振る王太子。
(勝手に同志認定されているのだけれど……石鹸や化粧水に興味を示していたし、そういうものが好きなのかもしれないな。この世界の男子にしては珍しいけれど)
それにしても、公衆の面前でこういうことをするのはやめて欲しい。
(ほら! アンジェラも、こっちを向いているし!)
菫色の瞳が、じっと自分を見つめているのを感じる。取り巻きフラグじゃないよね。
王太子が再びリュゼと話し始めるのと同時に、彼の背後に立っていたアンジェラも動いた。
「はじめまして。あなた、ブリトニーと言うのね。お兄様とは親しいのかしら?」
(ひいっ、話しかけられたー!)
つかつかと歩み寄ってきた王女様を拒絶する術はない。名指しだし……
「いえ、最近お会いしたばかりです。従兄とは仲が良いみたいですが」
「お兄様があんな顔をなさるのは、珍しいの。よろしければ、私とも仲良くしてくださる?」
他の貴族もたくさんいる場所で王女のお誘いを断れる勇気のある人物がいたら、ぜひともお目にかかりたい……私は無理でした。
返答に満足した王女は、これまた似合わないワインレッドの口紅を付けた唇の端をニヤリと持ち上げる。肌に対して不自然に色が濃すぎるため、口の周りだけ異様に目立ってしまっている。
(妖怪みたい。取って食われるかも……)
おののく私に構うことなく、アンジェラは話を続ける。
「そうだわ。お兄様と懇意にしているあなたに、ぜひお聞きしたいことがありますの」
「なんでしょうか?」
「ここではなんですから、後で私の部屋にいらして。ぜったいですわよ!」
「……はい」
と言いつつ、私は心の中で叫んでいだ。
(ああ、私の馬鹿。なんで普通に返事をしているんだよ!)
でも、ここで王族の頼みを承諾しないなどという選択はできない。
(また、破滅に一歩近づいてしまった)
※
パーティーが終わってすぐ、私は黒子のメイドに追い立てられるようにしてアンジェラの部屋へ向かった。王女である彼女は、すでに自室に戻って私を待っているらしい。
私の様子がおかしいのに気づいたノーラが、心配してついてきてくれた。
アンジェラの部屋は、城の東側の一番日当たりの良い場所にあるようだ。
東の庭には、西の庭のように何種類かの地味な植物が植わっているのだが、黒子メイド曰く、あれらは全部毒草なのだとか。
少女漫画の中のアンジェラは、ブリトニーと同い年。
しかし、十二歳の時点で、すでに立派な悪役令嬢となっているようだ。
王女の部屋の前で、メイドがアンジェラに声をかける。すると、すぐに入室許可が出た。
一緒に来たノーラも入って良いらしい……この顔ぶれ、ますます原作通りである。
「お待ちしておりましたわ」
黒と白と赤に統一された落ち着かない部屋の中、地味顔に濃いピンクのドレスを着たままのアンジェラだけが浮いている。
「お二人とも、どうぞお掛けになって」
真っ赤な長椅子に案内された私たちは、おずおずとそこに腰掛けた。
黒子のメイドが紅茶を運んでくる。
「では、さっそくですが……ブリトニー、あなたにお聞きしたいことがありますの」
「なんでしょうか」
取り巻きになれと言われるだろうかと、私はドキドキしながらアンジェラの話を待った。
「聞くところによると、あなた、見かけによらず美容方面にお詳しいようですわね」
「え、美容?」
意外な質問に、思わず聞き返してしまう。
しかし、隣の席から同意の声が上がった。ノーラである。
「ええ、そうです。ブリトニーは、ハークス伯爵領で美容に関する様々な商品を生み出しているのです」
ノーラは身を乗り出すようにして、アンジェラにそう訴えた。
彼女としては、厚意で王女に友人を売り込んでいるつもりなのかもしれない。
しかし、それは余計なお世話というものだ。
一刻も早く「役立たず」という烙印を押された上でここから解放されたい。
そして、二度とアンジェラには関わりたくない。
私は、「そんなことはないです」と言おうとしたのだが、それよりも早くアンジェラが口を開いた。
「では、今日の私を見て、どうお思いになる? 正直な感想をお聞きしたいのですけれど」
淡い金髪をきっちり結い上げた王女様は、菫色の瞳を瞬かせながら無茶な質問を繰り出した。
言葉に詰まった私は、しばしの間考えを巡らせる。
(これは……どう答えたら良いのだろう)
少女漫画のブリトニーならば、きっとおべっかを使うはずだ。
漫画の中でも「素晴らしいですわ、美しいですわ」などと、むやみに悪役令嬢を褒め称えていた。
けれど、私はアンジェラの取り巻きにはなりたくない……というのが本音。
彼女はまだ十二歳だし、アンジェラの気分を害したとしても部屋から追い出されるくらいだろう。
(よし、正直な意見を言ってしまおう)
私は意を決して、アンジェラに声をかけた。
「王女殿下、率直に申し上げます」
「ええ、よろしくてよ」
「……今日のご衣装は、王女殿下に全く似合っておりません!」












