30:悪役令嬢の登場
「あ、あの、リカルド?」
強引に私を引っ張りながら歩く元婚約者に、戸惑いの声を上げてしまう。
呼ばれたリカルドは、人の少ない場所に来ると立ち止まって口を開いた。
「お前、何を言われっぱなしになっているんだ」
彼が言っているのは、先ほど男に絡まれた件だろう。
でも、私は言われっぱなしになっていたわけではない。
「私が言い返す前に、あなたが言い返してしまったの」
「……そうか」
「でも、庇ってくれてありがとう。あの場には味方がいなかったから、助かったよ。リュゼお兄様は少し離れた場所にいて気付いていなかったし、誰も知らない中で見ず知らずの人に罵られるのは、ちょっと辛いもの……」
豚扱いに耐性があるとはいえ、一方的に貶されるのは嫌だ。
「向こうは、お前のことを知っていたと思うぞ」
リカルドの言葉に、私は以前より少しだけ細くなった首をかしげる。
「……どういうこと?」
「あいつは、ダン子爵家の長男だ……といえばわかるか?」
その名前を聞き、私はげんなりした。
それは、とても聞き覚えのあるものだったのだ。
「会うのは初めてだけれど、父の駆け落ち相手の家の息子ということだね」
幼い頃の事件なので周囲から聞いた話になるが……どうやら駆け落ちした父の相手は、先ほど絡んできた男の母親だったらしい。
本当に、何をやっているんだよと言いたくなる。
「お前の容姿は目立つから、この場で絡みにきたのだろう。あそこは、後妻との関係がうまくいっていないらしいからな」
だからといって、娘である私に文句を言われても迷惑だ。
「よその家の事情を、よく知っているのね」
「勝手に耳に入ってくる。お前もこういう場に出るのなら、もう少し余所の家の事情を知っておいたほうがいいぞ。リュゼの得意分野だから、あいつに聞けばいい」
「そ、そうなんだ……うん、頑張る」
たしかに、リュゼなら色々知っていそうだという気がした。あまり敵には回したくない。
「それから……お前だって親を失ったのだから、変に向こうに気を遣う必要はないと思う」
ふいと横を向きながら、ぶっきらぼうな口調でリカルドが言った。
これは、なんだ? 彼なりの励ましだろうか?
「えっと、ありがとう」
真っ赤な顔の元婚約者に、一応お礼を言っておいた。
やっぱり、リカルドはシャイな性格のようだ。
(でも、私のことを「嫌いだ」と言っていた割に、こうして助けてくれるし……いい子だよなあ)
向こうからは嫌われているけれど、私は彼にライアンやマリアと同じような親しみを覚えた。
※
その後、私は従兄のリュゼに連れられ、他の参加者に挨拶をして回る。
(お兄様、もうちょっと早く動いて欲しかったな。さっさと私を連れて移動してくれれば、変な奴に絡まれることもなかったのに)
子爵家の息子に私が罵られたことを、リカルドはリュゼにきっちり報告していた。後が怖い……
そう思いながらリュゼの後を付いて回っていると、不意に会場全体がざわめき出し、王太子マーロウが現れた。
そして、彼の後ろからは、ストレートの髪をきっちりと結い上げてフリフリの濃いピンクの衣装を着た……
(出た、アンジェラー!)
少女漫画の悪役令嬢が一緒に現れたのだった。
実物を見るのは初めてだが、アンジェラはマーロウ王太子と比べるとずいぶんと地味顔だ。
顔の各パーツが小さめで、背もそこまで高くはない。髪は王太子と同じく淡い金髪なので、余計に二人の違いが顕著になっている。
(これは……嫌だろうな)
事あるごとに美形で花のある兄の王太子と容姿を比べられれば、性格も歪むかもしれない。そこに、同性の妹であるメリルが加わったなら尚更だ。
私も今の挨拶回りで「リュゼの従姉妹なのにコレかよ」という目で見られ、少しショックを受けている。
王族ともなれば、日常的に人の目に晒されるので精神的にキツイにちがいない。
(……って、なにをアンジェラに共感しているんだ。メイドを全員黒子にする王女なんて、普通じゃないし!)
しかも、ノーラと同様、彼女も濃いピンクのドレスが全く似合っていない。
アンジェラの場合はドレスの華美さや派手さによって、本人の存在が掻き消されていた。完全に、服に着られているという状態だ。
マーロウ王太子の後ろでツンとすましているアンジェラだが、客のほとんどの目は兄王子に集中している。
存在感が薄い彼女の菫色の瞳は感情をあらわにすることなく、ただ前へ向けられていた。












