2:白豚令嬢の過去
転生後の私には、両親がいない。
前世の記憶の他に、私の中にはブリトニーとして生きてきた記憶もあった。
ハークス伯爵家の当主だった父は、ブリトニーが幼い頃に他所の人妻と駆け落ちして家を出て行き、その後の消息は不明だ。
そんな父の行動に気分を害した母は、伯爵家と縁を切って実家に戻り、他の貴族と再婚してしまった。母の実家の身分は、ハークス伯爵家よりも高く、そういった行動が可能だったのだ。
この少女漫画の世界の結婚には、愛よりも実利が優先されるのだが、時代の流れなのか恋愛結婚も増えてきている。昔のヨーロッパ風の世界観と似てはいるものの、まったく同じというわけではない。
あくまでも、この少女漫画は架空のファンタジー作品で、主人公のメリルも最後は恋愛結婚をすると思われた。
今のハークス伯爵家を仕切っているのは、私の祖父――サルース・ハークスだ。祖母は既に他界している。
人の良い祖父は、少々頼りないところがあり、よく金を騙し取られたり、他人に借金を踏み倒されたり、高額な商品を売りつけられたりしていた。
人としては、優しく素晴らしい祖父であるが、伯爵家の当主には向いていない。
彼のおかげで、伯爵家の財政状況は大変苦しいのである。
辺境の領地を管理しているハークス伯爵家だが、この場所は山と海に囲まれた田舎で、これといった特産品もないような場所だった。
かつては、名馬の産地として有名だったのだが、ここ最近は大きな戦もなく馬の需要も減っている。港はあるが、岩場ばかりで海も荒れており交易には向かず、何の工夫もしなければ資金が増えることなどない。
破棄されてしまったが――私の婚約は、もちろん政略的なものだ。
裕福な領地を治めている別の伯爵家への嫁入り話で、婚約を条件に資金面の援助をしてもらう予定だった。
ちなみに、ハークス伯爵家は将来従兄が継ぐ予定なので、跡取りの心配はない。
お詫びとして祖父は結構な額の賠償金、その他諸々を手に入れたのだが、私が嫁入りしていた方が後々のハークス伯爵家にとっては良かったと思う。断られてしまったものは仕方がないが……
破棄された理由は想像がつく。婚約相手の伯爵子息が、ブリトニーの容姿を嫌がったのだろう。
直接会ったことはないが、ブリトニーが性格の悪いデブだというのは有名な話だ。
祖父経由で婚約破棄を伝えられた後、私は部屋にある大きな姿見でまじまじと自分を見た。
ブリトニーの容姿は、私が男でも婚約破棄したくなる醜悪さである。
なんせ、十二歳にして八十キロの肥満令嬢だ。顔に浮き出るニキビも、見た目を悪化させるのに一役買っているし、体臭もきつい。
その上、祖父に甘やかされて育ったため、性格はわがままで頭は悪く世間知らず。
趣味は食事と午後のお茶、新しいドレス選びなどの散財行為、使用人いじめ。
(本当に……ロクでもないお子様だよな)
記憶が戻るまで、ブリトニーとして平然と生きてきた私は、激しい自己嫌悪に陥った。
しかし、悔やんでいるだけでは何も解決しない。全ては、もう手遅れなのだから。
(とりあえず……ダイエットして、処刑を回避しなければ)
そして、使用人との関係も改善し、伯爵令嬢としての教養を身につけ、祖父の領地管理の手伝いができるようにならなければいけない。気が遠くなるような難行だけれども……
婚約破棄されたショックで旅に出るとか、開き直って新しい仕事を始めるなどという方法も考えた。
しかし、残念ながら今の私にその選択はできない。
こんな世間知らずの少女が旅などに出でも、すぐに路頭に迷うことは目に見えている。または、悪いおじさんに見つかって、ドナドナされて身代金を取られるのがオチだ。
おまけに社会に出たことのない私は、秀でた技術なども持っていない。
ブリトニーは、ごくごく平凡な……場合によっては、平凡以下の能力しか持ち得ない肥満児という絶望的な状況なのだ。
それに……私には、伯爵令嬢としての役目を放り出す度胸はない。貴族は、意外と責任が重いのである。
だから、今回の回避策が「痩せて、主人公メリルの姉に目をつけられないようにする」という地味なものになった。
普通の伯爵令嬢として、第二の人生を普通に生きていく。
それが、今の私の目標だ。