224:お屋敷と開かずの間
カラフルな木組みの家々が立ち並ぶ、広く整備された石畳の道。
馬車で進めば、まるで絵本の中に迷い込んだような風景が広がっている。
アスタール伯爵領。お洒落なカフェやレストランにも困らない、中央の国第二の都市だった場所。
栄えた港町を領内に持ち、岩塩の採れる山もある豊かな領地だ。
そして、私の嫁ぎ先。
このたび、リカルドの功績が認められ、彼が半分になったアスタール領を継ぐことに決まった。
アスタール家に迎え入れられる私は、リカルドの妻として共に領地をよくしていかなければならない。さらに、リュゼの便宜も図らなければならない。
(うう、こんなお洒落な都会でやっていけるのか、私……)
新しい環境にワクワクする気持ちと、不安な気持ちがせめぎ合う。
丸い体を抱えて外を眺めていると、私の気持ちを察したリカルドが「心配はいらない」と言ってくれた。
「ブリトニーの最初の仕事は、アスタール家の環境に慣れることだ。ゆっくり過ごして欲しい。ただ、婚礼衣装の採寸が控えているから、体型は決めておいた方がいいな」
「え、もう採寸するの!? 早くない!?」
リカルド曰く、半年後くらいに式を挙げたいとのこと。
そして、ドレスの採寸は三ヶ月後を予定しているらしい。
(なんとしても、痩せねば!!)
エレフィスのように体型を気にしない令嬢もいるけれど、私はスマートな姿でドレスを着たかった。
それに、これからは、意志の力で暴飲暴食を控えると決めたのだ。
ストレスなんぞに負けてなるものか。
アスタール伯爵領にはハークス伯爵領に近い田舎エリアと、私が今いる都会エリアがある。
岩塩が採れるのは田舎エリアで、船での貿易が盛んなのが都会エリア。
山に囲まれて育った私にとって、海辺の街というのは新鮮だった。
ちなみに、リカルドと住む予定の屋敷が建つのは、都会エリアのど真ん中。少し前までリリーや彼女の両親が暮らしていたが、このたびリカルドの手に渡るらしい。
伯爵業を重荷に感じていたリリーの父親は、すがすがしい様子で屋敷を引き払い、それまで住んでいた場所に帰っていったとのこと。
屋敷にはリカルドの両親が滞在していたが、私が嫁ぐのをきっかけに田舎エリアへ引っ越した。
なので、屋敷で生活するのはリカルドと私と使用人や兵士の皆様だけ。
引き継ぎ諸々の仕事は、あらかじめ済ませてあるらしい。
少し前までリカルドは、ハークス伯爵家とアスタール伯爵家を行ったり来たりしていたのだ。
いつもリュゼが身近にいたので忘れそうになるが、リカルドはこう見えて、とても優秀である。
馬車は安全運転で、アスタール伯爵家の屋敷に到着した。何度か訪れたことのあるリカルドの実家は、落ち着いたクリーム色の壁の大きな建物だ。
無骨な造りのハークス伯爵家の屋敷とは異なり、至るところに繊細な細工が施されていたり、季節の花々がカラフルに窓を彩っていたり……なんというか、お洒落である。
美容を布教する身ではあれど、お洒落すぎる空間は緊張する。田舎者なので。
庭も公園より整えられていて、豪華な花が溢れる様子は辺境の花畑よりすごい。
白い布張りの屋根の下にはカフェテーブルが並べられていて、お客として屋敷を訪れた際にはここでお茶を飲んだ。
さらに、この屋敷には他にも庭があり、迷路のような生け垣や小さな池も存在する。
ザ・お金持ち貴族の屋敷、それがアスタール伯爵家だ。
門をいくつかくぐると馬車が止まり、先に降りたリカルドが手を伸ばして私を馬車から降ろしてくれる。彼はいつでも紳士的だった。
(ふう、スムーズに扉から出られて一安心)
アスタール伯爵家の人々に、「馬車の出口にお尻を詰まらせる姿」をさらさずに済んで、ホッと息を吐く。
顔見知りでもあるアスタール伯爵家の人々は、私を歓迎してくれた。
私の体型を馬鹿にするような人物はいない。
まずは、リカルドに屋敷内を案内してもらう。
以前は、私がハークス伯爵家の屋敷を案内する立場だったが、逆転してしまった。
「こっちが俺の部屋、隣がブリトニーの部屋だ。向こうは仕事部屋で奥は図書室、本は勝手に見てもらっていい。何かあれば、使用人に伝えてくれ」
「なにからなにまで、ありがとう、リカルド」
「当然のことだ。言い忘れていたが、一番端の部屋は開けないように」
「どうして?」
「とても危険だからだ」
アスタール伯爵家には、開かずの間があるようだ。
そんなことを言われると、開けたくなるのが人情だけれど。
「覗くだけならいい?」
「いや、その……」
リカルドの歯切れが悪い。
なんだ、隠したいものでもあるのか?
はっきり「駄目」とも言わないので、彼の前で細く扉を開けてみた。すると……
「うぉっ、なんじゃこりゃあ!」
私は慌てて扉を閉めて後ろに飛び退く。
部屋の中には、ゴミやガラクタの山が出来ていたのだ。
「リカルド、これ、どういうことなの?」
きれいなアスタール伯爵家らしくない、不気味な光景に動揺していると、リカルドは観念した様子で口を開く。
「ここはリリーの部屋なんだ。身内の恥をさらすようで言いたくなかったが、すさまじい汚部屋なので片付けが済んでいない。これでも、マシになった方なんだ」
「リリーの? 嘘でしょう!?」
「本当だ。リリーは掃除や片付けが大の苦手で、ものぐさな人間なんだ」
私の脳裏に、愛らしい美少女が浮かんだ。
リリーはメリルの侍女になるため、今は王都にいる。社交的な彼女のことだから、何の心配もしていなかったが、まさかの汚部屋の住人だったとは。
「とにかく、雪崩が起こったら危ない。完全に部屋が片付くまで、この部屋の扉は開けるな」
「わ、わかった」
リカルドの注意はもっともなので、私は黙って首を縦に振ったのだった。












