21:取り巻き同士の友情
落石事故で帰れなくなったノーラを伴い、伯爵家の廊下を歩く。
彼女を客室へと案内するためだ。
時刻は夕方だが、夜までにはまだ時間がある。
「あ、あの、ブリトニー様、ご迷惑をお掛けして、も、申し訳、ありません」
「遠慮なさらないでください。同年代のご令嬢と話せる機会は少ないので、私は嬉しいです」
ノーラは、やっぱりビクビクしている。
何をそんなに遠慮しているのだろう。
(もしかして、ブリトニーに怯えているの……?)
過去の愚かな行動のせいで、性悪白豚令嬢の噂は近隣の領地に広がっている可能性が高い。
しかし、ノーラは私に怯えているわけではなかったようだ。
おずおずと顔を上げた彼女は、小さな声でポソリと呟く。
「……今日は、ひざ掛けを、ありがとうございました」
「いいえ、私がもっと早く気づいていればよかったのですが。我が家のお茶会で不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「そ、そんな……! ブリトニー様が謝ることなんて、ないです!」
彼女はオロオロしながら、廊下の途中で立ち止まった。
「うちの伯爵家は、あまり裕福ではなくてドレスも少ないんです。それなのに、私の身長が伸び続けるから丈の合うものがなくて。裾を足したのですけれど、ここへ来る途中に取れてしまって」
「それは、災難でしたね」
「私、駄目なんです。他のご令嬢が集まる場が苦手で。だって、みんな小さくて可愛くて、私みたいにソバカスもないし、酷いくせ毛じゃないし、目もぱっちりしていてお洒落だし……ああ、私ったら、初対面のブリトニー様に何を言っているのかしら、ご、ごめんなさい」
そこには高飛車で意地悪な令嬢はおらず、ただ自分に自信のない、引っ込み思案な女の子が立っていた。
ノーラの自信のなさは、私にも共感できる部分が多く、手を差し伸べてあげたい気持ちになる。
彼女と関わるのは原作に近づくから危険。そんなことはわかっている。
けれど、私はノーラと仲良くなりたいと思ってしまった。
(どうして、大人しいこの子が意地悪になってしまったのだろう。素直なノーラの人生に、一体何があったのだろう……)
原作で彼女が出て来るのは、メリルが十六歳になった時で場所は王宮。
漫画のノーラは、最初から最後までブリトニー並みに意地悪だったはずだ。
(今考えてもわからないな。とりあえず、彼女を案内しよう)
私は客室にノーラを連れて行く。
貧乏伯爵家の客室は、きちんと整えてあるけれど、そんなに豪華ではない。
却ってそれが良かったようで、彼女は落ち着きを取り戻した。
ノーラを部屋に案内してすぐに、祖父が挨拶をしにやって来る。
「初めまして、ノーラ嬢。落石事故にあうなんて、災難じゃったな」
「は、伯爵様、本日はお世話になります。急なことですのに、ありがとうございました」
「構わんよ。ブリトニーと仲良くしてくれて、ありがとう」
祖父は、私が令嬢と仲良くしていて嬉しそうだ。
ちなみに、リュゼはレモン畑の視察に行っているので留守中である。
「そうじゃ、ブリトニー。お気に入りの温泉を案内して差し上げたらどうじゃ?」
ノリノリの祖父の勧めで、私は荷物を置いたノーラと温泉に向かった。
使用人が温泉を使うのは夜なので、まだ時間がある。
温泉の扉を開いたノーラが、彼女にしては珍しく大きな声をあげた。
「すごいですね、温泉って。ブリトニー様は、変わっておられます……あ、すみません! 深い意味は……」
「ノーラ様に悪意がないのはわかっております。それと、私のことはブリトニーと呼び捨てにしてもらって構いませんよ」
「あ、では、私のことも……ノーラと。かしこまる必要もありませんわ」
「では、お言葉に甘えて。ノーラ、温泉に入ってみない?」
「えぇっ? で、でも……」
ノーラは、おずおずと自分の体を見下ろした。
「着替えなら、手伝ってあげる」
「違うの、私も着替えは一人でできるわ。あまり、体を見られたくないのよ」
「私のたるんだ体に比べれば、ノーラはスマートで良いとおもうんだけど……嫌なら、外に出ておこうか?」
「ブリトニーも、自分の体を嫌だと思ったりするの?」
「そりゃあそうだよ。だって、こんなに太っているんだもの! 今日も意地悪令嬢三人組に嫌味を言われたしね」
「そっか……私もね、この背の高さと貧相な体つきが嫌なの。まだ子供なのに、大人の女の人より背が高いし、手足ばかりヒョロヒョロと伸びるから、ドレスもすぐに合わなくなる。少しでも背を低く見せたくて、ちょっと屈んで見せることもあるわ」
「……気持ちはわかるけれど、屈むのは微妙かもね。姿勢は正した方がいいと思う」
身長を気にしすぎるせいか、ノーラはちょっと猫背だ。
姿勢が悪いので、いつも自信なさげに見えてしまう。
自信のなさそうな人間は、舐められやすく悪意を持った人間から攻撃されやすい。
そう答えると、ノーラは黙って頷いた。
「確かに、私はよく上から物を言われたり、他の令嬢から攻撃されたりするわね。ブリトニーの言うとおりかもしれない。でも、堂々とするのも難しいのよね。つい、いつもの癖で萎縮してしまうの……私、自分に自信がないし」
漫画で出てきた高圧的なノーラとは、百八十度違う発言である。
「ノーラ、それなら、私と一緒に美を追求しよう」
「えっ?」
「私、訳あって、十五歳までに婚約者を見つけなければならないの。だから、今から痩せて綺麗になるつもり……まあ、元の顔の作りとか限界はあるのだけれど」
「すごいわ、私も今より綺麗になりたい。せっかくだし、温泉にも入るわ」
私たちは一緒に温泉に浸かり、石鹸で体を洗い、シャンプーとリンスを使った。
長身を気にしているノーラだが、自分と比べてスタイルは抜群なので地味に凹む。
(この世界では小さくて華奢な女の子がモテるみたいだけれど、私が男ならスタイルの良いノーラの方が好みかも)
背が高くて手足の長いノーラは、モデル体型なのだ。
けれど、問題がないこともない。
「ノーラ、ちょっと痩せすぎじゃない? 骨が浮いているみたいなんだけど」
ガリガリのノーラの体は、ところどころ皮膚の下に骨の形が浮き出て見えるような部分がある。
「ああ、これは。身長をこれ以上伸ばしたくなくて、食事制限をしているからなの」
「……それは良くないよ。育ち盛りなのに、栄養をとらなきゃ」
私は、自分のことを棚に上げてノーラにアドバイスした。
ブリトニーの場合は、元が肥満体なので少しくらい食事制限をしたほうがいいのだ。
「そうね、他にも明け方まであまり寝ないようにしたり……色々努力しているから。そちらだけにしてみようかしら」
たしかに、前世のネットで「食事制限や成長ホルモンを出さないことで、身長が伸びるのを止められる」なんて情報を見たことがあるけれど。やっぱり、体に良くないと思う。
今のノーラを見ていると、早めに止めさせた方が良さそうだ。
(不健康なくらいガリガリだし、今も眠そうでフラフラしているものね。あとでコックにノーラ用の特別メニューを頼んでおこうかな)
そんなこんなで、共に悪役の取り巻きであるノーラと私は、原作通り仲良くなってしまった。
お互いに、今後は美容情報を交換するという約束までしている。
……一歩破滅に近づいてしまったけれど、大丈夫だよね?












