20:お茶会ともう一人の取り巻き
ついに、お茶会の日がやって来た。
家庭教師の協力を得てなんとかリメイクできたドレスを、新しく雇われたメイドに着せてもらう。
モスグリーンに黒レースという濃色のドレスは、白豚を少しだけ細く見せてくれた。
招待している令嬢は、いずれも近隣領地に住む常連お嬢様たちだが、今回は他に新規の参加者がいる。
お隣の領地に住むリカルドの従妹と、反対側のお隣の領地に住む伯爵令嬢だ。
ちなみに、アスタール伯爵家と反対側の隣にある領地の伯爵令嬢は、例の漫画の登場人物でもある。
ブリトニーと並び、アンジェラの取り巻きとして活躍していた彼女の名前はノーラ。
伯爵令嬢のノーラはブリトニーと正反対の体型の持ち主で、痩せた背の高い少女だ。
小さなツリ目と茶色のくせ毛を持ち、肌にはたくさんのそばかすが散っている。
彼女も、ブリトニーと組んで主人公をいじめる嫌な女の代表だった。
(ブリトニーとは違って、途中で死なないけれど)
死にはしないが、最終話近くでアンジェラが断罪されるのと同時に失脚する。
彼女の実家は、もちろん没落だ。
ブリトニーとノーラは二人で一セットみたいな扱いをされていることが多かったが、私はできれば彼女と関わりたくない。
ノーラは、過去のブリトニー並みに性格が悪いからである。
主人公の意地悪な姉アンジェラに繋がりそうな行動は控えるべきだろう。
令嬢達が到着し、伯爵家の中庭で微妙なお茶会が始まった。
「お招きいただきありがとうございます。ブリトニー様は、しばらく見ない間に……またふくよかになられましたわねえ。健康的で羨ましいですわあ」
一人の令嬢が、含み笑いをしながらそう切り出した。
彼女の両サイドにいる令嬢が、扇で口元を隠しながらニヤニヤ笑っている。
(うるせえな、これでも痩せたんだよ!)
ああ、叫びたい……
意外にも、意地悪なはずのノーラは彼女達に便乗しなかった。
椅子に座り、黙って俯いている。
(なんだか、印象が違うなあ)
アスタール伯爵の姪であるリリーという令嬢が、嫌な空気を払拭するように話題を変える。
リカルドと同じくオレンジ寄りの金髪の持ち主である彼女は、私よりも一つ年下みたいだがしっかりしていた。
「ブリトニー様、お会いできるのを楽しみにしていましたわ。従兄のリカルドから、あなたのことはお聞きしていましたの」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。リカルド様には、いつもお世話になっております」
リカルドは、彼女に私のどんな話を吹き込んだのだろう。
どうせ、ブリトニーは巨デブとかそんなところだろうな……
「従兄に、ブリトニー様からのお土産もいただきましたのよ。貴重なものを、ありがとうございます」
「いえいえ……」
おそらく、リカルドに賄賂で渡した石鹸のことを言っているに違いない。
以前彼が来た時にいくつかあげたので、それを周りに配ったと思われる。
テーブルの上には、私のおやつであるドライフルーツが置かれていた。
それとは別に、見栄えのするような普段の菓子も用意している。
お客様を招くのに、あまり貧相すぎるのはよくない。
三人の意地悪な令嬢は、勝手に仲間同士で盛り上がり始めた。
正直、何もしなくていいので助かる……
私はリリーと話しているが、ノーラは一人だ。
あまり関わりたくない相手だが、ここはホストとして彼女を接待せねばならない。
意を決して、ノーラに話しかけてみる。
「ノーラ様も、ご参加いただきありがとうございます」
「え、あ、はい……こ、こちらこそ、その」
オドオドと返事をした彼女は、自信なさげに小さな目を伏せた。
なんだか、イメージと違う。
高飛車な意地悪令嬢どころか、ものすごく大人しそう。
漫画のノーラのトレードマークは高く結い上げた髪なのだけれど、今はその茶色の髪は無造作に結ばれて、右肩に垂れている。
黒いドレスも、なんだかサイズが合っておらず足首が見えていた。
もしかして、サイズの合う他所行きのドレスがなかったのかな……?
ひざ掛けを渡してあげたほうがいいかも。
「ノーラ様、あの……」
再び声をかけようとしたら、ノーラに勢いよく話を遮られた。
「あ、ご、ごめんなさい! わ、私、華やかな場が、苦手で……緊張、してしまって!」
顔を覆い隠し、さらに縮こまる相方取り巻き令嬢。
(ひざ掛けを渡していいかを聞きたかっただけなんだけど……)
ノーラの萎縮具合に、私とリリーは顔を見合わせた。
一人で縮こまる彼女に気づいた意地悪令嬢たちが、良い獲物を見つけたというように、そのドレスをからかい始める。
「ああら、ノーラ様。今日は、いつにも増して地味な装いですこと。成長期で羨ましいことですわ、わたくしなんて全然背が伸びなくて」
「嫌だわ、足首が見えるなんて下品。やっぱり、最果ての領地で生活なさっている方は違いますわねえ。以前のブリトニー様には及びませんけれど、斬新なファッションですわ」
そこでチラッと私の方を見るのはやめろ。
(どうせ、ここも田舎領地だし、私の服の趣味は悪かったよ!)
でも、この近くに住む令嬢たちも、程度の差はあるが所詮は田舎者。
あの少女漫画に出ていた都会の令嬢達は、もっと洗練されていた。
「……」
俯いたノーラは反論せず、言われ放題の情況を許している。
「ノーラ様。よろしければ、ひざ掛けをどうぞ」
私の目配せで動いたメイドが、彼女に長めのひざ掛けを手渡す。
従兄に新しく雇われたメイドさん、目配せだけで状況を察してくれるなんて優秀すぎだ。
しばらくして、お茶会は無事に終了し、意地悪令嬢たちはさっさと帰って行った。
出向いてやっただけでもありがたいと思えといわんばかりの態度である。
(うん、やっぱり仲良くなれなかったな……)
対照的に、リリーとはたくさん話すことができたから良かった。
「ブリトニー様、今日は楽しいお茶会でしたわ。ありがとうございます。今度は、うちのお茶会にもいらしてくださいね」
リリーは見た目も可愛いし、とっても親切な子だ。
彼女は石鹸を愛用してくれているようだったので、お土産に新しく作った石鹸をもたせてあげた。
残ったのはノーラ一人だ。
どうやら、帰り道で落石事故が起こったらしく、道が塞がって帰れないのだとか。
ノーラの住む領地は、岩山に囲まれた険しい場所にある。
主な特産物は鉱石らしいのだが、最近は取り尽くしてしまったようで、あまり出ないらしい。
他に目立った産業はなく、ハークス伯爵領と同様、いやそれ以上に貧乏なところみたいだ。
結局岩を退けるまで時間がかかると言うことで、ノーラはうちに泊まって行くことになった。












