200:白豚令嬢VS北東の伯爵
翌日、私たちは隣のハークス伯爵領へ帰った。祖父は昨日酒を飲み過ぎたらしく、部下に支えられていた。彼はアルコールが大好きなのだ。
沙汰がおりるまで実家に残されそうだったノーラも、強制的に連れ帰る。あんな場所に彼女を一人残せない。
そして、もちろん諸々の出来事は王都へ報告していた。すでに早馬を飛ばしてある。
屋敷へ戻ると、リュゼが出迎えてくれた。
「お祖父様、ブリトニー、リカルド、おかえり。皆、無事で良かった。ノーラも、大変だったね」
リュゼのいたわりの言葉に、ノーラが控えめな笑みを浮かべた。
「さて、ブリトニーたちは、これから王都に戻るよね」
頷いた私は、リカルドとノーラの手を取る。
「まだ、やらなければならないことがありますので」
応えると、リュゼは来たときと同じように、私の頭を撫でた。
「危険なことに首をつっこまず、ずっとここにいて欲しい気持ちはあるけれど……国のためだから、気をつけて行っておいで」
「はい、お兄様。頑張ります!」
ハークス伯爵家で、私は二日間の休息を得た。
そして、すぐに王都に向けて出発する。リカルドは、戦後処理などもあって領地に残った。
私とノーラだけで王都へ向かう。
城では、マーロウやアンジェラたちが動いてくれているはずだ。
ハークス伯爵領にいる間に何かを感じ取ったのか、ノーラが窺うように問いかけてくる。
「ねえ、リュゼ様って、もしかして。……ううん、なんでもないわ」
「…………」
彼女の言わんとしている内容がわかったが、敢えて問い返すことはしないでおく。
私はリカルドと婚約しているし、事実を口にしてもノーラに嫌な思いをさせるだけだ。
そうでなくとも、色々な状況が積み重なり、ノーラの負担になっている。
途中で宿を取り、二人で取り留めのない話をする。
そうして翌日の昼過ぎに私たちは城へ到着した。
だが、門の前に覚えのある馬車が停まっている。それを見たノーラが息を呑んだ。
馬車は、彼女の実家のものだった。
私の連絡が城に届き、アンジェラたちが動いたのだろう。別ルートで、ノーラの父親が城へ来たのだと思われる。
城内へ入ると、アンジェラとメリルが出迎えてくれた。
客室へ案内された私たちは、近況を報告し合う。
そして、門前の馬車について聞いてみると、やはりノーラの父親が来ているとのこと。
王都から、呼び出しが掛かったのだ。
これから、ノーラの父親に対して事情聴取が行われるらしい。
「……というわけで、ブリトニー。あなたも出席なさい」
「わかりました」
酷い言葉が放たれることは予想できたので、ノーラはこの部屋で待機してもらう。
本人は大丈夫だと言っているが、私たちはこれ以上彼女を傷つけたくない。
私とアンジェラで、向かうことにした。
ノーラの傍には、メリルが残る。あまり仲良くない二人なので、ちょっと不安だけれど。
案内されたのは、なんと謁見の間だった。ノーラの父親もいる。
玉座には国王が着席し、その横にはマーロウが立っていた。他には王の側近と数人の衛兵しかいない。
(ひえぇ! 緊張する!)
マーロウは私の気も知らず、笑顔で手を振っていた。
ノーラの父親は堂々たる長身の体躯で、臆さず臣下の礼を取っている。私もきちんと対応した。
レディエ家とのやり取りを国王に問われたノーラの父親は、堂々とした口調で「娘の独断で引き起こしたことだ」という話を主張した。
娘のせいにするため、突貫で辻褄を合わせている箇所もある。聞くに堪えない。
けれど、彼は何か勘違いをしている。国王がノーラの父に問う意味を。
目の前に揃った王族の前で、ノーラの父親は「いかにして娘が罪を犯したのか」、「その他の娘の罪状について」、「娘の処分は自身も望むところだ」という内容をつらつらと流れるように吐き出す。
よくぞまあ、そんな酷い嘘がつけたものだという内容だった。
(ノーラを連れて来なくて正解だね)
こんな内容は彼女に聞かせられない。
アンジェラがいる方向からも禍々しい怒りのオーラが漂ってきていた。
次に国王は私に話を振った。
まさか、自分が問われることになるとは思っていなかったが、慎重に回答する。
「私は数日間、ノーラと共にいます。けれど、今聞いた話に違和感を覚えました。まず、レディエ家の不正にノーラは関わっていません。調べたところ、婚約者として彼らの家に入ったノーラは、酷い扱いを受けていました。領地の根幹に関わるような、重要な仕事を任せられていたとは考えられません」
私が発言すると、ノーラの父親は気分を害した様子で異議を唱えた。
「ハークス伯爵家の令嬢は、友情を盾に事実をねじ曲げる気です。ブリトニー嬢、証拠はどこにある? お遊びで根拠のないことを言っているのなら、今すぐ撤回しなさい」
ノーラの父親は余裕の表情を浮かべている。
社交デビューして一年足らずの、ただの令嬢だと完全に私を嘗めているようだ。
威圧的なオーラに負けず、私は続きを述べた。
「レディエ家に行った際、リカルドが侍女やメイドたちに話を聞いてくれています。彼女らの話では、ノーラは部屋から出ることを禁じられていました。それが嫌で、彼女は一度王都へ逃げ出してきています」
リカルドの整った容姿を前に、レディエ家に仕える女性陣は、皆揃って口を割った。
私の発言に、アンジェラが王都でのノーラの様子を付け加える。
「レディエ家の別邸に身を寄せていたとはいえ、王都で一人というのは、あまりにも不用心でしたから……私は城の者に彼女を守らせておりました。レディエ家は大事な婚約者に護衛すらつけていないようでしたわ」
ノーラの父親は、第一王女の発言にも反論した。
「失礼ですがアンジェラ殿下、あなたもレディエ家とグルなのでは?」
「は? ……どういうことですの?」
「風の噂で、あなたが国王の毒殺未遂を図ったという話を聞きました。あなたはノーラと組んで……」
「何を言うかと思えば失礼な。あなたのところには、まだ正しい情報が回っていないようですね」
扇を口元に当てたアンジェラは、ニヤリと笑う。
「私の無実は、全てが解決してから、国王の無事と共に大々的に国民に発表される予定でした。時期的なものもありますので、王都の貴族にしか事実を告げていませんでしたが……辺境にはまだ情報が届いておりませんのね。お気の毒に。ブリトニー、話を続けなさい」
「は、はい!」
唖然として口を開いたままのノーラの父親を横目に、私は続きを口にした。
「ノーラはレディエ家の不正を暴き、私たちに知らせてくれました。そのせいで、途中からはレディエ家の屋敷の屋根裏に幽閉されていましたが……その後も彼女は我々に協力的です」
そして、私はノーラの実家とレディエ家がやり取りしていた書類を複数掲げた。筒状にしてポケットに入れていたのだ。ハークス伯爵家の新商品のドレスは便利である。
とはいえ、こちらは写しで、原本はすでに城へ送っていた。
おそらく、国王が持っているのではと思う。
そうとは知らず、ノーラの父親は私に掴みかかり、書類を奪い取る。
「こんなものは、でっち上げだ! 女どもの友情ごっこには付き合ってられん!」
ビリビリと書類を破り捨てるノーラの父親。
(そんな行動をしたら、自分が怪しいと言っているようなものだよね)
一連の流れを見た国王は、重々しく全員に黙るよう指示を出し口を開いた。
「この度は、残念なことであった」
彼が何を言い出すのか、私とノーラの父親は固唾を呑んで見守る。
「北東の伯爵。何も知らず鉄の取引をしていただけなら、そこまで重い罪に問うつもりはなかった。だが……そなたは私の前で事実をねつ造し、偽りを述べた。それは許されざることだ」
ノーラの父親は、思わず声を上げる。
「そんな、違います! 誤解です! ハークス伯爵家の令嬢の言葉を信じるのですか? 書類だって偽物なのに……」
「ならば、書類の真偽を今ここで確かめてみよう」
国王の言葉を受け、ノーラの父親は困った様子で言った。
「ですが、書類はもう……」
破られて床に落ちた紙の残骸を見つめるノーラの父親。残念そうな顔を作っているが、腹の中でほくそ笑んでいるのが丸わかりだった。
しかし、余裕のある態度は、国王が懐から数枚の紙を取り出したところで崩れる。
国王が手にしているのは、彼も見覚えがあるだろう……本物の書類だった。
さっそくそれらに目を通した国王は、ブツブツと独り言を呟いている。
「どれどれ……おお、これは。なんということだ!」
予め証拠品に目を通しているだろうに、国王陛下は演技派だ。思ったより、お茶目な性格らしい。
「この記録は、間違いなく伯爵と侯爵が直接やり取りしたものだ。しかも、拇指を押しているとは。この指の大きさは、どう見ても令嬢のサイズじゃない!」
印鑑にしておけば良いものを、ノーラの父親は拇印を使っていたのだ。
それゆえに、私はこの書類を証拠品として回収させてもらった。
「指紋を調べれば書類を書いた者がわかるだろう。伯爵とノーラ嬢、二人とも調べさせてもらうぞ」
国王は二人の部下を呼び、一人をノーラの部屋へ、もう一人をノーラの父親の元へやった。
彼らの指紋を調べるためだ。
「断る! こんなことは無意味だ!」
ノーラの父親は、国王の部下に向かって怒鳴り散らした。
指紋の確認を拒否するなんて、自分が犯人ですと言っているようなものだ。
「やっ、やめろ、無礼者!」
今になって慌て出すノーラの父親。そんな彼に向かって私は微笑んだ。
「あら、大丈夫ですよ。北東の伯爵様は無実なんでしょう? ぐふふ……」
「このっ……小娘が!」
逆上して私に掴みかかりそうになるノーラの父親。
しかし、国王の傍に待機していた衛兵たちが走り寄り、彼を取り押さえる。
「離せ! 離せぇっ!! 陛下、誤解なんです! これは……! うわあああああーっ!!」
凄まじい抵抗を見せたノーラの父親だが、衛兵たちにいずこかへ引きずられて行ってしまった。












