1:あんまりすぎる転生先
私の前世の記憶が蘇ったのは、祖父経由で婚約破棄を言い渡された瞬間だった。
同時に、ここが前世で大好きだった少女漫画『メリルと王宮の扉』の世界だと思い出す。
ブリトニー・ハークス伯爵令嬢――今の私も、その話の中の登場人物だ。
物語の途中で話から消える脇役だけれど。
十二歳にして、八十キロを超える体重の肥満児ブリトニー。
好きなものは、お菓子類や食べ物全般。嫌いなものは運動という、典型的なデブキャラ令嬢である。
日に当たらず色白で弛みきった体と、大げさなほどぐるぐる巻いた黒髪。脂肪に埋もれた青い目。
そして、すさまじく悪い性格。
漫画読者の間で彼女は「白豚令嬢」と呼ばれていた。
悪役令嬢ではない、白豚令嬢だ。
私は、自分のだらしない体を見下ろした。
(腹が出すぎて、足元が見えぬ……)
少女漫画の中では、モブキャラの生い立ちが描かれていなかった。
けれど、自分がブリトニーになったからこそ、わかることがある。
(こんな性悪、婚約破棄されて当然だよ)
※
『メリルと王宮の扉』――
前世で一世を風靡した人気少女漫画は、割とベタな内容だった。
メリルという下町暮らしの少女が、実は生まれてすぐに失踪した王女だと判明する。
王宮に迎え入れられた彼女が、いろんな苦難に立ち向かいながら成長していくという王道ストーリーだ。
腹違いの姉や貴族令嬢達によるイジメ、他所の国の王子達との恋(三角関係あり)や、大好きな兄の死を乗り越え、メリルは最後に女王となる。
ベタさや分かりやすさが、少女達だけでなく元少女だった大人にも受けたらしい。
漫画とネット小説を読むのが趣味という大学生の私も、その例に漏れなかった。
人気作品のため、メリルが女王になる第一部が終了した後、第二部が連載されることも決まっていた。
とはいえ、私は第二部を見る前に命を落としてしまったようだ。
その先の話は知らない。
この漫画の中で、私――ブリトニーの立ち位置は、意地悪なメリルの姉の取り巻きだ。
太った体を揺らし、直接的にメリルをイジメ抜く実行犯。嫌な女たちの代表である。
しかし、愚かなブリトニーは物語の半ばで姿を消す。
メリルの姉は妹いじめの他にも数々の悪事を働いており、その中には国を揺るがす重大なものもあった。
他国の王子にそれらがバレた際、ブリトニーはメリルの姉にすべての罪を被せられ、切り捨てられるのだ。
それが原因でブリトニーは処刑、伯爵家は没落してしまう。
(笑えないんですけど……)
当然だが、味方に切り捨てられた上で処刑という道は歩みたくない。
もちろん回避するつもりだし、その方法も考えている。
悪役であるメリルの姉の取り巻き達には、ある共通点があった。
――全員が、メリルの姉よりも際立って醜いこと
――彼女の良い引き立て役になり得ること
メリルの姉の容姿は、美形ばかりが揃う王家の中では普通で、彼女は常にそのことを気にしていた。
妹であるメリルに辛く当たるのも、「出自が気に入らない」という以外に、「下町育ちにも関わらず自分よりも美しいから」という理由があった。
デブキャラのブリトニーは、メリルの姉の自尊心を満たすという点に、大いに貢献していたことだろう。
だから――
「とりあえず、痩せて処刑を回避しよう。メリルの姉の取り巻きにならなければ、きっと大丈夫」
社交デビューをするまでに、私はダイエットをして体重を半分にすると決意した。
デビューするのは早くても数年後、メリルが最初の舞踏会に出てくるのもその頃だ。
猶予は、まだある。