177:選んだ物件は
私はリカルドとヴィーカを交互に見つめた。
薄闇の中、二人は無言で佇んでいるが、ピリピリとした空気は伝わってきた。
それもそうだろう。リカルドや彼の家族は、あの内乱で運命を狂わされたのだから。
アスタール伯爵家が持つ北の国への恨みは強い。
ややあって、リカルドが口を開いた。
「ブリトニーから話は聞いた。あなた方の素性や、今はこちらに友好的だという内容も……今後の中央の国のためになる情報を持っているということも。そして、北の国から身を隠しているという話も」
「それで、私たちをどうする気かしら? 北の国に突き返すの? あなたに恨まれることをした自覚はあるわ……それに関しては、覚悟もしている」
ヴィーカの声は震えていた。今、祖国に帰されれば、確実に命が尽きると考えているのだろう。
しかし、リカルドは重々しく首を横に振った。
「そんなことはしない。ブリトニーが望んでいないからな……彼女はあなた方を保護したいと考えている」
静かに息を呑んだヴィーカは、漆黒の瞳で注意深くこちらの様子を窺っている。
「対価は……私の持っている情報ね。わかったわ。現状、それしか生き延びる選択肢はなさそうだし」
私たち二人は、ヴィーカの言葉に頷いた。
けれど、私を守るように立つリカルドは、厳しい声音で王女たちに警告する。
「あなた方を保護するが、もし怪しい動きをすれば容赦はしない。この国やブリトニーのためにならないと判断したら、即刻北の国に送り返すからな」
ヴィーカとジルは、ごくりとつばを飲み込み首を縦に振った。
「けれど困ったわね。あなたたちに保護されるとなると、潜伏先を移すべきかしら。ここは身を隠すのにうってつけなのだけれど……」
確かに、ヴィーカの言うとおりで、不気味な幽霊屋敷は近隣住民から避けられている。
仮に私たちの引っ越し先に彼女たちを移動するとなると、途中で見つかるリスクもあった。
「ええと、変装して馬車に乗り込むとか」
「それで、移動先はどこになるの? 城の近くや街の中心はやめてちょうだいね。あの辺りでは、何度か追っ手に捕まりそうになったから」
「うーん……」
引っ越し先候補の二つの屋敷は、城の近くと城下街の中心部だ。ヴィーカたちを連れて行きたいが、拒否されそうである。
強引に連れて行ってもいいのだが、万が一見つかってややこしい事態に陥るのは避けたい。
ハークス伯爵家が北の国と裏で繋がっているとか、変なデマを流されたくないし。
「わかりました、ちょっと考えます。それから、あなた方のことを城にいるルーカス殿下に話してみるのはどうでしょう? 彼は中央の国に友好的みたいですし」
私が話していると、ヴィーカが皮肉げな笑みを浮かべていった。
「あなた、本当にそう思っているの? あいつは、北の国の……」
「えっ……?」
驚いてヴィーカを見ると、彼女は「ルーカスには絶対に知らせないで欲しい」と念押ししてきた。
思わずリカルドと顔を見合わせる。
そのタイミングで、一階にいた案内人の呼び声が聞こえてきた。
私たちが遅いので心配しているようだ。積もる話はあるが、一度戻った方がいいだろう。
ヴィーカたちをその場に残し、私とリカルドは案内人のところへ戻った。そして……
※
「ふぅん? それで君たちは……よりにもよって、あのボロ屋敷を選んだんだ? 改装にいくら掛かると思ってる?」
リュゼがいる城に戻った私たちは、小さく並んで正座しながら青い顔で彼を見上げていた。
滞在している客室の部屋の気温が急速に冷え込んでいく錯覚に見舞われる。
「ス、スミマセン……」
私とリカルドはプルプルと震え、リュゼから目を逸らした。
「で、ですが、ヴィーカ王女たちのことを考えると、あの屋敷を買い取るのが最もいいと考えた次第で……」
「俺もブリトニーと同意見だった。あの王女を野放しにしておくのはよくない……出来ることなら、俺もあの屋敷は選びたくなかったが仕方がなかったんだ。王女たちは移動を拒んでいるし、あのまま放置して北の国の者に見つかるわけにはいかない」
「そ、そうですよ。それに、即決だと半額にしてくれるって案内の人が……」
私たちがまくし立てると、リュゼは小さく息を吐き、「仕方がないね」と言って髪を掻き上げる。
「ヴィーカ王女たちの動きが読めないし、彼女の存在を今はまだ明るみに出せないものね。あの屋敷を買い取る選択もやむを得ないかな」
嘘だ。今のは、絶対に「半額」に釣られただけだ……!
しかし、私は敢えてそれを指摘する勇気を持ち合わせていない。
結局、幽霊屋敷を買い取って改装しつつ、王都滞在中はそこで暮らすことになった。リカルドには気の毒だけれど。
「リカルド。怖かったら、夜は一緒にいてあげるね」
彼を励ましていると、リュゼが割り込んできた。
「大丈夫だよ、ブリトニー。リカルドには、僕がついていてあげるから……ね?」
「……!? い、いや、俺は一人で大丈夫だっ……!」
こうして、私たちは幽霊屋敷に引っ越すことになった。












