174:お屋敷訪問デート
客室の中には私とリカルドとエレフィスが揃い、それぞれが長椅子に腰掛けている。
リカルドとは隣同士、エレフィスは向かい側に座っていた。
彼女は私たち二人が落ち着くタイミングを見計らい、マーロウの件の顛末を告げる。
「ブリトニー様、本当にありがとうございます。おかげで、勇気が出せましたわ。マーロウ殿下とも、仲のよい状態に戻ることが出来ました」
「それは、よかったですね。お力になれてなによりです」
疑問符を浮かべるリカルドには、エレフィスが簡単に経緯を説明する。「そんな話を俺にして大丈夫なのですか」と戸惑う彼に、彼女は「ええ、リカルド様は殿下と親しいですし、協力していただければ嬉しいですわ」などと言って微笑んだ。
(エレフィス様、強かだ……)
切り替えの早い彼女は、早くも私とリカルドの二人を味方に取り込んだ。
「それで、ダイエットの件なのですけれど……」
エレフィスは、やっぱり今の体型のままでいいと私に告げる。
「私は美味しいものを好きなだけ食べることが生きがいですし、それを我慢してスマートな体型を維持するのは自分じゃない気がして。それに、やっぱりマーロウ様を諦めきれませんから、今のまま、ありのままの私で勝負したいと思っています」
彼女の決意は固く、私もその方がいいと感じた。
健康面では心配だが、エレフィスの場合は私のようにマイナス要因から太っているわけではない。ストレス回避の暴食ではなく、食べることを生きがいにし、それを心から楽しんでいる。
本人が望んでそうしていることを他人がとやかく言うのは間違っている気がした。
ダイエットだけが正義ではない。
私はエレフィスと接することで、そういう人生もあるのだと学んだのだった。
※
翌日から、リカルドと私の王都での家探しが始まった。
リュゼの指示により、王都での屋敷を探しているリカルドに私も協力する。
王宮から馬車に乗って来たリカルドが、私が滞在しているエレフィスの屋敷まで迎えに来てくれた。彼のスマートなエスコートで馬車に乗り込む。
久しぶりの二人での外出に、私は少しワクワクしていた。窓からは、貴族のお屋敷街の風景が見える。
ふかふかの座席に腰掛けた私は、向かいに座るリカルドに向かって声をかけた。
「ぐふふ、リカルド。これってデートみたいだね」
「ああ、そうだな。王都で一緒に家を探すなんて新婚みたいだ」
「し、新婚……!」
色々な妄想が頭を駆け巡り、私はフシューと顔から湯気が出そうになる。
そんな私に向かって微笑むリカルドは、さらに恥ずかしい発言を繰り出す。
「ブリトニー、こっちへ来ないか?」
そう言って、自分の膝をポンポンと手で示すリカルドに、私は「ぐふぉっ!」と悲鳴を上げる。
膝プレスの悪夢……再び。
(いや、今の私は痩せているんだった……!)
小首を傾げるリカルドに抗えず、私はおずおずと立ち上がると、向かいの席に座る彼の方へ移動する。
しかし、そのタイミングで馬車が揺れた。
「ぐほ!」
バランスを崩した私は、真正面からリカルドに向かってダイブする。突然突進してきた私を、リカルドは両手を開いて受け止めた。
(嫌ー! 恥ずかしいー!)
私が積極的に抱きつきに行ったみたいな状態になっている。
「大丈夫か?」
リカルドはそんな私を抱え直し、膝の上にストンと置いた。体の前に彼の腕が回り、とっても落ち着かない。
「……ブリトニー、なんで縮こまっているんだ?」
「だって、恥ずかしいんだもの」
「心配しなくても、今のブリトニーは軽いぞ? もちろん、重くても俺は平気だが」
「そうじゃなくて、リカルドが近いからドキドキしちゃうの」
体が密着しているので、心音が彼に伝わってしまわないか心配である。
「可愛いな、ブリトニー。そんなに顔を真っ赤にして……リンゴみたいだ」
「なんで、リカルドは平気そうなの!? 涼しい顔しちゃって」
「平気なもんか。こんなに近くにブリトニーがいて、なんとも思わないわけがないだろ」
「嘘だぁ」
ちょっと前まで、一緒に恥ずかしがってモジモジしていた仲だというのに、リカルドは一人だけ成長してしまった。ちょっと悔しい。
私は依然進歩しないままで、一人で彼を意識しては挙動不審な動きをしている。
そうこうしているうちに、馬車は一軒目の屋敷に到着した。
ハークス伯爵家の資金に余裕が出来たとはいえ、贅沢できる状況ではない。
だから、私たちは、中古で売りに出されている屋敷を回ることにしたのだ。
一軒目は緑の屋根で背の高い建物だ。小さな庭もついており、池や噴水も設置されている。
屋敷の前で待っていた案内人が、私とリカルドを建物内に案内した。
「ちょっと階段が多いけど、景色がいいね。一番お城に近いし」
リカルドに手を引かれた私は、屋敷の部屋を順に見て回る。
小さめだが小綺麗な部屋が各階に二部屋ずつ並んでいた。使用人向けの部屋も別にある。
一通り部屋を確認した私とリカルドは、次の物件に向かった。
二軒目は赤い屋根の丸い外観の屋敷だ。二階建てで一軒目より少し面積が広い。
庭には緑が多く、落ち着ける雰囲気だ。場所は城よりも街の中心部に近い。
「お、おお。リカルド、寝室が大きい!」
「……本当だ、余裕で二人入れるな」
「あっちには、書斎もあるよ。キッチンも広い! 日当たりもいいね!」
「ブリトニー、落ち着け」
私は二軒目の屋敷が気に入ったが、念のため三軒目も見ておく。
三軒目は中心街の外れにあり城から一番遠いが、王都内なので十分城に通える距離。
「今日見るのは、これで最後だね」
「ああ。ブリトニーは、二軒目が気に入ったのか?」
「うん! 広いし、明るいし!」
私を膝の上にのせているリカルドは、顎に手を当て思案しながら言った。
「夫婦向けの部屋もあったしな……どうした、ブリトニー? 何想像したんだ?」
「ナンデモアリマセン!」
からかうような目でリカルドが見てきたので、私は仕返しで彼の膝に全体重をかけて威圧する。
効果はいまいちのようで、逆に笑われてしまった。
(くそう、リカルドの余裕が悔しいなぁ……)
じゃれているうちに、三軒目の屋敷に到着してしまう。
値段が一番お手頃だと期待していた屋敷の外観は、今までで一番広く青い屋根の……ボロ屋だった。
いや、案内係に聞いたところによると、築年数は浅いらしい。
しかし、事故物件ゆえに人の手が入らず放置されていて、壁にはツタが這い回り、庭は雑草ジャングルと化している。
先ほどまで余裕の表情を浮かべていたリカルドも、屋根と同じく青い顔になっていた。
(そういえば、リカルドの苦手なものって)
私は、過去に彼から聞いた情報を思い返した。












