167:重要人物が語る未来
「ごめんなさい。私、『メリルと王宮の扉1』しか知らなくて。続編が出る前……本編が完結してすぐに死んでしまったものだから」
「その反応……じゃあ、中央の国がこれからどうなるかも知らないってことかしら!? メリルと王宮の扉の続編の話をしても、キョトンとしているし……」
ヴィーカは大げさにのけぞって見せた。しかし、そんな格好をしつつも考え込んでいるようだ。
「何かあるのですか?」
「この非常時に市場で買い物しているなんて、のんきすぎるにも程があるわよ! 中央の国と北の国が全面戦争に突入するかもしれないのに!」
「……なんでそんな展開になってんの!? 本編はメリルが女王になってハッピーエンドで終わってましたよね?」
「ええ、そうよ。内に大きな爆弾を抱えたまま……やっぱりね、あなたは自分の処刑回避には必死に動いているようだったけど、北の国にはノータッチだったから。続編の情報を知らなかったのね。それに……いいえ、なんでもないわ」
周囲をキョロキョロと見回したヴィーカは、小声で話を続けた。
「国王、王太子共に死亡。国境のハークス伯爵家は、優秀な北の伯爵の死亡とブリトニー処刑の煽りを食らってガタガタ。オマケに暫定領主は馬鹿丸出しの出戻り伯爵と来た。しかも、国内貴族たちも不仲で半分に割れていて、まとまりが皆無」
暫定……ということは、ハークス伯爵家が取り潰されて新たな領主が迎えられる前に、北の国が動いたのだろう。
(そして出戻り伯爵というのは、もしかしなくとも、あの馬鹿父では?)
国王や王太子が不在、アンジェラは修道院に幽閉、頼りない新米女王が一人。
ハークス伯爵領の領主入れ替えやら何やらをする暇がなかったのかもしれない。
とりあえず、一連の事件に無関係な出戻り貴族を据えれば、今まで通り領地を動かせると踏んだのだろう。まさか、中身がアレだとは知らずに。
そして、貴族が二つに分かれて反目し合っていたのは、メリル派とアンジェラ派に分かれて争っていた名残だと思う。
「記憶が戻ってからは、可能な限り私も戦争を防ぐ方向で動いたけれど、身内にバレて追放よ」
「……ヴィーカ様って、北の国のハークス伯爵領侵攻後に行方不明になったという、北の国の王女様だったりします?」
真っ黒な瞳は、よく知る人物を彷彿とさせる。茶色の髪が淡く輝くのも、地毛の銀髪を染めているからかもしれない。
「だから、そう言っているじゃない。あなたには、申し訳ないことをしたわ。私の前世の記憶が戻ったのは、北の国がミラルドを利用してハークス伯爵領に攻め入る直前だったの。それまでの私は、野心に満ちた我が儘かつ残忍な王女で、次の国王の座を狙っていた」
つまり、例の騒動を仕組んだ主犯は、記憶が戻る前のヴィーカなのだ。
「既に計画は動いてしまった後だったから、争い自体を収めることが出来なくて……だから、せめて被害が広がらないよう、北の国の船団を波の荒い場所にやって座礁させることにしたの」
「だから、北の国の軍隊は変な動きをしていたんだ……」
「ええ、他にもハークス伯爵領に攻め入る軍勢に待機命令を出して足止めしたり、出来ることは色々やったわ。間に合わない部分が多かったけれど」
「そのおかげ……というのは変ですが、北の伯爵――リュゼお兄様は無事で、被害も最小限で済みました。でも、そんなことをしたら、あなたは北の国で酷い目に遭ったんじゃないですか? どうして、そうまでしてハークス伯爵領を助けてくれたの?」
そんなことをしても、北の国の王女であるヴィーカにメリットはないはずだ。
少し迷いを見せたヴィーカは、それでも問いかけに答えてくれた。
「実は、争いが拡大するのを防ぎたい気持ちもあったけれど、一番は私自身の保身のためなのよ。このままでは、いずれ北の国は滅びてしまうわ。そして、私はその過程で一度覇権を握るのだけれど、下克上に遭って死んでしまう。北の国は、現時点で色々と限界なのよね」
「なんと……!」
「ハークス伯爵領への侵攻を阻止した件、当然責任を追及されたわ。色々誤魔化したけど、身内に見破られてしまって。それで、北の国から追放、中央の国へ引き渡されることになったの」
けれど、道中で王女は行方不明になっている。
「そのまま、逃げ出して、中央の国の王都に辿り着いたのですか?」
「違うわよ。どこぞの根性悪が刺客を放ってきたから逃げたのよ! 今は協力者の手を借りて、ここに潜伏中。あなたに会ったのは本当に偶然なの、会えて良かった」
「あの、良かったら『メリルと王宮の扉2』の内容を教えてもらえませんか。それに、もし良ければ、うちであなたの身柄を保護したいです……」
しかし、ヴィーカは私の話を聞いていなかったようで、よそ見をしている。ソワソワと落ち着かない様子だ。
「やばい……! アイツの手下だわ!」
そう口走るやいなや、彼女は一目散に市場の細道へと駆け出す。
「えっ!? ちょっと! 待っ……」
慌ててヴィーカを追いかけようとしたが、振り返りざまに通行人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
大きな袋を二つも抱えているので、身動きが取りにくい。再びヴィーカを探したが、既に彼女は人混みの中に消えていた。
「見失っちゃった、最悪」
この王都の中で再び出会うのは至難の業だ。ただでさえ、北の国を追われた王女は潜伏生活をしているようだった。
(まだまだ、聞きたいことがたくさんあったのに)
大切な未来への手がかりは、嵐のように過ぎ去ってしまった。












